ホワイトデー前日のミホハン夫婦

ホワイトデー前日のミホハン夫婦


子どもと一緒にバレンタインのお返しのクッキーを焼いた。

家の中に甘い香りが立ち込めてやまない。

「そなたら……本命ではない女子にも礼儀を欠かしてはならないが……思わせぶりな事は言ってはならぬ。女は割と覚えておる。ただ本当に好きな女子には真摯に向き合うように」

息子達が頷いた。

この子たちはどれだけのクラスメイトの女子の心を奪ったのだろうか。

明日になったら色んな女子が色んな感情を抱えるのだろうなと思いながら息子達のお返しのクッキーのラッピングをお義母様と手伝っていた。


 そういえば幼い頃のホワイトデーはどうだっただろうか、とふと思い返す。

今も昔もチョコレートを渡した相手は現在の伴侶だけだった。

子供の頃に義理とは言え、両親にせっつかれてチョコレートを作った思い出がある。

「べつにそなたが好きで作ったわけではない」

と渡す時に言ったような。

あの当時は割と特別に好きでは無いというか、ただ礼儀を欠かさぬようにというだけの思いだったが、わざわざ照れ隠しにせよ馬鹿正直に口にすることでもあるまいに。と幼い頃の自分に苦言を呈する。

いずれにせよ渡すような男は他にいなかったが。

少年だった主人は少し驚いたような顔をして受け取った気がする。

 一月後にはそんなことを忘れて一緒に遊んでいた時のことだ。


「これ」

と言葉少なく渡されたお菓子の包みに驚く。

「親が渡せと」


付け加えたような言葉に得心がいった。

そういえば今日はホワイトデー。

自分と同じように親に言われたような義理ならば要らないのに、と幼心に思った。

きっと礼儀として、単なる付き合いとしてだろう。

と思っていた所に花が雑に差し出されて驚いた。


「……どこの花壇から持って来たのじゃ」

ありふれたチューリップだった。しかし少し珍しい色だった。

素直に受け取ることもせずに、花盗人の罪を疑い咎めようとした。

「去年、両親に畑を貰った。余ってた所で“てなぐさみに”育てただけだ。要らないなら捨てればいい」

手慰みと言う割には綺麗に咲かせるものだと思った。

「……要らないとはいっておらぬが。しかし何故紫じゃ……ピンクとか赤とか黄色とかではなく」

「……特に深い意味はない。しいて言えばなんとなく似合うかと」

「なんじゃ、意外とわかっておるの」

「あと、おまえは黄色いチューリップとかいうガラでもない。似合わなさそう」

「ほう、やっぱりそなたは無礼者じゃの」


握りすぎて若干暖かくなった花の茎をそっと受け取った。

来年くらいは気の利いたラッピングを覚えるといい、と告げたら「善処する」とだけ言われた。

 それから何となく距離感が縮まったような気がした。

どこへ行くにも、小型犬と言われた恨みを返すように連れ回し、否、連れ回しているようでやはり犬のようについて回っていたような。

特に変質者と言われる類が寄り付かなくなったのはこの頃か。

殆どの人生で横にいたし、きっとこれからもそうなのだろう。

あぁ、そうだ確か紫のチューリップの花言葉は───


「ハンコック」


 ふと寝る前に、あの頃小さい少年だった夫に声をかけられた。

子どもを6人もうけたとはいえ、未だに胸が高鳴るのはどういう事だろうか。


「な、何か」

「ホワイトデーは、何が欲しいんだ」


馬鹿な事を。

明日の朝方には例年通りお菓子も花束もくれるのでしょう。

お義父様と作ったマカロンと、貴方が綺麗に育てているデンファレを。美しくラッピングして。

当然その事は長年連れ添った仲であるし知っているから、その他のものだろう。


「何でも構いませぬか?」

「要望には応えよう。新しい春物の靴でも、なんでも構わん」

「しかし……」


 もはや欲しい物など、切り花より長く保つものなど要らない。

靴のサイズも変わらない年齢だし、長い間連れ添っているお陰で靴箱も貰った靴でいっぱいだし、必要とあらば自分で買うことも出来る。

貴方がワインのボトルより長く楽しめるものを必要としないように、満たされた環境で望むものはそう多くない。

モノなどでは賄えぬ幸せを与えてくれるのはいつだって貴方だけだというのに。

それを踏まえて欲しいものくらいわかっているのだろう。

あえてそれを言わせようと言うのか。


「今更、我儘に遠慮は必要か?」

「強いて、言えば……子どもかしら」


 消え入る声を絞り出し、頬が熱くなり顔を背けて応える。

妻に何を言わせているのかわかっているのか。

愛する夫と、可愛い子どもと、優しい義両親と、大切なペットがいてこれ以上無いほどに満たされて、愛して愛されて幸福だというのに。

まだ足りぬとばかりに浅ましく貴方と子どもを求める我儘さを、どうかこの身の美しさに免じて許して欲しい。


 果たして貴方は覚えているのだろうか、子どもの頃に戯れに贈った花の色を、その意味を。

息子達には女に花を贈る時の作法も意味も叩き込まねばなるまい。






子どもでも育てられる可愛いチューリップの花言葉は全体的に「完璧な恋人」

そして紫は「不滅の愛」だけどちっちゃいミホークはなんとなく珍しい&似合いそうと思って渡してるといい。

無意識に初手で不滅の愛というクソ重感情贈っておこうね

ちなみにデンファレの花言葉は「わがままな美人」「お似合いの二人」「魅惑」「上品な色気」など

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