ポケパロ④
世間では研究職と聞いて、どんなイメージを思い浮かべるものなのかしら。白衣を纏った人間が、昼夜を置かずに研究室に引き篭ってPCと向かい合ったり、実験を重ねている姿?
それは少し思い違いをしているわ。実際、研究対象によっては類似した仕事をしているかもしれないわね。でも、私達ポケモン博士はそういうわけにはいかないわ。草原に、沼地に、森林に、岩山に足を運び、野生のポケモンをその目で観察して、触れて、声を聞いて、彼らのありのままの姿を知る必要があるの。肉体労働と頭脳労働、どちらも欠かすことのできない、危険と隣り合わせの職業なの。
えぇそうね。確かに、その地で収集したデータを基に数日間研究室に閉じ篭もる日々なんて私達にとってはありふれた日常よ。私もいい年だから、すぐに体力が落ちてしまうのは困りものね。研究室で運動?そんなことをしたら、貴重な機器が破損してしまうじゃない。力仕事なんて、ここでは不要よ。例外を除いてはね。そう、例えばこんな──。
「エランさん!いやです!エランさん!」
「我慢してマージョリー……スレッタ!無事産卵が終わればちゃんと4号の元に帰れるわ。その時までの辛抱よ…!」
4号の腰にしがみついて離れないスレッタとそれを引き剥がそうとする私の攻防は既に20分は経過していた。
スレッタの腹部が大きく膨らんでいることは誰の目から見ても明白だった。そう、彼女は現在妊娠中。そして、産卵日が間近に迫っていた。流石は最終進化済のポケモン、屈強だわ。明日は筋肉痛確定ね。はぁ、あの小さくて可愛かったスレッタヌはどこへ行ってしまったのかしら。身体は大きくなってもいつまでも4号に甘えている姿は微笑ましくも感じるけれど。
「ちょっと4号……!貴方から私に依頼してきたのよ?今は貴方がこの子の保護者なんだから説得くらいしなさいっ。」
私は涼しい顔で微動だにしない非協力的な4号に段々苛立ちを覚え始めていた。まさか、貴方を『強化トレーナー』に改造した私への仕返しではないでしょうね。……生きる為には仕方なかったのよ。
「毎日授業が終わってから会いにくるよ。君のお気に入りのぬいぐるみも置いていくから。」
「いやです、寂しい、です……。」
まるで今世の別れのようにうるうると涙を滲ませて哀咽するスレッタに、心做しか彼女を見つめる4号の眉尻が下がったように見えた。眉丘筋を動かす余力があるのならスレッタを引き剥がす労力に割いてはくれないかしらね。
「……僕が学園に行っている間に陣痛がきても駆けつけてあげられないんだ。君は色々と異例の存在のようだから、産み落とす瞬間は専門家の傍にいた方がいい。」
「くぅーん…。」
「ポケモンに陣痛があるのかはまだ分からないけれどね。」
「前駆陣痛かは分からないけど、軽い痛みは時折あるようだった。何も無ければそれに越したことはない。次は僕1人で対応できるからね。」
既に"次”の目処が立っているのね。人型グループの雄ポケモンなんてこの子の手持ちにいたかしら。
「でも、エランさんと一緒がいい、です……。」
スレッタ。初めて会った時に比べれば、随分と人間の言葉を流暢に話せるようになったわね。だけど今はこの子の賢さと成長の早さに感心している場合ではないわ。
スレッタは頭では理解できてもどうしても4号と離れる未来に耐えられないようで、都合の悪いことは何も聞きたくないと示すように彼の胸に顔を埋めてしまった。4号、貴方の口角が上がった瞬間を私は見逃さなかったわよ。
こうなっては埒が明かないわ。可哀想だけど、速攻で眠らせることができる麻酔を打つしかないようね。この部屋にも置いてあったかしら。私は背後に立っていた物品棚に身体を向け、上の棚から順番に見渡しながら目当ての物を探した。
「スレッタ。」
「エランさ……んん♡」
───なにかしら、今の艶かしい声は。
振り返れば、頬を紅潮させたスレッタが4号をぼーっと見つめていた。
「何をしているのよ。」
「別に、名前を呼んで安心させていただけ。」
