ポケットモンスターDRG 第n話「あらしのよるのサイコソーダ」

ポケットモンスターDRG 第n話「あらしのよるのサイコソーダ」



『過疎化が早まり、人が減り徐々に壊死していく故郷を憂うのはお互い同じだろう』

『本当に協力するつもりなのかい?誰にも言わないだけで、里への想いは人一倍強い君が?』


『迷ったままじゃ何処にも行けなくなるよ?』


里から少し離れた街の外れ。月明かりに照らされながら、ムスカリは夜道を歩いていた。

このまま風化し、廃れていく故郷は見るに堪えない。現状を解決するためにはサイラン氏の計画する都市開発は有力な手段だ。

...その考えは揺るがないし、決して誤った判断とは思っていない。しかし、彼の脳内ではラナーの言葉が絶え間なく反響していた。


無意識に感じている里への未練?サイラン氏への懐疑心?一体何がこれほどまでに心を決めきれない要因になっているのか─────


「...ムスカリ?」


前方から聞こえた馴染みある声に、視線が動く。

俯いていた顔を上げると、自動販売機に照らされ 濃紺に輝く二房の髪が揺れていた。


「...ハクモ?どうして」


と、口を開いた途端に『大当たり!!』と自販機が声を遮った。虚ろげな瞳をしていたムスカリも思わず目を丸くし、ハクモに至っては驚きで大きく飛びのいていた。




二本のサイコソーダを手に、二人は近くのベンチへ腰かけた。少しの静寂の後、ムスカリは改めて旧知の仲である竜恵の少女・ハクモへ声をかける。


「アンタ、普段は里で暮らしてるはずだろ。どうしてこんな所に?」

「あなたも噂くらいは聞いたことあるでしょう、例の都市開発計画の話。わたしは、どうしてもあれを止めたかったの」

「...まさか、一人で抗議に行ったのか?」


昔から積極的、というより半ば極端な性格をしているとは感じていたが、さすがの行動力である。だが、『こちら側』に騒ぎが起こってない以上、結果は芳しくなかったのだろう。結末をある程度察しながらも、ムスカリは事の顛末を聞いた。


「どうしてそこまでの無茶を...里を大切に思う気持ちはわかるが、剥がれた鱗がまた付くことはない。それを補いより強くするのは里のためになるはずだけど」


ハクモの話にふと口走った相槌。が、こんなものは彼女にとって愚問だろう。


「ラナーさんにも同じことを言われたよ。でも、わたしは今の里に命を助けてもらったんだ。ひとたび形が変わったら、それは里ではない何かになっちゃう。もしこのまま死にゆくことになったとしても、わたしは今の”大好きな故郷”と共に在りたいの」


ハクモは答えた。想定していた答えではあったが、その言葉は葛藤していたムスカリの心をさらに混濁させていく。


「...ねえ、あなたは、今回のことをどう思ってるの?」


不意に言の刃を突きつけられ、思わず身体が固まる。計画賛成派として行動している身を考えると正直に全てを話すわけにもいかないが、根底にある愛郷心もまた真だった。沈黙の中で辛うじて言葉を捻りだし、


「俺は旅の中で色々なものを見てきた。もちろん、壊れ 廃れ 消えてゆくものもね」

「正直に言うと、今回の一件を否と言うにはまだ早計とも考えてる。でも勘違いしないで欲しいのは、俺も里のことはずっと大切に思っているが故にってことだ」


と、派閥については濁しつつも真摯な答えを返した。尤も、今の心ではこの言葉が真摯と言えるかは判断できたものではないが。


「...そっか」


ハクモは一言相槌を返すと黙り込んでしまった。ムスカリとしてもかける言葉が見当たらず、暫くの静寂が続いた。



時間が経ち、右側で感じていたベンチの軋みが消えた。ムスカリが顔を上げたと同時に、捨てられたサイコソーダの缶が軽快な金属音を奏でる。


「話し込んじゃってごめんね、そろそろ帰らなきゃ」

「...問題ないよ。またな」

「うん、またね」


別れの挨拶を交わし、夜闇に消えてゆくハクモの背中を眺めた。

結局、自分はどうあるべきか。両派閥の人間と話しても納得する結論は見つからず、寧ろ戸惑いは増える一方だった。気持ちをリセットするため、話に夢中ですっかり飲むのを忘れていたサイコソーダを一息に流し込む。

疾うに抜けきったはずの炭酸は、ムスカリの瞼を揺すぶった。



Report Page