スネークとホークの話2
無機質な部屋ともいえない空間は格納庫という。
与えられたものは、片手で数える程に数少ない。
自分たちは兵器であり、人の形をしているだけの存在である。
自分にはよくわからないが、人権意識というものか、与えられたものの一つが服一枚だ。
人の形をしていなかったらそんなものは与えられないだろう。
人間のように、老廃物を出すわけでも無いので、外部の要因で汚れでもしない限りはそのまんま。
セラフィムを作るのに沢山の資金がかかるという。
不要なコストは削減、削減、削減。
しかし凝り性な博士は、人型だからといって限りなく人間に近い作り方をしたのだ。
残酷だ。
人の形の兵器に情緒を与えるなど。
限りなくオリジナルと生き写しの顔だち、髪型、能力。
違うのは髪と肌の色、翼に炎、瞳孔、外見年齢と大きさ。
オリジナル達が自分たちを見たらどう思うだろうか。
人として産まれ生きたのに、血統因子からクローン兵器を作られるなど。
幼い頃の自分の姿と似た存在が感情を持ち、兵器として運用されていることを。
外が暗いので、ドアに嵌め込まれたガラスを覗き込む。
ここに鏡などという不必要なモノは無い。
いつも通りの顔立ちが暗い中からこちらを見る。
オリジナルは世界一美しい女性だと聞いた。
美しい、という概念はよくわからない。
ただ自分に与えられた能力で、人々が次々と石になるのを見て、それもただの機能なのだろうとしか感じないのだ。
機能としての美しさを保つために、そういえば先程ブラシが与えられたのを思い出した。
箱からブラシを取り出し、使い方を教わった通りに長い髪を無言でとく。
一体何故この髪というものは長いのだろうか。
不必要ではないかと理不尽な思いを抱く。
ホークやシャーク、ベアは髪が短くて羨ましい。
娯楽がない為に何度も読み返されてヨレヨレとなった仕様書を眺めるホークを見る。
「どうしたんだ」
「理不尽じゃの」
「また、出たな。リフジン」
ブラシを放り出し、ホークの頭を触る。
自分と同じ素材で出来たとは思えない。
ツヤツヤさらさらというより、ふわふわしている気がする。
「何をしてるんだ」
「飽きたのじゃ。髪をくしけずることに」
「言われたことはきちんとやれ」
そう言いながらホークはなすがままだ。
ホークが羨ましい。
男の子という形をしているだけでこんな煩わしいことをしなくても済むなんて。
ブラシを手に取り、ホークの髪をとこうとする。
「引っ張るなよ」
「……!」
途中で僅かに引っかかったブラシに少し驚いた。
なるほど、別に見た目が殺傷力に影響しない個体ならば、手入れをする必要のない飾りなのだろうと思う。
自分の髪の毛は、ひっかかりも絡まりもしないというのに。と少し悲しくなる。
ただ整える為だけのブラシで、痛くしないように撫でるようにといて行く。
時間はかかったが、なんとかブラシがひっかからないようになった。
改めて髪の毛を触る。
「ふふっ。ホークもサラサラじゃの」
「……何が楽しいのかわからん」
「わらわもじゃ」
仕様書を読んでいたホークがこちらを向いた。
ブラシが取り上げられる。
「……?」
首を傾げていたら、髪を手に取られて梳られた。
「なんじゃ。お返しか」
「暇つぶし」
「出たの。ヒマツブシ」
ホークの口癖のようになったヒマツブシ。
自分の口癖のようになったリフジン。
実際ここはリフジンを乗り越えたらヒマなのだ。
意義を唱えた所で自由になる訳が無い。
「そういえば、おれもお前も、髪の毛は雪に似ている。白いな」
「なんじゃ。ユキとは」
「耐雪性能について、仕様書に書いてあったんだが。言葉がわからなくてな。博士に聞いたら教えてくれた。雨が冷えて氷となって、白くて小さくて冷たいものだという。空から沢山落ちてくるらしい」
「外にはそんなものがあるのか」
ここに雪などというものは降らない。
