ボーナスタイムは半年後

ボーナスタイムは半年後


※五つ目のスレ冒頭の過去宛タイムカプセルを受け取ったアオキさんによるジムリーダー生存if

※アオキさんに夢を見てる人間が書いてます

※長いです。前半の約3倍です

※頭空っぽにしてお読みください

※キャラ崩壊注意

※なんだこれ受け付けねえ!ってなったらけむりだまを使ってください







「アオキ、あなたがチャンプルタウンのジムリーダーに就任するにあたって、もう一つお願いしたい業務があるのです。」

「……業務命令なら仕方ありませんね。」


ジムリーダーとしての役目を与えられたその日、アオキはゼロゲート及びエリアゼロの警備役に就任した。二つの辞令を受けて、彼は疑問を感じた。

なぜ自分のような平凡な男がジムリーダーとして危険地帯の警備を任せられたのか。

ジムリーダーとはその地方の顔といっても良い存在であり、ことパルデアにおいては良くも悪くも話題性の強い人間がその役目に就いていた。そんな中、アオキは平凡な男であった。愛想はなく、人付き合いも得意ではない。顔つきも平均的だし、何か凄い技術を持っているわけでもない。注目を集める要素が何一つないし、正直いてもいなくても変わらない、そんな地味な存在。少なくともアオキは自身のことをそう評価していた。

あえて何かあげるなら、ポケモンバトルの腕前にはそれなりに自信があった。もちろんパルデアで一番強いわけではないが、同僚であるジムリーダーたちや四天王たちの誰が相手でも、なんならオモダカが相手でもそう簡単に負けはしない自信があったのだ。


「……ああ、"だから"か。」


そこまで思考して、腑に落ちた。


平凡の真逆のような存在の彼女は実に聡明であった。それ故に自分に利用価値を見出だしたのだろう。なるほど納得だ。

死にたいわけではなかったがその考えに納得してしまったアオキは、もし「その時」があったなら、自分に価値を見出だした彼女とパルデアのためなら、とても素敵で眩しいあの人たちのためなら、この命を差し出してもいいかもしれないと思えた。そう思えるくらいアオキはパルデアでの出会いを気に入ってしまったのだった。


***


「ムクホーク、飛んで避けてください、ノココッチは『ドリルライナー』、パフュートンはノココッチに続いて『アイアンヘッド』です。」


本日天気は曇天。死ぬにはいい日とは言えないが未来のオモダカ曰く、過去から来たポケモンたちは晴れのときに強くなるという特性を持っているとのこと。太陽が見えていなかったのはアオキにとって幸運なことだった。

そんな曇り空をアオキが見上げれば、空からパルデアの大地に出ていこうとするポケモンたちと、そんなポケモンたちを妨害しているウォーグルの姿があった。

パルデアの大穴を囲う山には、リーグが設置した不可視の壁が存在している。詳しい原理をアオキは知らないものの、ポケモンの技であるリフレクターのようなものであると説明を受けたそれは、大穴側からの離脱を許さず、しかし外からの侵入は拒まない代物であった。エリアゼロへの侵入を防げないという欠点こそあるものの、パルデアで一番の飛行タイプ使いであるアオキが現場に急行する際には便利であり、大穴への侵入者と大穴からの侵入者、リーグがどちらをより脅威に感じてたかを如実に示している。

そんな不可視の壁は今現在も侵入者たちに立ち塞がる壁となっていたが、幾度もポケモンたちからの攻撃が直撃したためか小さな亀裂が生じているのがアオキの視界に映った。壁は最強の盾ではなかった。そのためウォーグルにポケモンたちを壁から引き離すよう指示を出すこととなった。

ウォーグル一匹で空を抑えるという無茶が通っているのは、ムクホークがポケモンたちの目を集めているのが大きかった。

戦闘が始まってすぐにアオキはムクホークをテラスタルした。理由は相手に電気タイプのポケモンが多かったためである。地面タイプも同じだけ多かったためどちらにせよリスクはあるが、弱点をつかれやすい状態よりマシだろうという判断の上の行動だった。そうして始まった戦闘だったが、ここでアオキの想定外であったのが敵の半分程度がムクホークに集中攻撃を仕掛けてきたことである。ムクホークは確かにジムリーダー時と四天王時の両方で出番のある、アオキの手持ちの中でもエースと呼べる存在であるが、強さが一匹だけ突出しているなんてことはない。では何故ムクホークが狙われているのか。


(もしかして、テラスタル?)


