プロとアマチュア
アサとユウコは走る。後ろからコウモリの悪魔が、2人の少女の血肉を味わう為に追いかけている。入部試験どころではない。コウモリは質量のある猛烈な突風と化し、通路や室外機、向こうから歩いてきた通行人すら吹き飛ばす。
アサは逃げきれずに巻き上げられ、頭部を強打。ユウコを見ると、気を失った彼女の左足に杭が刺さっており、起こしても自力で動く事は難しそうだ。
好機と見たヨルは、アサにユウコを武器にするよう囁く。この状況で逃げる事のできないユウコを捨てる方が、自分達の生存確率を上げられる。逡巡するアサに、ヨルは大丈夫と声をかける。
「アサは私だからわかるんだ」
「アサはコケピーを殺したのを悔いているんじゃない。コケピーを殺したのを、皆に見られた事に悔いてるんだ」
言い返す事のできないアサへ、ヨルは畳み掛ける。この場にアサ達以外、目撃者はいない。
「この間死んだ時に決めたろ?」
「もう一度生きれたら自分勝手に生きるって。生きたいなら殺せ」
己の体が殺した2人、クラスメイトの視線。気にかけてくれたユウコの励まし。脳内を一気に情報が駆け巡り、アサはユウコを抱えて逃げる事に決めた。
コウモリから逃げる途中、アサは浮き上がっていた底面の一部につまづいて転倒してしまう。
アサは大事な場面でコケることがあった。友達の誕生日会で転んだ時は、ケーキが台無しになった。リレー競技ではゴールの直前でバトンを落とした。
そして悪魔から逃げている最中。たまたま目に入った怪我をしている猫を助けようとした際、母親が転倒した自分を庇って亡くなった。
「あら猫ちゃん…!猫ちゃん助けれてよかったわねえ…」
アサは靴を貸してもらった日も、彼女以外の相手と同じように拒絶したが、ユウコは構わず踏み込んで来た。
「結果は間違えても……自分の気持ちが間違ってなかったら私はいいんだ!」
無神経とも受け取れる言い方だが、同時にそれはアサが目指している姿でもあった。
母親が死んだのはアサのせいだが、猫を助けようとしたのも、クラスの輪に入ろうと踏み出した時も、私の気持ちは間違ってなかった。だから今回も、ユウコは絶対に助けるとアサは決めた。
背後から迫る暴風が、唐突に収まる。思わず振り返った後ろでは、コウモリの首が落ちていた。ゆっくりとアサ達のもとへ、公安の制服を着た男が抜き身の刀を手に近付いてきた。その男の顔は口元以外は仮面で覆われ、人相はわからない。
「公安対魔特異4課だ…」
仮面の男は呟くように言った。
「アキ〜!アキ〜!!…おい、なんで倒しとるんじゃ!?ワシの手柄じゃろう!!」
「パワーちゃん、待って!ペース速いよ!」
快活そうな声が現場に飛び込んできた。すぐに角の生えた少女、フードとマスクで人相を隠した人物が姿を見せる。崩しているが、いずれも着ているものは公安の制服だ。
「来たか。パワー、暴力は生存者2名の保護を頼む。俺は悪魔の警戒と付近の捜索。天使はまだか…」
アキと呼ばれた男の指示を受け、フードとマスクの人物がアサに近付いてきた。声からして、男のように思われる。彼にユウコを預け、パワーと呼ばれた少女も含めた4人で安全地帯まで避難する。
「パワーちゃん、こっちの子の怪我治せない?」
「治せるが治さん!ワシがなんで人間の怪我なぞ治さねばならん!」
「そんなこと言わないでお願い。ここの現場終わったら、クレープ奢るからさ」
「なに!?人間の怪我を治したらクレープが食べられるのか!じゃあ、コイツの怪我も治してやるから、お土産もよこせ!」
パワーと呼ばれた少女は手に黒い剣を出現させるとアサに剣を向ける。
「ダメダメ!わざと怪我させるなら今の話はなし!」
「ケチ臭い奴じゃのお…ワシと違って。ウヌ!そいつを見せろ!」
不満そうなパワーはマスクの男が抱えるユウコの怪我を検めると、足に刺さった杭を無造作に引き抜いた。
苦悶の声をあげるユウコを気遣う素振りさえ見せず、パワーはフード…暴力の魔人に着ているジャケットを要求。受け取ったそれでユウコの傷口を隠す。
大仰な動作をとった後、パワーがジャケットを上げると、ユウコの怪我は痕跡すらなく治っていた。