ホット!ホット!!ほっと?
人に戻った事で、ウタは人の生を改めて桜花していた。
1番好きな事は歌う事はそのままだが、人身体で味わえる喜びの一つである食に関わる事にウタは眠る事と同じくらい貪欲だった…そう、少し周りとは違うレベルで。
夜中に、ウタがふらっと部屋を出て行くのに最初に気付いたのは同室のロビン、次にナミであった。特に本人が不寝番でもない日にそうなので、不寝番をしていたりした他の者も気付いている様だが、一度にあまりに大勢に問い詰められるのも可哀想だという事になり、2人がこっそり後をついて行く事になった。
その日も月が高くなって少しして2人に挟まれる様に寝ていたウタがそーっとムジカを抱えて部屋を出ていったのを見計らい目を開ける。
「……ロビン」
「ええ」
2人がついて行った結果、大した隠し事がないのならばそれでいい。だが、ウタはどうも自分をどこか蔑ろにしがちな所と、なんならそれをなんとも思っていないところがある。それはいただけない。
人に戻ってすぐ、倒れるまで起きていたり食べ物を食べなかったり…今回もその類ではと心配なのだ。
玩具だった頃もではあるが、人の身である今もまた、無茶などしないで欲しいのは仲間として当たり前だった。
ウタは耳で聞く見聞色に優れている、が…仲間しかいないサニー号内、不寝番でもないのにわざわざ警戒していないのだろう。存外気付かれる事なくウタがある部屋へと入るまでついて行く事が出来た。
「…キッチン?」
「夜食を食べに来ていたのかしら…」
サンジに夜遅くに頼むのは確かに申し訳ないとは思うが、言えば作り置きくらいはしてくれそうなのにそうでもない辺り摘み食いだろうか?
…ここからは流石に難しいだろうと、ロビンが能力を使いキッチンの中の様子を探る事にした。キッチンのウタからは見えにくいところに目を咲かせて覗いていると、やはりウタはキッチンの冷蔵庫の一角を開けて少し思案し、幾つかを取り出した。
「…豆腐と挽肉と、ネギね」
「……やっぱり夜食?」
だとしたら何故、厨番であるサンジが材料の減りに気付かないのだろう?
疑問はそのままに、ウタは手慣れた手つきで豆腐のカットや下茹でをしていき、その間にネギも刻んでいく。手伝っているのだろうスプーンを使いカチャカチャとムジカも調味料を合わせている。
「ニンニク…深夜だし、惜しいけど今回は我慢しようか」
「ムゥ…」
「その分こっち増やそう…さて、ご飯よそっちゃおう!」
「ムー!」
楽しそうに調理を進めていくウタ達、やっぱりただお腹が空いてしまっていただけなのだと安心するロビンと、そのロビンからの報告を聞いて安堵したナミだが…
「えーと、1、2……ナミとロビンはご飯も食べる〜?」
「「!?」」
思わぬ方から声をかけられて飛び上がる。が、やはりサニー号で索敵においてトップクラスの見聞色使いには見つかってしまうか…と諦めてキッチンに入る。
「少なめでなら貰うわ」
「私も、というか気付いてたのね…」
「ん、まぁ…起きた時2人の心音がちょっと違ったし」
思ったより序盤でバレている。ガッカリと項垂れるナミに、あらあらと笑うロビンは素直に席に着いた。
「よし、ムジカ〜、持ってっていいよ」
「ム〜」
そうしてムジカがスプーンと取り皿を持ってテーブルまでトテトテ歩いてくる。それをナミが受け取り並べ、ロビンがムジカをテーブルに乗せていると3人の元にウタが大皿を片手に、もう片手には人数分のライスを手にやってきた。
「お待たせ〜サンジ程じゃないかもだけど自信作だよ〜」
そうしてコトッという音と共にテーブルに置かれたのは綺麗な橙色にネギの青味が映える麻婆豆腐だった。
「あら美味しそう」
「意外ね、料理得意だったの?」
それに対して、ウタは話し出す。