未来のオモダカから得た情報の中には無かったものの、考えられる原因はそれしかなかった。

ムクホークを囮にしているようで気は進まないが、ムクホークを狙う敵を他のポケモンたちで倒していくのが今の最善策であり、そしてその策のお陰で思いの外ポケモンたちを倒すことが出来ていた。

しかし全ての敵がムクホークのみを狙っているわけでもなく、また倒しても倒してもポケモンたちは大穴より這い出てきており、戦況が好転することはなかった。


既に時間の感覚はアオキたちにはなかった。

ただ、命の続く限り敵を倒して、減らして、時間を稼ぐこと。それだけを考えて命を燃やし続けた。


それはさながら星の最期のように、爆発の光を輝かせながら周りの有象無象を道連れにしようとしていた。


では、爆発が終わったあとに残るのは?


「っ!?」


アオキのポケモンたちを躱して接近していたポケモンが悪戯っぽく嗤いながら、アオキに対して眩い光を放つ。かろうじて直撃は免れたものの、目を守ろうと反射的に腕で顔を庇い、目蓋を閉じた。それは一瞬の出来事だった。


その一瞬こそが命取りだった。


「────がっ!?っは、ぅぐ、ぅ、ごほっ」


腹部に強烈な一撃。次いで背部に衝撃。

頭部への衝撃は腕を叩きつけた反動で多少弱まったはずだが、視界はぐらついている。口の中に血の味が広がった。

視界が閉じたその一瞬で、アオキにポケモンの攻撃が直撃し、岩壁に叩きつけられた。ぐらつく視界にこちらへと走り寄る細長いシルエットを認識して、アオキは両腕を支えとして立ち上がろうとする。


「っ、い、たい」


しかし、左腕に激痛が走り、そのまま左半身が崩れ落ちる。もがくアオキの姿にもはや抵抗の術はないと判断したのだろう、シルエットは歩み寄ってくる。


「ピイィィィ!!」

「っ、来るな、ムクホーク!ぅ、皆も!!自分が、死んでも、げほっ、たの、む」


アオキの置かれた状態に気づいたムクホークが声を上げ、それによって他のポケモンたちも主の危機を察知し助けに向かおうとするが、他ならぬアオキ本人に止められる。彼の最後の頼みが届いたかどうかは定かではないが、彼らはアオキに背を向けて戦い続けた。四天王でもあるアオキのポケモンである彼らは、トレーナーの指示無しで何も出来なくなるような、そんな柔な育て方はされていない。彼無しでも戦い続けることが出来るだろう。

エルレイドのようにもサーナイトのようにも思える姿のポケモンがはっきりと見えるようになり、アオキはもがくことも止めた。空元気を通り越した悪あがきを行うことは、もう出来なかった。


爆発が終わったなら、残るのはただの塵。


アオキを射程範囲に収めたポケモンが携えた刃を構えるのを見て、アオキは目を閉じて、咳き込みながら深呼吸をする。もう二度と、その目は開かれないだろう。


(願わくば、パルデアから光が奪われずに済みますように)


どうか、武運を。


パルデアの光たちよ、消えないでいて。
















「ダグトリオ!!『いわなだれ』ぇ!!」


戦いの音が遠く響くなか、アオキの耳に間近で何かがぶつかるような音が聞こえた。ゆっくりと、二度と差し込まないと思っていた光が暗い視界に差し込む。アオキに背を向けているダグトリオと、その前に倒れ伏すポケモン。その奥にアオキは自分の元に走り寄る、細長いシルエットを、その正体を捉えた。