「エランさん」の「ん」で発情していたようにしか聞こえなかったのだけど。聞き違いかもしれないし、中年女の下衆の勘ぐりと思われては癪なのでそれ以上は言及しなかった。
──この部屋には見当たらないわね。
「隣の部屋に行って探し物をしてくるわね。スレッタの容態に変化があったらすぐに呼びにきてちょうだい」
日頃使う予定がないものだったから、思ったより時間がかかってしまったわね。後でラベルを貼って分かりやすいように分類しなくちゃ。早く研究の続きを進めたいし、さっさとスレッタを眠らせて4号には帰ってもらいましょう。
彼らの待つ部屋の前にたどり着いた私だったのだけれど、中年女の勘かしら。何だか嫌な予感がしたので、耳を押し当て扉の向こうの音を拾うことにした。
すると、荒い呼吸音に混じって微かに衣擦れの音と、粘着質な水音が聞こえてきた。
『んっ……こ…び……たい……』
『ま…だめ………』
勢いよく扉を開けば、片手でタオル掴みながら丸椅子に座っている4号と、その膝の上に乗って肩で呼吸するスレッタがいた。
「何をしているのよ。」
「お腹が苦しいみたいだから摩ってるんだ。」
「その濡れたタオルは?」
「汗をかいていたからね。」
そう言って4号が濡れタオルを当てたスレッタの顔には、確かに汗が付着していた。耳まで赤く染まり続けている肌は不調のせいだったのかしら。相変わらず目の前の男は静止画のように変化のない無表情を貫いているし、どうやら私の思い過ごしだったようね。
「そう、疑ってごめんなさい…。スレッタ、辛いなら横になる?」
「大丈夫、です。」
心配させてごめんなさい、と私に笑いかけてくれる。しかしその微笑みも長くは続かなかった。私が返事をする前に、我慢できないと小刻みに震え始めたスレッタが4号のシャツをぎゅっと掴み、股を擦り合わせながら甘えた声でお強請りを開始した。
「エランさん、もっとぉ……♡」
「続きは君が僕のことをいい子で待っていてくれたらね。」
「!……はい!待ちます!……会いにくる、約束、です!」
「うん、約束するよ。」
なんだかよく分からないけどスレッタも納得できたみたいで安心したわ。
4号、表に出なさい
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それから4号は約束を忠実に守り、毎日授業が終わってから実験室…もとい病床に静臥するスレッタの元へ足を運んだ。2人きりにしてほしいという彼らの願いを受け、彼がいない間のスレッタの様子を伝達する以外私は干渉をしなかった。私は良識のある大人なので、時折用事があって病室の前を通り過ぎる時に微かに聞こえてくる男の喘ぐような声も聞こえないふりをした。……何をしているのよ。
そして数日後、待ちに待った産卵日がやってきた。
「エランさん!エランさん!」
「迎えにきたよ。」
毎日会っているというのに、まるで一世一代の再会のように喜んでいるスレッタが4号に飛びついた。彼女を受け止めた4号が、大切そうに抱きしめ返す。やはりこの1人と1匹、ただのポケモンとトレーナーには見えないわね。訝しむ私の存在と、抱えているものにやっと気づいた4号が能面のような顔を向けてきた。スレッタに向ける表情との違いを写真に撮って拡散でもしてやろうかしら。
「博士、そのタマゴは。」
「えぇ、スレッタが産んだ卵よ。よければこっちで孵化させましょうか?」
私の提案に、彼は静かに首を振った。
「それは僕がするから。頑張ったね、スレッタ」
「きゅー!私たちの子供、です!」
4号の右腕に両腕を絡めたスレッタが、満面の笑みで衝撃的な発言をする。
「4号、貴方まさか………。」
「違う。着床時期から計算したけど、受精日は僕が長時間寮から離れていた日と重なった。その時に人型の雄と交わったんだろ。」
貴方も人型の雄よ。
「え、えぇ……そうよね。ところで貴方、何をそんなに怒っているのよ。」
「関係ないだろ。あんたは首を突っ込まないで。」