ウタは玩具時代、サンジの料理をするところを見るのが好きだった。自分は食べられないが、真っ白な粉やなんて事ないお肉や果物が、まるで魔法にでもかけられた様に美味しそうな料理に変わっていくのは楽しかったし、サンジもまた、ウタが興味深そうに見ている料理の裏技的な物をちょこちょこ教えていたりしたらしい。
そうやってずっと観察していたからだろうか、人に戻ったウタはサニー号に乗る者の中でサンジに次いで厨房の扱いに長けていた。最初は包丁は危なっかしかったが(そういえばサンジはこう動かしていた)(このタイミングでこの調味料を入れると美味しいって言ってた)…とダンスの動きを真似る様にサンジがしていた料理の仕方を真似ると、本人程ではなくてもそこそこ形になるものだった。
何より、サンジの動きをよく見ていたからこそ、サンジの視点に留まりにくい位置にこっそり自分が買っておいた食材や調味料を隠す事も出来たのである。つまり、包丁や鍋や食器以外ウタは自前であり、そもそもサンジが気付く様な【減っている食材】が存在してなかったのだ。
「なるほど、道理でサンジくんが気付かない訳ね…」
「用意周到にしてる分、ちょっとタチが悪い様な材料費がウタの自前なのが水臭いというか…」
それくらい相談していいからと言うナミに「ありがとう」と礼を言うウタは先に食べていてとまたキッチンに戻る。
素直に2人は先に食べる事にした。なんなら既にムジカはスプーンを器用に使って口元に持っていく。するとヒュッと先程までスプーンの上にあった麻婆豆腐が消える。
相変わらず謎が多いが、骸骨が食事をとっているこの船では今更な事だと特に気にせず2人もスプーンで麻婆豆腐をよそって口に運んだ。
「ッ!美味しい!」
ナミの口から出たのは素直な絶賛だった。
豆腐に程よくピリリと山椒の効いた味が染みており、挽肉や荒めに刻んだネギの食感も楽しい。ご飯がすすむ味付けだ。
「確かに美味しいわね。ウタにこんな才能があったのは驚きだわ」
「そう言ってもらえると嬉しいな」
そう声をかけて来たウタの方に顔を向けた2人は笑顔のまま、固まった。
「…ウタ」
「なあに?」
「貴方が手に持ってるのは何かしら?」
「え?やだなァ、麻婆豆腐だよ?」
嘘だそれは麻婆豆腐じゃない。
いやそもそも食べ物じゃない。
そう口から出かけたのをお互いがお互いの口を塞ぐ形でナミとロビンは耐えた…が
「…赤くない?」
やっぱり言いたい。とナミは恐る恐るウタの手にある麻婆豆腐らしい物を指差す。そこにあるウタ曰く麻婆豆腐は赤いを超えて紅かった。
マグマですと言った方がまだ信用できる様な色のソレは匂いを嗅いだこっちが汗をかきそうだった。なんなら今それを食べるのか?という意味で冷や汗をかいている。
「まぁ二人のよりは辛めだから。ちょっと味付け濃いめにはなってるかな?」
そんなお茶目な言い方で済むシロモノとは思えないのに淡々とウタは自分の席に座って「いただきます」とスプーンにそれをとって口に運んだ。
「〜〜ッ、から…」
やっぱり辛いんじゃない!とツッコミを入れようかと思ったが、そのウタの表情は決して苦しそうに見えない。
ご飯を一口食べ、また麻婆豆腐。少し汗が出たのか普段よりずっと簡易的な一つ結びをして、また口に交互に運ぶ。
辛い、あつい、そう言いながら弧を描く口の端をペロッと舐めるウタの顔はどこか扇状的にも見えた。
「ムー、ム」
「はいはい、ムジカの分ね」
え?と思ったが、ムジカもウタの器から麻婆豆腐を取って食べ始める。人形故に表情は見えないが割と普通に食べていた。
こうも二人が普通に食べているところを見ると実は美味しいのでは?と思えてくる。学者的な好奇心により、ロビンが先に口を開いた。
「…一口もらってみても?」
「ロビン!?」
「ん、ひぃよ?」