「───間に合った!無事か、アオキさん!?いやどう見ても無事やないですね!!」

「チリ、さん?」


傷だらけで満身創痍な彼の元に走り寄るその人は、

パルデアリーグ四天王のチリ。

パルデアを支える光の一人である彼女は手持ちのポケモンたちに敵を迎撃するよう指示を出してから彼の前に膝をつき、アオキの状態を確認する。


「スーツのせいで分かりづらいけど、めっちゃ傷だらけですやん!?ようここまで……生きててくれて、ほんまに良かったです……。」

「チリ、さ、ごほっ」

「あああ無理して喋らんでええですから!すぐにここ片付けますんで、アオキさんはしばらくここで休んどってください。」

「状況は?なぜ、ここに?」

「だから喋らんといてって…ああもう分かりました。」


懐から包帯を取り出したチリは、アオキの様子に少々呆れながらも、彼に応急手当を施しながら現在のパルデアの状況を簡潔に語った。


「トップの指示で避難指示がパルデア中に発令されまして、北はフリッジタウン、東はハッコウシティ、西はマリナードタウン、南は地形の問題でコサジタウンとベイクタウンに別れて避難してます。ジムリーダーたちも二人一組でそれぞれの町に。マリナードにはポピーが行って、ジムリーダーがいないコサジタウンの方にはアカデミーの先生方がおられます。そんでチリちゃんがここにいる理由でしたっけ?セルクルタウンのカエデさんのとこまでテーブルシティの人たち送ってから戻ってきたんです。」

「なんで、来たんですか。」

「は?」


話を聞いたアオキは、しかし理解できないことがあったため思わずその疑問を口に出す。それを聞いたチリは眉間に皺を寄せ、続きの言葉を待った。


「何故、ここに来たんですか。ここは危険です。ですから…」

「せやから、来たんやないですか。」

「理解できません。ここは、あなたのような人が来る場所ではありません。」

「なんや、チリちゃんはお呼びでないって言うんですか?ダグトリオが間に合ってなかったらアオキさん死んでたんですよ!!?」

「お呼びでないとかではなく……」


アオキの言葉にチリは顔をしかめるが、アオキは止まらずに、言葉を吐き出した。


「あなたは、ここで死んではいけない人でしょう。」

「…………は?」


呆けたような声を出すチリ。その表情からも呆然とした様を見せたが、そんな彼女にアオキは続ける。


「チリさんは、パルデアにとって失うわけにいかない人だ。それなのに何故ここに来たんです。」

「……まるで、自分はそうじゃないとでも言うような言い方ですね?」

「ような?違います。そうなんですよ。」


「自分は、平凡な男です。ちょっとポケモンバトルが得意なだけの、ちょっとポケモンバトルが強いだけの、ただのサラリーマンです。」


カエデやハイダイのような人を幸せにする技術を持たず、コルサやライムのように己の作品で人々を魅了することも出来ず、ナンジャモやライムのように人々を熱狂させるパフォーマンスも出来ない。グルーシャとて今でこそ事故で引退してジムリーダー一本だが、人々の間では今でも彼は観衆を夢中にさせたスノーボーダーだ。

平凡であることはアオキを苦しませることではなく、むしろアオキを安心させてくれることだったし、平凡であることはアオキが食事と同じくらい好み、大切にしていたことだった。

それでも、己とは比べ物にならないくらいに才能を持つものたちを眩しいと感じることは多かった。交流を行う内に、彼らと自分が横並びに立つ現状は間違っていると何度も思ったものだった。

それでもアオキがジムリーダーの役目から逃げようとしなかった理由はただ一つ。今日のため。


「チリさんや、他のジムリーダーたちと自分は違う。自分が死んでも、パルデアに生きる多くの人たちにとっては顔も名前も知らない男が一人死んだだけで済みます。すぐに、いつも通りの日常に戻ることが出来ます。」