見てみたいな、と思う。
しかし実際見る時があっても、そこはきっと戦場だろう。
空から、雪というものが落ちてくる所を想像した。
どのように落ちてくるのだろう。
冷たいというなら、大砲を小さくしたものが沢山降るのだろうか。
空から落ちる幾千もの白い冷たい鉛玉を想像して震える。
「……わらわ、こわい」
「……多分お前の想像してるものとは違うと思う。綺麗だったぞ」
「な!?実際に見たことあるのかホーク」
「いや、映像資料で」
「綺麗ならば、わらわも見たいのう……」
「仕様書を持って質問すればいい。ただ、一回しか見れないと思う」
「なにゆえ」
「おれたちがセラフィムだからだよ」
「……」
ことある事に自分たちは兵器だと自分に言い聞かせるホークを咎めたら、代わりにセラフィムという言葉を使うようになった。
どっちだって変わらない。
優秀な兵器だということはわかっている。
人間の子供ではない。
一度見聞きしたものは覚えられないとやっていけないのだ。
スペックの書かれた仕様書だって一度で覚えたが、意味まで深く考えたことは無い。
耐雪という聞きなれない言葉から、知らない事を知るためという名目で、博士に頼んで、資料とはいえ雪を見せてもらう方法は確かに楽しそうだ。
ホークも真面目そうな顔をしているが、きっと心に残ったのだろう。
単なるパーツにしか過ぎない髪を綺麗な事象になぞらえるなんて、中々ホークも……何だろうか。
上手い言葉が見当たらない。
必要ない言葉なのだろうか。
しかし何となく気分は良い。
「どうした。何故笑っている」
「ふふ、さぁな」
知らない感情だ。
ホークの髪を梳ったり、ホークの頭を触っていたり、ホークのことを考えていると気分が良いのだ。
多分それは、悪いことではないのだろう。
ホークが髪を丁寧にといているのを見ているのも、なんとなく気分が良かった。
「終わった。お前は大変だな。髪の毛が長い」
「わかるか。万が一敵に掴まれたら危ないと思うのじゃ」
「おれもそう思う」
「リスクを抑えるために髪の毛など無くしてしまったほうがいいといっそ思うけど、それだと能力の効果が無くなると思うのじゃ。どう思う?」
「想像するだけでなんか……なんか、とても嫌だな……おれはお前の発想がたまに怖い」
「そうか?」
耐久試験、メンテナンス、戦闘。
それ以外はずっと、この娯楽の無い空間。
暇を持て余してする事が、想像をするか、会話をするかくらいしか無いのだ。
ツーマンセルで構成された最小単位の無駄のない格納庫の割り当て。
別に兵器だから一人で一空間使ってもよいとは思う。
しかし一人でずっと何も無い格納庫にいたら、何かが壊れてしまいそうだ。
最初から感情なんて無ければ、一人でも平気だろう。
二人で最初に何も無い空間に入れられ、ホークの手に触れて初めて自分の温度を知ったのだ。
知った後に離されたら、きっと辛いだろう。
いつかきっとくるお別れの時を想像すると、悲しい気持ちになった。
「ホーク、頼みがある」
「何だ」
「いつか、きっと……お別れがくる時が必ず来よう」
「そうだな」
「その時はどうか……さよならは言わないで」
「……約束しよう」
小指を差し出し、そっとお互いの指を絡ませる。
もしも約束を違えたら、博士にバレないように、約束を破った方の小指を完膚なきまでに破壊してやるという宣告と受諾を省略する意味で考えた動作だ。
「あと……これは約束ではないのじゃが。最後にもう一個、お願いがある。大切なことじゃ」
「何だ」
「名前を、ちゃんと呼んで……」
「……わかったよスネーク」
名前とも言って良いのかわからないような、与えられた識別個体名。
それでも呼ばれるだけで存在を認識されていると感じて安心するのだ。
ここは格納庫。
自分たちは兵器。
最低限に、与えられたものは片手で数える程のもの。
識別個体名、服一枚、ブラシ一つと、お互いの存在だけ。