プロローグ
なんの前兆もなかった。
「な、」
瞬きの間。
見慣れた新世界中学校の廊下はどこにもなく、代わりに目に映るのは木材の山、石造りの地面に転がった工具。思わず野暮ったい眼鏡を持ち上げ目を擦るが、視界は相も変わらず見覚えのない光景を映し出している。
普通であれば平静を失いそうな状況ではあるが、そこは幾度と修羅場を潜り抜けてきた身。中学生らしからぬ冷静さでもって頭が回り始める。
一瞬にして別の場所に移動したとなれば、疑うのは悪魔の実の能力者である。何せロブ・ルッチは過激な生徒会長、校則違反者に一切の情け容赦なく罰を下す執行者。買った恨みは数知れず、心当たりも同じく数知れず。
今現在が服部ヒョウ太としての姿であることを鑑みれば正体がバレたか。それとも既に接触したことのある相手からの報復か? 可能性を冷静に吟味しながら気を張り詰める。
人の気配は───背後、扉の奥から此方へ近付く足音。
敵意は感じない、だからといって油断をするわけもない。
特徴的な眉も髭も覆い隠されていること、眉間の皺を無くすこと、口角を上げること。今ここに立っている人間にロブ・ルッチの面影がないことを確認する。
弱くてマヌケなお調子者。自身とは正反対の『服部ヒョウ太』の皮を被り、ルッチは今にも開かんとするドアへと振り返った。