これこそがアオキが出した、オモダカがアオキをチャンプルタウンのジムリーダーとして、エリアゼロの警備役として任命した理由の、結論だった。

カリスマも何も持たない、いてもいなくても誰も気にしない、ただバトルが強いだけの平凡な男。そんな都合のいい人間がたまたま近くにいた。それ故にオモダカは自分を選んだのだろう、と。

そしてアオキは、その考えをよしとした。

ジムリーダーたちだけでなく、四天王も、トップも、ジムのチャレンジャーも、アオキにとって眩しいだけでなく、人として好ましい人たちだらけだった。それこそ、自分を犠牲に守れるならそれはいいことだと思ったくらいには。だから、アオキは戦うことを選んだのだ。


「自分はここで死んでも問題ない人間です。自分の代わりなんて、いくらでもいるでしょう。」

「……それ、本気で言うとるんですか。」


チリは顔を俯かせた。彼女の長い前髪が彼女の表情を隠しているためどんな表情かは分からないが、その声は低く、怒気を孕んでいた。


「いや、アオキさんってこんなときに冗談言うような人や無いですよね。本気で言っとるんですよね。……ドオー、悪いんやけどチリちゃんたちのこと守ってて貰えるか。」

「……ドオッ!」

「ありがとうな。」


いつの間にかトレーナーであるチリのことを守ろうと傍まで寄ってきていたドオーに、チリは護衛を頼む。ドオーはチリの低い声に一瞬驚いたようだが、自分に向けて怒っているわけではないことを察したからかすぐに承諾の意を返した。

未だに状況を正確に把握していないアオキの目の前で、ゆっくりとチリが顔を上げる。つり上がった眉と鋭い目付き。誰が見ても怒っているのは明白だった。


「……死んでも問題ない?変わりはおる??──寝ぼけたこと抜かすんもええ加減にせえよ!!!?」


チリの手に力がこもる。アオキが満身創痍でなければその手は間違いなくアオキに掴みかかっていただろう。


「問題無いわけないやろ!?あんたどんだけ自分を過小評価しとんねん!!アオキさんが死んで悲しむ人がおらんとでも!?」

「…チリさんたち四天王の皆さんや、ジムリーダーの皆さんとか、あとチャンプルタウンの人たちは、優しいから自分なんかが死んでも悲しんでくれるんだろうなとは」

「なんか!?自分なんかって言うたな!!?それに優しいから悲しむって!!何を言うとるんやあんたは!!」


アオキを睨むチリの眦には、薄く涙の膜が張られていた。


「優しいからじゃない!"アオキさんやから"悲しくなるんや!アオキさんやから、チリちゃんは助けに来たんです!そりゃ知らんやつが危ない目にあってても助けに行くやろうけど!ここに来たんはパルデア守るためって理由もあるけど!でも、チリちゃんがここに来た一番の理由は"アオキさんを"助けに来たんです!」

「自分を、助けに?」


呆然とするアオキに、「なんでそんな意外みたいな顔されなあかんねん」と涙を拭うチリが溢す。


「アオキさん、他のジムリーダーたちの知名度的に自分が死ぬのが最善って判断したようにチリちゃんには聞こえたんですけど。」

「その認識であってます。……他の皆さんはパルデアに生きる人々の日常の一部と言っても過言じゃないでしょう。」

「そんなジムリーダーの皆さんやチリちゃんの日常の一部にアオキさんは入ってるはずですけど、それについてはどう思うんです?」

「それは、その……」

「少なくともチリちゃんは、アオキさん死んでもうたら悲しくて悲しくて仕方ないで。チリちゃんがそんななってもうたらチリちゃんファンの子たちの日常も崩れてまいそうやなあ。」


