ホワイトバニー・メッセージ

ホワイトバニー・メッセージ


 私は、ミレニアムを裏切った。

 私は、先輩達を裏切った。

 私は、友達を裏切った。


 私は、アビドスに居場所を手に入れた。

 私は、それなりに好き勝手できる立場を手に入れた。

 私は、困らないほどに砂糖を手に入れた。


 私は、私は、私は、私は私は私は、私は私は私は私は私私私私私私私私私私私──


「おはよ、コユキちゃん」

「にゃっ!? ……にはは、おはようございます、ホシノさん」

 どうやらまた机の上で寝落ちしていたようだ。

 目の前にはアビドスシュガー入りのエナドリが散乱している。

「どうかな、首尾は?」

「おっかげさまで絶好調です!」

 ここはアビドス高校の情報室。私はここの室長なんてものに任じられている。

 アビドスにとって最も脅威なのは現状ミレニアムただひとつ。

 素人が生半可な知識で対抗しようとしても、ミレニアムの誇るハッカー集団やビッグシスター達にはひとたまりもないだろう。

 なので、いっそ発想を変えてみることにしたそうだ。

「よく考えますよね。私を主軸にひたすらミレニアムへのハッキングを仕掛け続け、こちらを気にする余裕を与えさせない……それを実行しちゃえる自分も流石の一言ですが!」

 発案者はホシノ先輩だ。彼女はそこまで情報技術に明るくないが、これもひとつの戦闘と考えればアイデアは浮かぶ。

「うへ~、まあおかげ様で一番警戒してたミレニアムもどうにかなりそうだし、一安心かな~」

 その言葉にさらに気を良くする。

「にはは! ミレニアムの先輩方ならもう少し悪辣な罠を仕掛けてもおかしくないかなと思いましたが、杞憂でしたね!」

「……ふぅん?」

 ホシノ先輩の雰囲気が一瞬変わり、考え込んだ。

 何かまずい事を言ってしまったかと心配になるが、そうではなかったようで

「ねえ、コユキちゃん」

「は、はい!」

「……今までのミレニアムとの情報戦、何か違和感があった?」

「違和感、ですか……」

 とはいえ、想定通りハッキングは成功しているし、こちらの重要情報はあまりとられてないし……。


「ははは、まあ順調すぎるのがある意味違和感ですかね~……あれっ!?」


 言葉にし、ようやく気づく。

「やっぱりそう?」

 ホシノ先輩はもう気づいていたようだ。

 私は焦ってパソコンの方へ戻った。

「……!! そうだ、順調すぎる。あの先輩達がこんな良い様に簡単にどうにかできるわけがないでしょう! 私が気づきにくいぐらいに、調整されてた……?」

 お互い毒にも薬にもならないレベルで攻防させ、こちらの視点をズラす……? いや、そのぐらいあの人達ならやって見せるはず……!

「じゃあ……重要な情報を双方掴ませないように……? なら、一体何をするつもりで……」

 ダメだ、思考が回らない。すぐそこにあったエナドリを一気に飲む。

(……冴えてきた。よし!)

