ホシノ流の

ホシノ流の



あの砂糖が出回り初めてから、全てがおかしくなっていった

ずっと一緒だった幼馴染を殴ってしまった自分が怖くなってゲヘナを飛び出し、気がついたらこんなところまで流れ着いてしまった


気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!

些細なことで苛立ってあの子を殴った私が、殴られているのにヘラヘラ笑っていたあの子が、全部壊しやがったくせに私を捉えて離さないあの粉が、今もそれを下敷きの上に…

ダメだ見るな考えるな振り返るな


「ふぅ……」

粉砂糖をスニッフィングし、深く息を吐いた

ふと、内ポケットから一本の注射器を取り出して眺める

やれる、私はやれる

清々しい気分だ、失敗する気がしない…プランだって次々に浮かんでくるんだ、運命が…正義が私の背を押しているに違いない

全部あいつが悪いんだ、あいつさえ殺せばきっと良くなる、砂糖だってあいつが死んだだけじゃ無くなったりしないはずだ


「私なら殺れる…小鳥遊ホシノを、殺そう…」

「うへ〜、呼んだ?」

すぐ背後から声がした


首に腕が回され、一瞬にして完全に裸絞めを決められる

注射器を持っていた手も押さえ込まれていて、片手で絞められているはずなのに振り解けない

ギリギリと首を締め上げられ、次第に抵抗もおぼつかなくなって…苦痛と共に意識が落ちた



「◇◇ちゃん…起きた…?」

…懐かしい声、目を開けると見慣れた顔が

「…なんで…ここにいるの」

私はそれに…心底ショックを受けていた、絶望と言ってもいいほどに


「んー…なんでだっけ…?」

「△△ちゃんは最近転校してきたんだよ〜…今は温泉開発部に入部して日々温泉開発に精を出してるよ〜」

奴があの子の口に飴玉を

「やめろ!!!」

拘束は無かった

飛び起きて自身の得物であるARを小鳥遊ホシノに突きつける


「うへ〜、そんなに怒らないでよ〜、悩んでるみたいだったから話すなり謝るなりする機会を用意してあげようとね?」

宥めるように手を振っているのを無視して引き金を引こうとするが…

簡単に銃身を掴まれ、フレームごと銃身が握りつぶされる

「っ⁉︎」

咄嗟に飛びのこうとするも簡単に転ばされてしまった


「…?どうして喧嘩してるんですか?」

「うへ〜…お砂糖が足りないのかもしれないね

…本当はこういうのハナコちゃんの仕事なんだけどね〜、でも今は出掛けてるし…それに、毒を用意してくるような子をそのまま会わせるわけにはいかないからね」

ホシノの眼光が急に冷たくなり、仰向けに倒れた私に跨って十字絞めをかけてくる

窒息ではなく、脳への血流の阻害を目的とした絞技…今度はさっきよりも意識が遠のいて


「───ガッ⁉︎ゲホッ…コホッ!」

急に手を緩められ、咄嗟に息を吸い込もうとしたところに口いっぱいに砂糖を流し込まれる

パチパチと脳が弾けるような感覚と共にこちらを見下ろす△△と小鳥遊ホシノの顔が歪み……

視界が真っ白に染まって、幸福感に包まれて意識が飛んだ


「あれ〜トんじゃった〜?起きて〜」

バシャバシャと顔に冷たい液体をかけられて目が覚める

ホシノの手にしているビンはアビドスサイダー:塩のもの…すぐに砂糖と塩を同時に摂取したことによる強烈な酩酊感に襲われ、立とうとしても虚しく手足が床を撫でるだけになった