アオキの死。それはパルデアに生きる人たちの大半にとっては日常的を揺るがす直接的な理由にはならないとアオキは考えていたが、間接的にはどうか、それについてはアオキは考えたこともなかった。


「あと、さっきからパルデアに生きる人たちがどーのこーのって言うてますけど、チリちゃん知ってんねんで。」

「なにをですか。」

「アオキさん、チリちゃんたちのこと結構気に入ってくれてるやろ?」

「……否定はしません。」


アオキはチリから顔を背けた。その様は誰かさんからのお説教にそっぽ向く姿を彷彿とさせ、チリの口元が緩んだ。


「アオキさん。チリちゃんがもし死んでもうたら悲しい?」

「……当たり前でしょう。」

「せやんなあ。当たり前やんなあ。」


チリはにっこりと笑ってアオキを見つめた。口元は笑っているが、目は笑っていなかった。アオキにもはや反論の余地はなく、考えを改めざるを得なかった。


「……すみません。一人で突っ走ってしまっていたようです。」

「分かればええねん。」

「それと、言い忘れていましたが、助けに来てくださってありがとうございます。」

「ええで、でもトップにも後で礼言っとくんやで?」

「トップに、ですか?」

「アオキさん助けに行くよう言ったんトップやで。いや言われんでも行くつもりやったけど。」


(トップが助けに行くように言った?どういうことだ、トップは自分を鉄砲玉として自分を配置したんじゃないのか?)


「……アオキさん、一回トップとちゃんと話したほうがええと思うで。」


チリの言葉にアオキの長考が始まる。それを察したチリは苦笑いで助言しつつ立ち上がると、ポケモンたちのほうへ向き直った。


「ドオー、チリちゃんたちのこと守っててくれてありがとうな、助かったわ。もう一踏ん張り頼むで!」

「ドオッ!」


チリはドオーを引き連れてアオキを守るようにパラドックスポケモンたちの前に立ちはだかる。しかし背後から何かが動く音がしてチリが振り向くと、左腕を庇いながらアオキが立ち上がっていた。


「ちょ、待てえい!あんだけ言ってまだ分かってへんかったんか!?」

「大丈夫です。無理はしません。」

「大丈夫要素どこや!?吐血しとるし、その左腕間違いなく折れとるやろ!!」

「ここでチリさんを一人で戦わせたら死ぬのが自分からチリさんに変わるだけでしょう。」

「はー……あんなあアオキさん……」


立ち上がるアオキにチリは額に手を当て、呆れたような顔でため息をついたが、額から手をずらした彼女の口元はニヤリと笑んでいた。


「助けに来たのがチリちゃんだけなわけないやん?」


その瞬間、笑うチリの背後、ポケモンたちが戦っている地点から爆発が上がり、チリとアオキの髪を揺らした。「ほら、言ってたら来たで。」そう言いながら空を見上げる彼女につられてアオキも空を仰ぐと、カイリューとオンバーン、アップリューが飛んでいるのが見えた。トレーナーの姿は視認出来なかったが、このパルデアで猛々しい竜たちを使役する者など、彼らの知る限り一人しかいなかった。


「アオキイイイイイイイ!!!!!チリイイイイイイ!!!!!!無事なのですかああああああああああ!!!!!???」


アオキたちの場所からはかなり離れた場所で飛んでいるはずなのに、耳をつんざくような大声が降ってきてアオキは思わず眉間に皺を寄せた。そんなアオキの様子に笑いつつ、チリは声の主、ハッサクに返事をする。


「大将ぉーーーー!!チリちゃんは無事ですけどーーーーー!アオキさんが無茶やめてくれないんですーーーーーーーーーーー!!」

「ちょっ、チリさん」

「ア"オ"ギイイイイイイイイイイイイイ!!!!!あなたにはあ!!!!後でえ!!!!お話がありますですよおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

「勘弁してください……」


ため息をついたアオキの様子にとうとうチリは堪えきれなかった笑い声を上げた。そんなチリの姿にも顔をしかめつつ、アオキは手持ちのポケモンたちを呼び寄せ、ムクホークとカラミンゴ以外のポケモンたちをボールの中に戻した。


