ホストと超人

ホストと超人



“……どうしたの?”


「いやー、初回の子が……席ついた奴らみんな刺さってないみたいで……お酒も頼んではくれたけどどう見ても飲んでない……というか……」


“………俺ちょっと出るわ”


「マジっすか!?」



偶然、本当に偶然だった。いつもはそんな暇ないけど、今日は珍しく出来た暇な空き時間。奇跡、は大袈裟かもしれないけど、まあそれぐらい珍しくはある。初回の子に着こうとするのもいつもの自分じゃ中々あり得ないことだけど、気まぐれでそうなった。

来てみて思ったのは、驚くぐらい綺麗な女の子だったということ。メイクもあんまりしていない、服装もすごいカッチリしてる、笑顔は完璧で、でも作り笑いってのはすぐにわかった。きっとわざとなんだろう。一つも心に響いていないことを示すような、そんな子。それと、あと……



“失礼します、ご一緒してもいいですか?”


「……ええ、どうぞ」


“ありがとうございます!アオハルって言います。みんなからよく先生って言われてますね”


「青春ですか?……なんだかあんまり合ってないですね、ホストと」


“そうですね。……多分あなたの方があってますよね”


「え?」


“未成年でしょ。流石にわかりますよ”



見てわかった。どこの学校とかどこから来たのかとか全くわかんないけど、目の前の女の子は学生だ。多分高校生。大人びた雰囲気があるだけで、きっとこういう経験は何一つないはず。……かつての夢の名残りとでも言うべきか、自分は未成年に営業する気は全くないというか、むしろあんまりこういうところをふらつくのすら止めて欲しいと思っているみたいだ。声色も自然にそうなった。

本人もずっと隠し通せるとは思ってなかったみたいで、素直に認めてくれた。そこからは色々……なんか本当に色々、取り留めもないようなことを話し続けた。いつもやるような接客の仕方はしない。目の前の女の子はあっち側に返すべき子ども……生徒で、俺はこっち側でやってるホストだから。それが互いに丸いだろう。風紀的にも、個人的な心情的にもそう思った。



“……あ、これどうぞ”


「えっと……私お酒は……」


“未成年の子に飲ませないっすよ。お水です。ちょっと味ついて飲みやすくしてるだけのお水”


「……あ、ほんとですね。美味しいです」


“じゃ、それ飲み終わったら帰ってくださいね。帰り待ってる親御さんいるでしょ。うちそういうことしないんで”


「………そう、ですよね。私が“大人”じゃないから。子どもだから………」


“うーん……っと……あ、これ”



なんだか目の前の子を見ていると自分の手を止められなかったというか。無意識に、最初に渡した名刺に刻んであるバーコードを指差していた。姫でもない、なんならあまり関係を持つべきでもない、そうわかっていたはずなのに、なぜか吸い込まれるように、連絡先を交換しようと。



“ホストとかじゃなくてなんか知り合った大人として、子ども心で困ったことあったらいつでも相談してください。といってもその、俺なんかよりもっとまともな大人がいるとは思いますけど……あははっ”


「………本当に営業する気ないんですね」


“そこまで節操なしじゃないっすよ。あ、まだ時間あってももう帰っちゃって大丈夫ですよ。お金も取らないです。てか取ったらやばいっす”


「そうですか。………じゃあこれで。楽しかったですよ、先生」


“俺も楽しかったです。できればまた今度はやめてくださいね”



………去っていく彼女を見送って、慌てて近寄る後輩に未成年だと気づけなかったことを叱って……ふと、なんだか楽しかったことに気づいて。もう二度と連絡を取らないほうが良いとは思っているのに、連絡が来てくれたら嬉しいな、と思っていた。

今思えばそれは多分、昔憧れていた先生の“ごっこ”が出来ていたからだと思う。それほどまでに、彼女との出会いは奇跡にも等しいものだった。



………彼女とは誰だったか、これは何の出来事だったか。夢から覚めて忘れるまでそう長くはないのだが……それでも俺は……私は、この光景が、心に焼き付いている。



どんなことがこの先待っていようと、私は先生として生徒のために全力で尽くし、大人として責任を取るのだと─────

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