「まずはこれまで攻めて込めた場所、洗ってみよっか」

 ホシノ先輩は冷静に思考を組み立てる。

 そうだ、まずは事実を整理しよう。推測が間違ってなければ、ミレニアムとしては重要そうにみえて渡して良いと判断した情報だけ抜き取らせたはず。

「アビドスへ攻め入る勢力の進軍ルート、補給路……導入する無人兵器のリスト、あとはミレニアムの監視ロボットのルート……」

 これらが十把一絡げに投げていい情報とも思えない。狙いがまだ見えない。

「うーん……これらの情報に集中させたかった……のかな~?」

 そうだ、これらの情報があればアビドス側は色んな準備ができるし、さらに情報を集める機運が高まる。だが実際はルートを制限されていたようなものだった。なら

「この情報で見えないもの…………まさか!」

 勢いよく立ち上がり、窓の外を見る。遠くは見えないが、先ほどの情報と合わせて鑑みると

「進行ルートとは被らず、あっちが引っこ抜いたウチの監視網より外側に……?」

「その可能性はありそうだ。ミレニアムの中で何か大きいことしようとしてるのなら、たぶんコユキちゃんなら見つけられるでしょ?」

「はい……! だから、誘導したってことなんだ!」

 してやられた。勝手に有頂天になってなんて滑稽なんだと歯噛みする。

「落ち着いて、コユキちゃん。そこまで分かったならやれることはあるでしょ?」

 その言葉にハッとする。そうだ、ここまで情報が揃ったなら、隠されたものを暴いて見せる──

 意識を拡張、再解釈するイメージ。手元に残っていたサイダーを飲み干して手を動かす。

 目的のものを見つけ、情報室のメンバーに声をかける。

「エリア2-Bの監視用ドローン全部借ります!」

 速攻で制御権を奪い、操作を開始する。いつでも使えるようにこっそり細工していて良かった。

 あっちはなんだか焦ってるがそれどころじゃないので許してほしい。

「……あった、ふざけてるんですか。いえ……愚問ですね」

 ノア先輩が覚悟を決めたのなら、これは当然だったんだろう。

「ひとつ聞いておこうか。ミレニアムの中にコレを配備しなかった理由は想像つく?」

 ドローンが映し出した光景を見て、ホシノが静かに呟く。アビドスのトップとしてどうするか思考し始めているのだろう。

「……私がこちらにいると知ってるからでしょうね。ミレニアムに置いていたら、どうやってもすぐに辿り着くでしょうから」

「合理的だねえ~。今のミレニアム陣営にビッグシスターはいないって聞くけど、やっぱり油断はならないか」


 アビドス砂漠の端。ドローンを無理やり範囲外に飛ばしてようやく見えてきたのは。

 ミレニアムの急造と思われる前線基地のような建物。そこには、ミサイルの威風堂々とした姿もあった。



「……駄目ですね。あの基地自体が限りなく外部からの接触ポイントを減らしてます」

「そのためにミレニアムから離したのかな」

「恐らくは。私がいれば接続さえできれば侵入は容易です。ならば、そもそも接続させない。通信ってのはまず物理的な接続があってこそなので、極めて合理的です……」

「門外漢の印象だけどさ、"最高のセキュリティ"に違いないけど実現するのはとんでもないって感じだね。さて……手をこまねいているわけにもいかない。ミレニアムは本気だね」

 徐々にホシノ先輩が纏う雰囲気がピリついてきた。

 この人は正直言って底が知れない。だから、もしかするとどうにかできるのかもしれない。それでも──

「まだ、です! 私は不遜にも全力の私を止めてみてくださいと言って出てきたんです……! ならこれは私が止めて見せる…………!」

 その言葉に、ホシノ先輩は雰囲気を収めて微笑んだ。少し、複雑な色を浮かべながら。

「わかったよ"コユキ室長"、君に任せる」

「まっかせてください!!」

 砂糖に塗れた白兎がキーボードの上で跳ねる。確かにあのミサイルを止められないための策としては奇策であり最善策。でも、完璧なわけがない。むしろ、こんな無謀なことをしてる時点で負け筋は残してる。私そのものがミレニアムの負け筋なんだから当然だ。

 発射までの猶予もわからないが、悠長なことは言ってられない。

 ミサイルが飛んでくるかもわからない状況で枕を高くなんてできるものか。

「……これ、使う? 接続端子発射機能付きのドローン。近場を飛ばしてる」

「そんなピンポイントメタなものあります!? ありがとうございます!」

 シュガーエナドリの山から復活したハレがとんでもない駒を渡してきた。普段なら、だからなんだレベルのイロモノだが、私がこの状況で扱うのなら──!