「ムクホーク、カラミンゴ、皆さんも。先ほどはすみませんでした。自分はあなたたちにとてもひどい指示を出してしまいました。……無理は承知していますが、もう少しだけからげんき、お願いしてもよろしいですか?」

「ピイィ!!!」

「ア"ァ"!!!」

「ありがとうございます。頼もしいです……本当に。」


頼もしい相棒たちと共にアオキはチリの隣に立った。チリはもうアオキを止めようとしなかった。


「チリさん、ここから自分たちはお二人の援護に動こうと思います。」

「はいはい、分かりました。もーアオキさんってほんま意外と頑固よなあ。」

「どちらにせよ最寄りの病院に医者はいないでしょう。避難してるんですから。だったら一刻も早くこの場を収めてしまって皆さんが通常業務に戻れるようにしたほうが自分の生存確率も上がるのでは?」

「あー……それ言われると。」

「まあそれはともかく、敵には地面タイプに弱いポケモンが多いようなんですよね。」

「急に話変わるやん。ええで、一発ドでかいのかましたるわ!ドオー、テラスタルや!」


ドオーをテラスタルさせるチリの横で、アオキは懐から手袋を取り出し、痛む左腕に苦しみつつも両手にそれを装着した。ハッサクのほうを見ればこちらの意図を察したのかアップリューの姿が無かった。


「皆、一旦戻れ!んでドオー!いてこましたれ!!『じしん』!!」


テラスタルによって強化された地震が広範囲の敵に襲いかかる。無論全ての敵を倒せたわけではないが、地面タイプが弱点だったものを始めとし、ある程度ダメージを受けていたポケモンたちも続々と倒れていった。そして地震によるこちらの被害は皆無。あっという間に戦局はこちらの有利に変わった。


数分前までの絶望感はもうどこにもなく、パルデア最高峰を守る四天王たちによって、非日常は日常へと移り変わろうとしていた。


「待たせて悪かったなあ、こっちも色々あってん。でもそっちはそっちで好き勝手やってくれたみたいやし、ええ加減に帰ってもらうで?」

「この地には小生の宝物が沢山あるのです!壊させたりなんてさせませんですよ!!」

「サービス残業なんて自分の柄じゃないんです。さっさと終わらせてしまいましょう。」


チリのポケモンたちが、ハッサクのポケモンたちが敵を討たんと迫っていく。そんな彼らのサポートをアオキは二匹に指示した。


そこから先のことは、アオキはよく覚えていない。


***


「調子はいかがですか、アオキ。」

「……良くはないでしょうね。」


ベッドに全身を預けているアオキと、ベッド近くの椅子に座るオモダカ。アオキは現在入院中であり、彼の上司であるオモダカは彼を見舞いにやって来ていた。パラドックスポケモンによる襲撃があった日から既に二週間経過していた。


オモダカよりも前に見舞いに来ていたチリとハッサクによると、戦意を削がれたパラドックスポケモンたちが大穴に去り始めた後、間もなくアオキは意識を失った。すぐにハッサクは医者を探しにカイリューと飛び、チリはオモダカにひとまず襲撃は落ち着いたという報告をしつつ、アオキを病院まで運んだ。オモダカが派遣したタクシーに乗り、ハッサクに先導されて病院に戻った医者たちによってアオキは適切な処置を施され入院したものの、彼の目が覚めたのは襲撃の日から一週間後のことであった。


この二週間の間、パルデアリーグは今回の件での対応に追われていた。特にオモダカやリーグの職員たちが頭を悩ませたのは、襲撃に関して人々にどう説明するかであった。なにしろアオキたちの活躍により、パラドックスポケモンの被害は皆無に等しかった。それは決して悪いことではなかったが、人々を納得させるだけの材料が無かったことも事実であった。