「ホシノ様!◇◇ちゃんにひどいことしないでください!」

「うへ〜大丈夫だよ〜、酷いことにはならないからね…じゃあ、君もやってみようか」


言い聞かせながら、ホシノは△△に砂糖を与える…

「そうなんですかぁ?ならよかったですー…」

ホシノに導かれるまま、ひどくふらふらとした足取りで近づいてきたあの子が私の首に手をかける

その表情はまだゲヘナにいる時、砂糖の禁断症状でイラついて叩いてしまったときみたいなどこかぼーっとしたようなにやけ面で

「まだだいじょうぶ?ですか?」

「うへ、大丈夫大丈夫…そこでストップだよ〜」

首筋に指が食い込みじくじくと痛みを与えてくる、それがODのせいで溢れた快感と混ざり合い…私は恍惚と笑みを浮かべたまま気絶した


酸欠と薬物による判断力の低下、既に堕ちた旧友を使った揺さぶり…ホシノの作戦は功を奏していた


「ぁ…ヒュ…っ……」

しばらく息が止まっていたのだろうか、ぼんやりとした視界がガクガクと揺れて気分が悪い

「んー…水がいるかな…◇◇ちゃん弱くてかわいいねぇ」

あの子が動けない私の唇を塞いで、口移しでサイダーを飲ませてくる

「んっ…温泉開発で倒れた人がいたらねー、水の補給が必要ならこんなふうにするんだー」


僅かに動くようになった頭に恐怖が芽生えた

無理矢理砂糖を、塩を与え続けられれば…このままこの子と小鳥遊ホシノに弄ばれていれば…

いつか自分は縊り殺される

「…ぶったりしてごめんなさい…!私、ずっと謝りたくて…」

"嘘だ、一人だけ先にここへ逃げ込んだのに"

「ひっ⁉︎」

震えが止まらない、あの子のヘラヘラと笑う顔が怖くて仕方ない


「うへ〜…素直になってきたね〜…△△ちゃん、後ろから絞めてあげて…上手にできたらご褒美をあげるよ」

「…?はい!」

幻聴なのか?本当に言われたのか?

わからない、何も信じられない

後ろからネクタイで首を絞められ上半身が浮く

自重で気道が、頸動脈が締め付けられまた意識が遠のいてくる

体が思い通りにならない、口を半開きにして舌を垂らしたまま痙攣し始めて…

急にその苦痛から解放された


「◇◇ちゃん…良い子にしてくれればそれでいいんだよ…△△ちゃんも幸せだし、君も怖い思いをせずに気持ちいいのだけ楽しめるよ…」

小鳥遊ホシノがかがみ込み、這いつくばる私の顎を左手で持ち上げる

そのまま手を滑らせ、はっきりと痕がついてしまった首に手を掛けて───

「うへぇ…わかったらさ、私の手からお菓子を食べてみて?」

"できなかったら死んじゃうよ〜"


ギリギリと首に…首の骨に圧力がかかる

ARを握りつぶすような怪力と比べればまだ加減されているのだろう

そんなことは、今まさに本物の死の恐怖に晒される私には関係なかった

必死にもがいてホシノの右手に乗る青いキャンディに舌を伸ばす、押し戻され、遠ざけられ…

苦しい、痛い、怖いと体も心も徹底的に格の違いを刷り込まれて、ようやく口に飴玉を含むことができた


首から手が離れ、ようやくまともに息ができるようになった

咳き込んで口の中から落としそうになった飴玉を必死に口の中に押し戻し、噛み砕く

不安からの開放感、溢れる多幸感に雲に包まれるような浮遊感…ああ、なんて幸せなんだ

「うへ〜…よくできたね〜、△△ちゃんにはこれと…あと◇◇ちゃんにこれを着けてあげて」

「ありがとーございます…!わっかりましたぁ…」

あの子もホシノ様の手から飴玉を貰っている、そして蕩けた視線のまま私の横に座り込み


───私の首に首輪を嵌めた


革製のやや幅の広い首輪は、私の首の何度も絞められてあざだらけになった部分を覆い隠した

「うへ〜、これで◇◇ちゃんもおじさん達の言うことが聞けるよね〜?」

どうしようもなく強い相手、怖い相手、そして…楽しい、気持ちいい、幸せをくれるお方に撫でられる

「はい……ありがとうございます…」


「あはっ、いぬみたーい!…これだとわたしが飼い主みたいだね、◇◇ちゃん…♡」

あの子もへたり込む私を抱きしめて、犬にするみたいにわしゃわしゃと頭を撫で回す

後頭部から首の後ろ…或いは頬から首の横…

彼女の手が首輪に触れるたびに心臓が跳ね上がり体が震えてしまう

「ぶったりしてごめんなさい…!もうしないから、絞めるのはやめてぇ…!」

もっとちゃんとあやまりたいのに

恐怖が、苦しみが記憶の中から頭に湧き出てしまってじぶんのためのことばしかだせない


「…?なんのはなし?ぶたれたことなんかないよー」

あってもおぼえてなーい、と笑いながら首元に抱きついてくる彼女に、わたしは

(ああ…ならもう…いいか、どうでも……)

いしきも、しこうも、てばなしてしまった

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