「ぐるるるる……。」
ガキが…舐めてると潰すわよ。
今のは4号を恨めしそうな眼差しで睨んで唸り声を上げているスレッタに聞いたのだけど……。やはり下手に触れない方がよさそうね。
「それはさておき、貴方が孵化させるのは構わないけれど、生まれたポケモンは研究所に連れてきてちょうだい。確認したいことがあるの。」
「あぁ。それで、産卵時の彼女の様子が聞きたいんだけど。」
「やはり多少の痛みは伴っているようだったわ。この子にとってはそれよりも気持ちの問題の方が大きかったみたいだけれど。」
「気持ち?」
「一日中ぬいぐるみを肌身離さずに、何度も貴方の……仮初の名前を呼んでいたわ。勿論産卵時もね。」
「……。注意事項をまとめてほしい。」
「帰ろうスレッタ。」
「うーっ」
スレッタはまだご機嫌ななめね。あの子のあんな姿は初めて見たわ。産卵後で気が立っているのかしら。それとも、あの朴念仁のせい?ねぇ4号。やはりそのタマゴの父親は──。
まぁ、貴重なポケモンの産卵シーンをこの目で見させてもらったのだからよしとしましょう。これは大発見よ。レポートにまとめなくちゃ。
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ベッドに腰掛けるエランの膝の上で、スレッタは胎児のように丸まっていた。その腕の中に抱えられているのは、彼らの交わりによって生まれたタマゴだ。流石はポケモン、産卵直後だというのにスレッタに疲労は見られない。
しかし互いを想う男女がぴったりと密着しているというのに、今の彼らの間には甘い雰囲気はない。むしろ、不機嫌に黙り込むスレッタと、その顔を困ったように眉をひそめて覗き込むエランの姿からは、不穏な空気が漂っていた。
「まだ怒ってる?」
「うー……。」
「原因が分からないと、僕も謝罪ができない。」
気持ちの伴わない謝罪など、却って相手に失礼だ。 だから怒りの理由を探ろうとしているというのに、スレッタの口から漏れるのは呻き声だけだった。
「孵化をさせる為に今から外に連れていきたいんだ。タマゴを僕に預けてくれないかな。」
「いやです!」
「君も早く家族の顔が見たいだろ。」
「………。」
こうなっては自分で原因を解明する必要がある。エランは昨日までのスレッタの様子について回想を始めた。
まず体調に変わりはないか、今日は何をして過ごしたのか、日常的な会話を楽しんでいた。見つめ合っているうちに、どちらからともなく唇を合わせる。口付けは深まり、身体に熱を帯びたスレッタが交尾を求めてくる。産卵を控えた身体に無体を働くほど理性は壊れていないので当然断った。
手を出すつもりがないなら最初から口付けをするなと言われればそれまでだが、スレッタが可愛いのだから仕方ないだろう、と言い訳をする。
妥協として、スレッタはエランの精子を口から飲ませてほしいと、これまたサキュバスのようなお強請りをしてきた。
エランは本来、自分の身体を勝手気ままに触れられることに抵抗のあるタイプだった。相手がスレッタでなければ口付けどころか抱擁でさえも、彼にとっては身の毛もよだつ悍ましい行為だ。なので口淫されることにも渋っていたのだが、彼女の身体に負担をかけずに願いを叶えてあげられるのであれば致し方ないと身体を捧げることに決めた。
こうしてエランは産卵を迎えるその日まで毎日搾り取られていたのだが、この行為を受け入れていた理由はもう1つ存在した。精を体内に取り込む度に、スレッタの顔色が良くなっていったのだ。
なるほど、これが『水星の魔女』──。
未知の特性を自分が対象となって体験できたことに不思議な感動を覚えながら、なるべく産卵で苦しい思いをしないようにと願いを込めて美味しそうにペニスを頬張るスレッタの頭を撫でる。
このように、前日までは甘い……を通り越した淫靡な時間を過ごしていたのであった。やはり彼女が不機嫌な理由に身に覚えはない。今日だって迎えに行ってからしばらくはご機嫌だったはずだ。思い返せば、スレッタの態度が急変したのは「私たちの子供」をエランが否定してからだった。