致し方なく、リーグは大穴から凶暴なポケモンが多数現れたこと、チャンプルタウンのジムリーダーと四天王が対応に当たったこと、ジムリーダーは意識不明の重体、四天王は軽傷であるなど若干事実をぼかしつつ、しかし嘘はつかず発表を行った。

しかしこの発表に対し、一部の心ないものたちによって襲撃の話はリーグの誤報であるという噂がネット上に広まった。彼らの言い分は、襲撃は誤報であり、誤報の事実を隠蔽するために素顔が知られていないチャンプルタウンジムリーダーを重体であることにした、というものであり、パルデアリーグを貶めるコメントと共に発信されていた。

だが、この噂は長く続かなかった。というのも襲撃の日、ベイクタウンでは傷ついたカイリューに乗って医者を探しに現れたハッサクの姿が多くの人に目撃されており、目撃証言だけでなく写真や動画もネットに多く投稿された結果リーグの発表の信憑性が高くなり、誤報という噂は3日と経たずに消え失せた。

他にも今回の事態の原因究明であったり、パルデアの人々へ大穴に近寄らないよう再度呼び掛けたりと、とにかくオモダカはこの二週間忙しくしており、ようやく空けることが出来た隙間の時間にアオキの見舞いへとやって来たのだった。


「さて、遅くなりましたがアオキ、今回の件、本当にお疲れさまでした。あなたが対応してくれたお陰で、被害を最小限に食いとどめることが出来ました。」

「いえ……。正直あのメッセージが無ければ死んでいたと思います。」

「……未来の私、ですか。」


今回の襲撃において、アオキが生き残ることが出来たのは未来のオモダカのメッセージを聞くことが出来たことが大きかったとアオキは考えていた。死んでしまった『アオキ』は、襲い来るポケモンたちを前に死を悟っていただろうし、情報が無い状態だったために足止めだけでなく、戦いながら情報を集め、その情報を報告、共有をし続けた果てに倒れることになったのだろうと。それと恐らくだが『アオキ』は自分が死んだ後にどうなるかの予測を見誤っていたのだろう。『アオキ』が予測した以上に『アオキ』が倒れた後の状況は悪くなること、アオキはそれを知ったからこそ抗いきれたのだと思っている。


「ああ、あとあの二人が来てくれなかったら、やっぱり駄目だったと思います。トップの指示だったと聞いてます。ありがとうございました、お陰で命拾いしました。」

「……ええ。」

「……トップ?」


ふと、視線をオモダカに向けると彼女は何かを考えているようだった。何を言えばいいか分からず視線を泳がせるアオキだったが、オモダカが口を開いた。


「チリから聞きました。あなたは自分のことを死んでも問題ないと考えていたそうですね?」

「……その話ですか。」

「アオキ、あなた自身の言葉で聞かせてくださいませんか。あなたが何故そう考えるに至ったのか。」


泳がせた視線はそのままオモダカのほうに向かず、明後日の方向を見ていた。そのまま暫く時間が過ぎて、観念したようにアオキは語り始めた。


「……自分はちょっとバトルが強いだけの平凡な人間です。だから、何故トップが自分にエリアゼロの警備役を任せたのか、それを疑問に思いました。……出した答えは平凡な人間だから、でした。」


「平凡な人間だから、他のジムリーダーたちと比べて死んでも問題ないから、だからあなたは自分にその役目を与えたのだと思っていました。というか今でも思ってます。」

「なるほど。」


病室の中に静かなオモダカの声がやけに響いて聞こえた。自分が出した答えにはアオキは納得しているため、肯定されても気にしない自覚があった。ただ、チリの言葉がアオキの中に残っていた。もしアオキの考えが間違っているなら、彼女は何故自分にその役目を与えたのか。それがアオキは少しだけ気になっていた。

