プロローグ
カワキのスレ主
——遊戯の話をしよう。
今、この特異点では3つの勢力が争っている。
1つは「黒の領地」、1つは「赤の領地」、そして最後が「白の領地」だ。それぞれが領主を立て、手駒となる騎士達を束ねて陣取り合戦をしている。
誤解がないよう、最初に伝えておこう。「3つの勢力」と表現したけれど、実のところ、最後に挙げた白の領地は正規のプレイヤーじゃない。
白の領地は、黒や赤から離反した者、行き場のない者……色々な理由で黒にも赤にも属さない、あるいは、属せない者達を、白の領主が束ねて出来た集団だ。
「はじめは黒の領地と赤の領地が戦争をしていた?」
戦争、と言うには些か生ぬるいかな。黒の領主と赤の領主は、仲の良いご兄妹だから。配下の者はともかく、お二人はどこまで本気でやるつもりなのかわからない。
それに、ここでは……いや、今はこの先の話はやめておこう。
「……?」
領地の話に戻すよ。
黒の領主と赤の領主は、白の領地を「領地」として認めていない。現状を打破しようと動いている上に戦力が揃っているから、第三勢力として無視はできないけれど、存在を黙認しているんだ。
「白の領地はレジスタンスなんだね」
そうだね。その認識が近いと思う。
彼らの動きを公表する必要がある時は「峠に賊が出た」とか「暴徒がいざこざを起こした」とか説明されている。
まあ、白の領地関連の話は、暗黙の了解というやつだ。知らずに騙される者の方が少ない。
白の領主は、黒の領主の息子で、赤の領主にとっては甥でね。あわよくば、自分の手駒に戻って欲しいのかもしれない。
「……それは内乱では?」
言い得て妙だ。手駒の大半も、この地に召喚される前は同じ国の騎士団に所属していた者達だから。
つまり、互いに手の内も、為人も、人相だって割れている。
……数多の戦場を越えてきた君達なら、現状の予想はつくだろう?
「泥試合になっている」
そう。能力も、相性もよく知っていて、模擬戦で戦ったことさえあるんだ。何が出来て何が出来ないか、どう動いてどこを狙うか、予測も対策も容易い。
遊戯が始まってすぐに、領土争いは膠着状態に陥り……“終わりのない”争いに嫌気が差した白の領主が、領地を飛び出して第三勢力を形成した。
それでも、天秤を傾けるには至らず——
——特異点をゲーム盤にした遊戯は今も続いている、というわけだ。
「ここが特異点になっている原因は、終わらない陣取りゲームで間違いないだろう。特異点の情報はこのくらいで良いかな」
志島カワキと名乗った少女は、そう言って話を締めくくった。
「情報提供ありがとうございます。助けて下さったことも……。ですが、その……カワキさんはなぜ、会ったばかりの私達にそんなお話を?」
お礼を言いながらも、少なくない困惑を滲ませた盾持ちの少女、マシュが躊躇いがちに問いかける。
マシュの言葉通り、カワキとの出会いは、つい先刻のことだった。
◇◇◇
特異点に来て間もなくのこと。いつもの如く、任務は上空からの落下というスリル満点のレイシフトで始まった。
「うわああああ!!」
「またしても空からのスタートです! 先輩っ、私のそばに! 手を……っ!」
マシュと二人、絶叫を上げて強制的に髪をオールバックにされ、風を受けながら急降下していく身体。人間というのは意外と図太いもので、口は悲鳴を上げていても、頭の片隅には妙な冷静さがあった。
(今回はどうやって着地しよう)
急激に近付く地面を眺めてそんなことを考えていると、何処からか伸びてきた光る糸が周囲をグルリと取り囲んだ。何重にも輪を描いて二人を囲んだ糸の束が、袋の口を結ぶようにキュッと狭まる。
驚きに素っ頓狂な声が漏れたのも束の間、空中でマシュと密着する形で雑に縛られ、今度は釣り上げられるように身体が引っ張られた。
「ちっ、千切れるぅ!」
回転する視界の中、下方に見えた森の方角に引っ張られながら、じたばたと足掻く。縛られた二人は、勢い良く森に突っ込んだ。
枝葉に叩かれながら引き摺られる二人を受け止めたのは、木々を利用して作られた巨大な蜘蛛の巣だった。
落下の衝撃にしなる蜘蛛の巣の揺れが収まると、身体を締め付けていた糸が緩やかに解ける。枝や葉に擦れた箇所がヒリヒリと痛い。
「いたた……ご無事ですか? マスター」
「なんとか」
「これは……蜘蛛の巣? いえ、巨大な網でしょうか? ……はっ、よく見てください、マスター! この蜘蛛の巣、私達を釣り上げた糸と同じもので出来ています」
蜘蛛の巣の上で起き上がって話し込む二人に、地上から静かな声がかけられた。
「どちらも私が作ったものだからね。無事で良かった。はじめまして、カルデアの君達。私の名前は志島カワキ」
鬱蒼とした森に不釣り合いな、落ち着いた声色。木陰から現れたのは、湖面のような瞳が印象的な黒髪の少女だった。
美しい相貌には愛想の欠片もなく。アイスブレイクなど無駄な時間だと言わんばかりに、少女は簡単な挨拶と自己紹介をして、この特異点について語り始めた。
「早速だけれど——遊戯の話をしよう」
——そして、話は冒頭に遡る。
「その……カワキさんはなぜ、会ったばかりの私達にそんなお話を?」
不安げなマシュの問いかけに、軽く首を傾げたカワキは平然と告げた。
「必要だから。君達が知りたい情報だと思ったのだけれど、不要だった?」
「いえっ! 不要だなんて……! おっしゃる通り、カワキさんの話は、私達が必要としていた情報でした。ですが……」
親切を疑う無礼な発言だったと罰が悪そうに眉を下げたマシュに代わり、ガラス玉のような瞳を見据えて質問を続けた。
「君はカルデアのことを知っているの?」
平坦な声が、水族館の解説パネルでも読み上げるように淡々と答える。
「人理継続保障機関カルデア。人類史の土台を壊す、本来は存在しないはずの過去、「特異点」を修復し、人理を維持することを目的とした集団——補足や訂正は?」
「ない。だけど、疑問はある」
「聞こう」
最低限の言葉で応じたカワキの流儀に合わせるように、カルデアのマスターはいきなり核心を突く問いを投げかけた。
「君は何者? どうして、自分達を助けて情報をくれたの?」
「今はそうだな……盤上の駒の一つ、かな。君達を助けたのは、して欲しいことがあるから」
「私達にして欲しいこと、ですか?」
不思議そうにおずおずとカワキの言葉を繰り返したマシュを一瞥して頷くと、カワキはカルデアのマスターに視線を戻した。
「遊戯に飽きたのは私も同じ。天秤を傾ける好機を、待ち望んでいたんだ——私は前に進みたい」
「……君の目的は、陣取りゲームを終わらせること。そのために、自分達を助けた」
無駄のない言葉に、カワキは薄らと微笑んだ。
「情報は先払いの報酬だ。さあ、協力して貰おうか」