「他の雄との子でも、君の家族に乱暴はしないよ。」
「がるるるるる……。」
推測は当たった。やはり他の雄との関係を持ち出されることが地雷のようだ。ということは、彼女にとって夫として認める存在はこの世に僕1人だけであり、このタマゴの父親は僕であってほしいと願っていたからこそ否定してほしくなかったのだろう。彼女の自分への想いの強さを実感し、口元がニヤける。最初は浮気を疑ったけれど、君の心が一途に僕に向いていることはちゃんと分かっているよ。だから僕は君を責めないし、あとは本能のままに君に乱暴を働いた憎き雄を必ず見つけだして地中海に沈めてやるだけだ。勿論産まれてくる子供に罪は無いから、僕が新たな父親として大切に育てていくつもりだ。
ベルメリア博士が見ていたら気持ち悪いと吐き捨てていたであろう想像をしていたエランだったが、タマゴを孵化させるという本来の目的を思い出した。それに、いつまでも和解できないままではスレッタの気持ちが離れていってしまうかもしれない。それだけは避けたかった。今回のすれ違いは、自分の中の気持ちを言葉にする良い機会なのかもしれない。
「……なら、僕と夜のデートにいかない?」
「!!いきます!」
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効率を考えればファラクトにライドして歩数を稼ぐべきだったのだが、スレッタが2人きりを希望したので周辺の散策という形になった。初めてのデートに全身から喜びが迸っているスレッタに対し、エランの方も彼女にひと時でも自由を与えられた喜びを噛み締めていた。
人気のない夜の公園。
エランとスレッタは街灯に照らされたベンチに座って休憩を取っていた。夜風に揺れる木々が囁くような葉音を立てている。
「誰もいないね。僕たちだけだ。」
「きゅー♡」
スレッタは何故自分が怒っていたのかも記憶から抜け落ちたようで、エランと手を繋ぎながら彼の肩に頭を乗せてにこにこと満足気に笑っていた。彼女の笑顔をじーっと見つめていたエランだったが、しばらくして申し訳なさそうに口を開いた。
「これならもっと早く、君を連れ出してあげればよかった。」
「きゅー?」
「箱庭に閉じ込めて、悪いことをしたと思ってる。」
初めて出会ってから数ヶ月経った。脱走を除けばベルメリア研究所を行き来する日以外、寮の自室に閉じ込めて外に出してやれなかったことにエランは負い目を感じていた。
スレッタは何故そんなことで謝るのかときょとんとした顔を向ける。エランが学園に行っている間一緒にいられないのは寂しかったが、いい子で待っていれば必ず彼は自分の元へ帰ってきてくれるのだ。スイセイ山に閉じこもっていた時とは違う。だから外へ出られなくても苦痛と感じたことはなかった。こうして彼とデートをする幸せを知ってしまった今となっては少し事情も変わってくるが。
「ガンダムクラスに迷い込んだ時のこと覚えてる?」
「きゅー!」
「あそこの生徒達に、君は1日の間で随分と気に入られたようだね。もう赤毛のポケモンには会えないのかと詰め寄られたよ。」
「きゅー!?」
「そのことがきっかけで僕に話しかけようとする物好きな人間も増えたんだ。そしてそれを今の僕は煩わしいと感じていない。むしろ、嬉しいんだ。おかしいよね、周囲を避けていたのは僕だというのに。」
今日のエランさんは、なんだか口数が多い気がする。こうやって自分のことを教えてくれるのは珍しいから嬉しい。私のことを信頼してくれてるんだって伝わってくるから。もっと他の人間にもエランさんはとっても優しくて素敵な人だってことを知ってほしいな。でも、エランさんに友達が増えたら私と過ごす時間は減っちゃうのかな。
「君のおかげで、"僕”を思い出すことができた。」
「?」
どういう意味だろう。エランさんは自分のことを忘れていたの?