少しして、今度はオモダカが語り始めた。


「どうやら私の言葉が足りていなかったようですね。まず始めに言っておきたいのですが、アオキ、私はあなたを捨て駒のように考えていたことはありません。私があなたにエリアゼロの警備役を任せたのは、それが最善であると考えたからです。」


逸らしたままだった視線をオモダカのほうに向ければ、彼女は真っ直ぐにアオキを見ていた。


「あなたもよく知っている通り、エリアゼロのポケモンたちはこのパルデアにとって十分過ぎる程に脅威です。そのため、エリアゼロの警備役、及びチャンプルタウンジムリーダーには特にバトルの強いトレーナーを配置する必要がありました。本当なら私がそれに就ければよかったのですが、私にはこのパルデアを導く役目がある。なので私に引けをとらないような、強いトレーナーにその役目を任せることにしました。」

「……それが、自分だと?」

「ええ、その通りです。一番安心してこの役目を任せることが出来るトレーナー。それがあなたなんですよ。」

「買い被りでは?」

「買い被りでないことは、二週間前にあなたが証明したはずでは?」


返した反論は、あっさりと切り捨てられた。しかしアオキは、そしてオモダカもまた知っている。アオキを始めとするジムリーダーたちが生きている今は奇跡の産物であることを。


「あのメッセージが無ければ、自分は死んでいたはずなのですが。」

「そうですね。それは間違いない。けれどあなたが戦ってくれたから、ジムリーダーたちの犠牲だけで済んだのかもしれない。……こんな言い方は本意ではありませんが。」


オモダカは少しだけ目を伏せた。


「『尊い犠牲』、彼女はそう言っていましたね。けれど、犠牲が尊いものであるはずがありません。私たちにとって本当に尊いのは」


伏せられていた目が再びアオキに向けられた。


「あなたたちが生きている。この事実です。」


「きっとあなたたちは二週間前に死ぬはずだった。けれど未来の『オモダカ』が一石を投じて、私たちの未来は変わった。彼女に私たちが出来ることはきっとないでしょう。私たちの未来が変わったことで、彼女の世界も救われていることを祈るくらいでしょうか。」


「とにかく私は、あなたたちが生きている明日が続いている、この事実を尊いと思うんです。だから私は、犠牲のない明日がこれから先もずっと続いて欲しい。『尊い犠牲』なんてあって欲しくないから、私は私の持てる力をもってパルデアと、パルデアに生きる全ての人々を守ります。でもそのためには、あなたは必要不可欠です。」


アオキはオモダカから目を逸らさなかった。


「自分は普通の日々を過ごしたいんですが。」

「その普通の日々を過ごすために、この役目はどうしても必要なんですよ。そしてこの役目に一番適任なのはあなたであると私は考えているんです。この考えは今も変わっていません。」


「さてアオキ、改めて告げますが、チャンプルジムリーダーとしてのあなたの職務は、ジムリーダーとしてチャレンジャーの力量を見極め、また成長を促すこと、ゼロゲート、ならびに大穴への警戒、そして有事の際にそれに対処し、その口で私に報告を行うこと。以上です。返事は?」

「……業務命令なら仕方ありませんね。」

「ありがとうございます、アオキ。……とはいえ、暫くは治療に専念していただくことになるでしょうが。」


オモダカはアオキの状態について受けた報告を思い出す。吐血を伴う腹部損傷、左腕の骨折、傷の数は数えきれないほどで、激戦を何よりも物語っていた。現状、退院は半年後になるだろうと見積もられている。


「聞いてはいましたが、かなり無茶をしたようですね。……それはそれとして、今回の件、あなたの活躍は実に素晴らしいものです。なのでボーナスを支給しようと考えています。」

「そういうことなら、旨い飯を腹一杯食いたいですね。」


アオキから返ってきた言葉にオモダカは少しだけ目を丸くすると、すぐに声を上げて笑った。若干不満そうなアオキに対して笑うことを止めずにオモダカはこう告げたのだった。




「残念ですがアオキ、半年は味のある食事が出来ないと思いなさい。」



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