プロット

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月が綺麗な夜だった。

『すきです。およめさんになってください』

『………私、悪い魔女ですわよ?』

『かんけいないです。けっこんしてください』

小さな一輪の茉莉花を握り締め、差し出す子は頬を林檎のように赤く染めていた。

見たところ、10歳にもならない子だ。純粋なまま告白してくれた気持ちにいい大人として応えなくてはならないと、私は足を止めて目線を合わせるようにしゃがむ。

『申し訳ありませんわ。あなたのお嫁さんにはなれません』

じわりと、瞳に涙が浮かぶ。断られる事なんて想像していなかっただろう子供に私は一輪の花を受け取り、花を増やして花輪を作り出すと頭に乗せた。

『だって私があなたをお婿さんにしたいんですもの』

藍に染まった柔らかな髪の手触りを確かめるように撫でれば、くすぐったそうに照れながら身を捩る姿が可愛らしい。

『じゃあ、じゃあ、いますぐきょうかいにいこ!』

『積極的なのは嬉しいですが、その前に聞かなければなりません。あなたが私をお嫁さんにしたい理由を、ね?』

ぐいぐいと袖を引っ張る肉食な子は魔女の質問を聞いて、首を傾げた。

『これから先の未来の中でどうして私を選んだのか。その答えに私が納得行くならばあなたのお嫁さんになってあげますわ』

『うん、やくそくだよ! ゆびきりげんまん!』

その言葉を聞いてキラキラと輝く水晶のような青い眼に初めて光を灯しながら、強く頷いた。小指を交わして、立ち去ろうと足を進めれば、忘れてたとばかりに

『おなまえ! おなまえおしえてください!』

大きな声で呼び止められた魔女は少し、思案して

『フィオーレ。"調律"の魔女、フィオーレですわ。あなたは?』

『アグネス! アグネス・アングリウス!』

『そう、じゃあね。アグネス。答えが分かったら、会いに来なさい。私は──』

未来の弟子になりそうな子に対して、魔女は柔らかく笑っていた。夜明けに咲いた一輪の花のように。

『──魔女集会で待ってるわ。あなたへ愛を奏でながら』

何度、夜が来ようと思い出す、あの、運命の夜を。

彼女はきっと忘れない。


1


扉を叩く乱暴な音に、目を覚ました。カビの匂いが染みついたソファから体を起こして、椅子に掛けっぱなしのワイシャツを身につけて、扉を開ける。

「こんな夜中に何の用かな? 我らが」

ボス、と告げようとした矢先に引き抜かれた拳銃が弾丸が飛来。瞬く暇もなく、頭蓋を貫こうとしたそれは、脳漿をぶちまけることもなく、部屋の主の端正な顔立ちを驚かせるだけだった。

「苛立っているのは分かるけど、いきなり発砲だなんてらしくないじゃないか。もしかして、下の騒ぎが原因かな? ボス?」

「わかっているなら、話が早い。命令だ、アグネス。貴様に部屋から出る権利を与えてやる。喜べ、ずっと望んでいただろう」

ボスと呼ばれた神経質そうな男は煌びやかな宝石をつけた指先をアグネスに向ける。舌先に乗った苛立ちを隠さないまま、彼は雄弁に告げた。

「内容は至ってシンプルだ。鼠を見つけたら私の下に連れてこい。ただし、生かしてだ。いいな? ただ飯くらいのおまえでもわかる作業だ。しくじるなよ」

「………断ったら?」

片目を閉じたアグネスの言葉の返答はボスの握りしめた拳だった。横っ面を殴られて、吹き飛ぶアグネスにボスは部屋へ侵入すると倒れたままのアグネスの腹を蹴り飛ばす。

「アグネス。よく聞こえなかったな。もう一度、復唱だ。お前に返事は、はい。しか許されてない。その上で私の命令を復唱するんだ」

「げほっ、鼠を捕まえて、差し出す。わかりました」

「ふう、最初からそう言えばいいんだ。全く。お前みたいな化け物に居場所を与えてやっているのは誰かを忘れるなよ? "魔女の伴侶"よ」

最後にアグネスの顔を踏みつけた後、満足したのかボスは部下を連れて部屋を出た。痛む頬を抑えながら、滴る雨水で濡らしたタオルを顔に当てる。

どうやら今日はその鼠に散々引っ掻き回されたらしい。拳銃を抜くなんて久しぶりだ。自分でなかったなら、とっくに死んでいただろうに。

「げほっ、薬がいるかな………また盗まないと」

服を捲れば青痣が浮かんでいる。怪我の治療は明日にしようと、濡れタオルを顔に当てながらソファに向かえば、ふと窓から覗く月と目が合った。

「そっか、先生に会ってからもう10年か。約束、果たせそうにないかな」

美しい人だった。月明かりを溶かし込んだような銀色の髪は夜の中でも輝いていて。情熱を讃えた赤い宝石のような瞳だけがいつまでも記憶に焼きついている。

だけど、何より忘れられないのは夏の夜の小さな演奏。ボス達から逃げ出した先の大きな屋敷から聞こえる心地よい旋律だった。

ふらふらと光に惹かれる虫のように楽しそうに、幸せそうに演奏するその姿に近づいて、振り向いたあの人に思わず花を差し出したくらいには心を盗まれてしまったのだから。

「例え、悪い魔女だったとしても騙されていいと思ってしまった。なんて、あの人には言えないけれど」

吸い込まれそうな程に大きく見える月を見て、過去の約束を思い返し、顔が綻んだ。あの人の演奏に合わせてラブソングを歌いたい。とささやかな願いを抱くくらいには。

もう一度眠れば、夢の中で再会できるかもしれないと痛む体を押して、ソファに行く。

「………ん?」

ふと、窓に影が舞う。雲に隠れた月に小さな黒点が見えた。いや黒点ではない。段々とこちらに近づいてきている何かだ。近づくにつれて、輪郭がはっきりしてくるがそれは目を疑う光景だった。

飛んできていたのは梟、更にその背中に乗ってる存在がいる。月明かりに照らされた黄金色の斑ら模様。小さなハムスターが梟の背中に乗っているではないか。

そのまま梟はこちらに向かって、急降下。思わず、窓を開けてしまえば投下されたハムスターが、

「あ゛あ゛あ゛ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

汚い高音と共に部屋に侵入。汚れた床を滑り、壁にぶつかり、棚にあったグラスを頭から受けて、沈黙。

あまりの事態にハテナが浮かび、次に対する行動が遅れる。そのハムスターは頭を摩りながら、こちらを向く。つぶらな瞳に映し出されたアグネスは漸く動き出すが、

「いっったぁぁぁ………」

突如、聞こえてきた声に固まった。埃が溜まった屋根裏部屋に入ってくる人など居るはずがないのだから。

なのに声が聞こえてきた、その事実を確定させるように、ハムスターはこちらを見て。

「初めましてですわ! 私はローラ! 貴方に幸せを運びにきたフィオーレの使い魔ですわぁ!」

「は、ハムスターが喋ったぁ!?」

自己紹介したローラへの反応に満足気に頷くのだった。



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