スレッタの手を握りしめる手に力が込められた。真剣な眼差しを真正面から向けられ、心臓が大きく高鳴る。
「君が好きなんだ。」
それは、ずっと求めていた言葉だったのかもしれない。揺れる尻尾、頬の赤みが増していくのを感じていたスレッタだったが、あることを思い出してぶんぶんと首を振って平静を取り戻した。じっとりとした目で見つめ返し、エランの真意を探る。
「!!……どーいう意味?ですか?」
「意味?」
スレッタは学んでいた。エランは期待させるような口振りで彼女を惑わせておきながら、そんなつもりはなかったと引いていってがっかりさせてくる常習犯なのだ。今回だって、親愛以外の意味は込められていないのではと疑った。考え込む為自分から離れていった緑の瞳に少し残念に思いながら、その返事を待つ。
「君に性的興奮を覚えている。これでいいかな。」
「うーっ……。」
やはりエランは少しズレている。性の対象である雌として見られているのだから普段であれば喜ぶことなのだが、スレッタが今求めている答えではなかった。表現を間違えたことはエランも察しがついたようで、一旦目を瞑って仕切り直した。そして、再び視線が重なり合う。
「僕は君に恋をしている。」
思い違いではなかったようだ。
互いに想い合っている自信はあったのだが、こうして直接的な好意の言葉を彼から告げられるのは初めてだった。優しい親指で目元を拭われ、ぽろぽろと涙がこぼれていたことに初めて気づいた。
「君は?」
「好き!エランさんのこと、大好き、です!!」
スレッタは彼の方に身体を向け、その問いに食い気味で想いを叫んだ。彼を待っている間、たくさん本を読んでいてよかった。そうでなければ、この頭の中と胸の奥を占める気持ちは伝えることができなかったのだから。
思い返してみれば、スレッタの方も眠っている彼にしか自分の想いを告げていなかった。形のない好意を感じ取っていても、拒絶されて捨てられる可能性というのは簡単に払拭できず、怖かったのだ。
だって私には、何もなかったから。
「なら、両思いだね。」
彼の一言に、スレッタの中で喜びの電流が駆け巡った。
触れ合っているのは重なり合う片手のみだというのに、虚ろな瞳の彼と交尾をしていた時よりもずっと、全身が幸福で満たされていく。
自分はただ、生殖本能とは別に、子供の存在でエランの心を繋ぎ止めておきたかっただけなのかもしれない。タマゴを浮気相手との子供だと勘違いしてもなお、彼はスレッタを好きだと言ってくれたのだ。首綱をしなくても、彼は逃げていかない。1匹で空回りしていたことを悟り、頬に含羞の色を浮かべて俯いた。しかし、此方を見てほしいと訴えるように空いていた方の手を掴まれてしまい、再び顔を上げて視線が交わる。やっぱりスレッタだけを見つめる優しい瞳に吸い寄せられてしまう。
「違う?」
「違わない、です。」
両手を繋いで、しばらく見つめあっていた。
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「くしゅっ。」
「冷えてきたし、そろそろ戻ろうか。」
産卵直後の身体に無理をさせてしまった。
多少なりとも冷気を防ぐ為、包み込むようにスレッタの肩を抱き寄せながら共に立ち上がった。
スレッタはしゅんとした表情で目線を下に落とした。視線の先はタマゴが収納されているエランのカバンだ。
「タマゴ…。」
「君の身体の方が大事。」
「私も見たい、です。」
自分の子供なのだから、誕生の瞬間もその目で確認したいようだ。明日は学園で歩数を稼ぐつもりだったが、彼女の気持ちを蔑ろにしてまで急いで孵化させる必要もないだろう。
「それなら明日もデートする?」
「する!します!」
これまた食い気味に誘いを承諾してきたスレッタが可愛かったので頭を撫でる。
「分かった。タマゴが孵化すれば、またスレッタヌに会えるんだね。」
最終進化したポケモンからは第二進化が生まれるのがお約束だ。つまり、マージョリーである彼女の子供はスレッタヌということになる。
「小さい私の方、好き、です?」
「どんな姿でも、僕が恋をするのは君だけだよ。」
「きゅ~~♡」
その時、カバンの中から何かにヒビが入る音が聞こえた。
「もしかして──。」
エランはカバンの中からタマゴを取り出すと、地面に膝をついて設置した。
おや……?