はい、とばかりに寄せられた皿から気の毒なほど紅に染まった豆腐をロビンが取り、そしてパクッと口に入れ…
「!?!!??!?」
「ロビィィィイン!!?」
ゴッという音と共にロビンはテーブルに沈んだ。震える手で水を求める彼女にウタも慌てて水を差し出す。
ゴホッゴホッと咳き込み、涙目で水を受け取って飲み干したロビンは未だに喋れない様で、口をおさえながら首を振る。
ナミはロビンが何を言いたいか分かった。
「これはやばい」「今まで盛られたどの劇物よりもマズイ」「オハラが見えた」
ロビンは間違いなく目でそう伝えてきている。そんな口内バスターコールな代物を「そんなかな?」と言いたげな顔でウタはまた食べ始める。
もしかしなくても彼女は人形だった影響で人間に戻ってなお味覚などに異常があるのではなかろうか…そんな心配ととりあえずそんな物騒な物をこれ以上口にしない方が良いというつもりでナミは話す。
「あの、ウタ…明日、念の為チョッパーのところに行きましょう?」
「なんで???」
「コレをその程度のリアクションで食べているのは異常よ」
「いや、別にムジカも食べてるし…」
「ムム」
顔を合わせて首を傾げる2人にナミはため息を吐く。どうやら本当に問題はないだろうと2人は思っている様だ。
「大体、なんでそんなに辛い物食べてるのよ…」
「えっと…最初は、街のお店で偶々見かけたんだけど……」
経緯はこうだ。ウタが1人散策をしていた時に見つけたお店で振る舞われていた激辛料理。辛い物好きなサンジが食べるそれのレベルとは大きく違い、寧ろウソップの武器並のそれを特に大した違いもないものだと認識して食べた事が始まり。
最初こそ、その辛さによる痛みや熱さに錯覚する感覚に驚いたものの、人形時代の何も感じない時とは雲泥とも言える刺激をウタは気に入ったのだ。
汗も涙も出てくる。あらゆる刺激が一度に詰まった、食事。
人形時代では絶対味わえないソレは、ウタを見事に魅了してしまったのだ。当然、彼女の一部とも言えるムジカも、なんならムジカ越しに感覚共有をしてる魔王の方でさえ【負の感情が手軽に手に入るなァ…】というファストフード扱いしていたのだ。
コレには漸く復活したロビン含めて、頭を抱えてしまう。
「はァ〜〜、ウタ、私達としても好きなものを否定したくはないけど、度を越すのは良くないわよ」
「あまり辛い物を食べ過ぎるのは喉にも悪いと思うわ…」
「え〜……楽しいし美味しいと思うんだけ「美味しくないわ」
食い気味に否定するロビンにしょんぼりとしてしまうウタだが、2人が心配しているのは分かる。だが大好物は甘いパンケーキだが、やっぱりこういう辛い物を全て止めるのは今更悲しいし、つらい。
「1週間に1回とかじゃ、ダメ?」
「う、うーん…」
「出来れば食べること自体をやめた方が」
いいと思う、そう言いかけたロビンを前にウタはムジカを抱えて上目遣いに聞く。
「ダメ?ロビン?」
同時に同じ方に首を傾げ、顔は完全に捨てられた子犬だった。
「偶になら良いかもしれないわ」
「ロビン!!!!」
可愛いもの好きなロビンは負けた。
「ナミも、ダメ?」
そして今度はナミに向けて逆方向にムジカと首を傾げた。人形で幼少期も飛ばした彼女は栄養が行き届かなかった為に2人よりずっと身長が小さい…つまり
「うっ…」
ウタは年上ながらナミの「子供」判定に偶に引っかかる。あまりに相性が悪かった。
コレを無自覚にするのでウタはある意味魔性だと思う…が、「子供に優しい」からこそナミは粘った。
「2週間に、1回、なら」
でも全然甘かった。やった〜!!と喜ぶムジカとウタに無言で降参する2人だが、そんな2人だからこそ、せめて明日、チョッパーのところには引きずってでも診せに行かねば…と心に誓うのだった。