「ちなみにそれ、あと30分しか充電持たないから気を付けてね」

「上等です!!」

 元より急ぎの仕事。今更どうってことない。

「……構造はシンプルですね。まあそりゃそうか、ならミサイルの制御室は……そこだけ重点的にセキュリティを高めてる?」

 なら話は早い。ノア先輩のクセかもしれないけれど、大切なものは手元に置いておきたがる……はず。なら制御室もすぐ近くのはず! ……きっと、あの人の事だろうから、責任も罪悪感も全部背負うとか、考えてるのかもしれないけれど。

 余計な思考は追い出す。今はあの部屋に突撃することだけを考えなきゃ……!


「!? 何か来る、緊急退避!」


 ドローンの姿勢が崩れたので一旦後退する。カメラを動かすと

「ウチ(ミレニアム)のヘリだね……なんでこんなところに」

「緊急の連絡? 物資の補給とかじゃあなさそうだ」

「……もしかして! やっぱりノア先輩、制御室にいたんだ」

 もう少しだけ離れてヘリに焦点を合わせる。ノア先輩が慌てた様子で制御室から出てきた。そして、それほど慌てるということは……


「………………………………ユウカ、先輩」


 私が、ああ、またこの感覚だ。私が全て嫌になってしまったあの日。

 ユウカ先輩は……でも、表情は中毒者のソレではない。ならミレニアムは成功したんだろう。

 良かったなんて、私が想う事は許されないけれど。


「コユキちゃん、まだ終わってないよ……終わったらおじさんの胸でよければ貸すからさ」


 ホシノ先輩の声でハッとする。

 そうだ、まだ私のミッションは終わってない。

「ノア先輩はユウカ先輩に首ったけ、なら今の内なら入れる……!」

 ドローンを巧みに操作してこっそりと制御室に入る。中はシンプルで、色んなモニターがあった。

 中にはアビドスを監視しているドローンの映像も……あれ、これアビドスのでは?

「……やられた。ヴェリタスにしては大人しいと思ったら」

 隣でハレが歯噛みしている。恐らくはあの人も表に出てきたんだろうか。ミレニアム最強のハッカーが水面下で動いていたら、この程度は余裕なんだろう。

「けれど、私がここに来た以上は王手ですよ。接続可能なポイントを発見です!」

 そこからはウィニングランだ。ミサイル発射のプログラムを削除、これでバックアップするまでは時間が稼げる。ならバックアップも壊す!

「どれだけ厳重に守ったところで、私には無意味です……!」

 これが最後のパスワード。物理的にもう一度この制御装置にソースファイルを置かないと発射はできないだろう。だから、これで最────は?


打ち込んだパスワードを見返して、一瞬呆けた。


──ThankyouforKoyukichan

──コユキちゃん、ありがとう


 それはノア先輩からのメッセージ。

 ここまでたどり着いた私への。


 呆然とする頭で、エンターキーを叩いた。これでミサイルは無力化に成功したことになる。

「~~~~~っ、はぁ~~~…………」

 大きく息を吐く。傍で見ていたホシノ先輩が肩を叩く。

「……いい先輩だね」

「はい……とっても怖いこともありますが、私には過ぎた先輩です」

 ドローンのカメラを動かすと、ユウカ先輩とノア先輩が抱き合っていた。

 あっちはあっちで何かしら説得していたんだろう。ユウカ先輩がこんな強行を許すはずもないし。

 ……結果的に、私の力でどうにかできた感じはないけれど、まあいっか。

「そろそろバッテリーが切れるよ、コユキ」

「おっとまずいですね。これそのまま墜落します?」

「うん。逆探知できないように数分したらインターフェース壊した上でシャットダウンするけど」

「それは重畳です。なら最後にひとつだけ仕事してもらいますか」

ドローンを制御室から出して、ノア先輩とユウカ先輩の近くに落とす。画面は表示したまま。



 ──ミサイルは無効化しておきましたよ! 誤射も無いので、どうぞお二人でごゆっくり~ 白兎より



 あの日と同じ。返答の要らないメッセージ。

 でも、今日の私は泣いてなかったし、二人は苦笑していた。

 そこで、映像は途切れた。

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