「エリ!」
タマゴがかえって
エリィがうまれた!
スレッタによく似た赤毛と太眉が印象的な宇宙服の少女がエラン達の目の前に立っていた。一瞬獣耳が生えているように見えたが、兎型のヘッドガードを付けているようだ。
「ハロ。」
『No.LP040
エリィ
分類 すいせいポケモン
タイプ エスパー
高さ 0.5m
重さ ひみつ
特性 あおあざ
幼き身体に強大な力を秘める。
天真爛漫で トレーナーが手を焼くほど 好奇心旺盛。』
「君は……。」
「パパ!ママ!」
エリィという名称のポケモンは、エラン達を発見すると嬉しそうに両腕を大きく挙げた。
とてとてと足音を立てながら駆け寄ってきたエリィを、腰を落として腕を広げたスレッタが歓迎する。
「きゅー♡」
現れた少女がスレッタヌではないことにばかり気を取られていたエランだったが、スレッタの方は本能で我が子だと悟った様子だ。少し前まで自分に甘えていた幼い少女が見せる母の顔が胸に染みる。
そんな家族団欒の光景に、忍び寄る影があった。
「産卵おめでとうスレッタ」
「!」
突如背後から声が聞こえて振り替えると、ヘッドギアで素顔を隠した女性が不敵な笑みを浮かべて立っていた。
気配も足音もしなかった。スレッタの名を呼ぶこの女性は一体──。
「お母さん!」
「え?」
スレッタがエリィから離れてヘッドギアの女性の元へと駆けていってしまった。エリィも母親の後を追いかけようとしたのだが、何か嫌な予感がした為エランは制止をかけた。
あの人間が、スレッタの母親?
「パパぁ、抱っこ。」
ママが駄目ならパパが抱っこしてほしいと甘えるエリィを抱きかかえて目の前の2人の様子を観察する。
「こーら、駄目じゃない。約束を破ってこんなに遠くまで迷い込んで他所様に面倒おかけするなんて。探すのに時間がかかっちゃった。お母さんはスレッタをお留守番できない子に育てた覚えはないんだけどなぁ。」
「ごめんなさい!でも、エランさん、他所様じゃなくて、私の」
「スレッタ、随分と人間の言葉を上手に話せるようになったのね!感慨深いわ~。」
本当に親子のようだ。この女性がスレッタをスイセイ山に置き去りにした母親か。
「貴方は……。」
「あらっ、ごめんなさいね、気づかなかったわ。初めまして~。スレッタヌとエリィの母、プロスペラ・マーキュリーです♪」
気づかなかった、というのは無理があるだろう。ヘッドギアのせいだろうか、全ての挙動が殊更めいてみえる。
それより、プロスペラ・マーキュリーという名前は──。
「シン・セー開発公社のCEOにして、四天王の1人。」
「あらあら、よくご存知で。娘がお世話になってます。エラン・ケレスくん?それとも、影武者くんとお呼びした方がいいいのかしら?」
「!」
この女、どこまで知っているんだ。
「……貴方もポケモンなの?」
「あっははは、面白い冗談を言うのね坊や。どこからどう見ても人間、でしょ?」
獣耳が生えていないという点のみで人間だと判断するならエリィだって人間にしか見えないけど。改めて姿を確認しようと腕の中のエリィに視線を移した。
「パパ!」
目が合っただけで喜んでくれる。そんな状況ではないというのに、スレッタヌのことを思い出してなんだか微笑ましい。僕を父親と思い込んでいるのは誤解なのだが、父性が芽生えてきてしまった。
エランもとい4号は、エリィが父親はエランだという誤解をしているという誤解をしていた。
「さあ、エリィをこっちに渡して頂戴。」
「エリ?」
突然名前を呼ばれたエリィが反応する。
何故エリィを求めているんだ?
やはり信用してはいけない人間のようだ。こいつと一緒にいてはスレッタが危ない。
「スレッタ、僕の元へ。」
「駄目よスレッタ。お母さんと帰りましょう。」
「きゅー!?」
再会の喜びを分かち合う暇も与えられず、突然選択を迫られたスレッタは驚きの声を上げた。プロスペラとエランの顔をきゃろきょろと何往復か見比べた後、愛する夫と娘の元に戻っていった。
「エランさん!エリィ!」
「スレッタ…!」
「ママー!」
まだ状況を呑み込めていないが、自分はもう母親に守ってもらうだけの子供ではない。彼の妻であり、この子の母親だ。
エランと契りを交わしたあの日からスレッタの心は巣立っていたのだ。
「……驚いたわ。スレッタが私よりも貴方を優先するなんて。」
「暗い洞窟に1匹で閉じ込めるような人間は、母親とは言えないからね。」
「1匹……?スレッタ、エアリアルは。」
「きゅー……どこかに、いっちゃった。」
「そう。また私の娘達が奪われてしまったのね。影武者くん、今度は貴方のせいで。」
プロスペラの声が低まる。ヘッドギアの奥から睨まれているのを感じ取り、エリィをスレッタに預け、カバンの中のモンスターボールへと手を伸ばした。
四天王の プロスペラが
勝負を しかけてきた!
「ルヴリス、ビームサーベル!エリィを取り戻しなさい!」
プロスペラが投げたモンスターボールから、白とピンクのカラーリングをしたゴーレム型のポケモンが飛び出した。
やはりポケモンバトルを仕掛けてきたか。
ジムバッジを7つ習得済とはいえ、今のエランに四天王の相手は厳しいだろう。だがスレッタとエリィに手出しをさせるわけにはいかない。何とか時間を稼がなくては。
「!ファラクト、ビームサーベルで対抗し──。」
その時、エリィが人差し指でルヴリスを指し示した。
「アナタハダメ」
「!?」
何が起こったのか、ルヴリスの身体中に赤い痣が浮かび上がり、頭と胸を押さえてもがき苦しみ始めてしまった。
「ルヴ……。」
「戻りなさいルヴリス。……エリィ、お母さんのことが分からないの?」
一瞬で瀕死状態に陥ったルヴリスがモンスターボールの中へと戻っていく。エリィの母親はスレッタだというのに、この女は何を言っているのだろう。
名前を呼ばれたエリィは、ぷいっと横を向いて拒絶を現した。
パパとママを傷つけようとする悪い人間だ。
スレッタの首にぎゅっと抱きつくと、未だ呆気に取られているエランにご機嫌顔を向けた。
「エリィのパパとママ、こっち。」
「……また会いにくるわ、私の愛する娘達。」
「お母さん……。」
哀愁を漂わせながら去っていく背中が見えなくなるまで、スレッタの視線は外れなかった。
「スレッタ、エリィ。帰ろう。」