ブリテンの支配者達

ブリテンの支配者達



カルデアの有するシミレーションの内部、そこに寂れた劇場のような一室が鎮座していた。


暗がりの中でスクリーンは上映を続けるが室内にいる人影はわずかに3つだけである。

色の褪せた椅子に腰かけ一人は後部に、もう2人はそことはやや離れた位置で並んで鑑賞していた。


物語は青く美しい大空と共に終わり、エンドロールもなく幕閉じとなる。

乾いた音の拍手を鳴らし、男は斜め前方に座するこの幻想の作成者に言葉をかけた。


「六千年に及ぶ旅路を一つの映像に収めるとは、大したものだ。例えこれが記録の継ぎ接ぎであろうと、それは賞賛に値する」


立ち上がりその音の主に振り返ったのはかつて異聞帯のブリテンを治めた妖精妃、モルガンであった。

銀の髪をたなびかせそちらの方に視線を向けたその瞳は冷たく、しかして敵意なく炎を纏うそのもう一人の王、ウィリアム1世を見据えていた。


「当然でろう?この私が手ずから魔術の粋を集めて組み上げた物語なのだ。これで不満があるというのならそれは貴様の感性に問題があるのだ」


これはモルガンが自らの力でシミレーションを弄り生み出された第六異聞帯、アヴァロン・ル・フェの記録である。本来各地点での戦いは客観的なレポートとしてのみ残されるが、昨年のバレンタインでマスターに披露したブリテンでの思い出話の反応が良く、それに奮起させられた彼女は妖精暦時代を含む壮大な歴史を映像化し専用の視聴する場所まで用意してしまったのだ。所謂「凄いのを建てます」の一環だろう。


「それなりに良質な童話ではあったな。まるで憎悪と嫌悪に彩られ、國に執着した、そんな少女の夢の様だ。

──『私の国はどうですか?美しい国でしょうか?夢のような国でしょうか。そうであれば、これに勝る喜びはありません。妖精国ブリテンへようこそ、お客様。どうかこの風景が、いつまでもあなたの記憶に残りますように。』

──汝は今際の際にそう言い残したな。少なくとも余の返答はマスターと同意見だ。醜く、悍ましく、残酷だが、確かにその中に光り輝く美しさがあった。尊いものがあった。誇れ、汝の國はこの脳裏に焼き付くに値するものであった

で、かく言う汝自身はどう思ったのだ?──自らは見届けられなかった、國の破滅を」

「───私は…」

「無理に言わなくったって良いんだぞ、モルガン。いくら王様だからって、デリカシーなさすぎなんだわ、ウィリアム」


口籠るモルガンに助け船を寄こしたのは彼女の隣から顔をのぞかせたハベトロットであった。


「なんだ、糸紡ぎの妖精までいたか。小さすぎて気付かなかったではないか」

「そうやって視界から溢れる小っちゃいものを見過ごしてたから反乱ばっか起こされたんだろ?お婿さんとしてはそれなりに出来てるのに、なんでそこんとこは微妙なのかなぁ…」


青筋の代わりに滾る炎の火力を強め征服王は顔をしかめっ面にした。


「何とでも言え。所詮後世からの勝手な評価だ…ああ、ところで一つ質問だが、何故マスターでも、あの盾持ちの少女でも、他の妖精騎士どもでもなく余に初視聴の権利を与えたのだ?」

「思い上がるな。これはまだ試運転でしかない。貴様からの有り難くもない感想を元に、さらに改良を加えた完璧なものを我が夫たちに見せるのだ。

まあ、一応他にも理由はあるが……貴様は神秘なきブリテンを最初に統一したのだろう?だから聞きたかった。人だけとなったあの島を治めた王から見て、神秘しかない私のブリテンはどう映ったのかを…それだけだ。深い意味も、道理も、そこにはない」

「なら余から述べることは何もないな。精々愛しの旦那と娘とで仲良く楽しむことだ」


誰の事を指し示し言われたかを察しモルガンは思わず赤面していた。仏頂面のまま目をそらしもじもじとするその微笑ましい姿を見守るハベトロットであったが、ふと劇場に備え付けられた時計を目にし彼女は大切な忘れ物を思い出した。


「大変だ!あとちょっとでお茶会の時間だぜ、モルガン!早くしないと呼んだ奴らが先にきちゃうきちゃう!」

「そういえばもう午後でしたね。私が呼び立てた王たちを待たせればそれこそ私の名が廃るもの、すぐに行きましょう」

「ウィリアムー、お前も一緒に行くか~?」

「いや、余はしばしここで余韻に浸っていよう。主催はとっとと準備に向かっいるのだな」

「OK~ じゃあ、待ってるぜ~!」


深々と椅子に身を沈め、座についた王に背を向け二人は並んで部屋を出た。

コツコツとブーツの音だけを廊下に響かせながら、モルガンは呟く。


「癪ですがあの王には感謝しなければいけませんね。人前で涙など晒すわけにはいきませんから…」

「うわッ!だ、大丈夫か、モルガン!?どっか痛いのか?」

「いいえ、何でもないです…何でも、ないのです…」


静かに、表情こそ変わらずに両の眼から涙を流すモルガンに寄り添いハベトロットは慌てふためいていた。


──混沌とした蛮族の社会として治めたローマ、人と神秘の最期の狭間で生きたアーサー王、そして人々の繁栄を支配したウィリアム1世、彼らの道行きを辿り今日ではグレートブリテンとしてその島は生きている。数々の権謀と流血、そして悲劇を繰り返しながらも彼女の夢(ブリテン)は確かに生き残っているのだ。


汎人類史では彼女はそこに拒まれ続けた。阻まれて、嫌われて、最期に行き詰まりの運命の中で彼女は使命と引き換えにその望みを叶えた。記憶と記録を辿りその果てをこうして再現したそれをかの王は確かに賞賛したのだ。

それが嬉しくて、報われたようで、彼女は堪えられなかった。辛く苦しい歩みでも、そこに意味はあったのだ。


〈どうしたの、モルガン!?〉


廊下の向こうからマスターが駆け寄ってくる姿が見える。視界がますますぼやけてゆく中に、大切な『夫』の血相を変えた表情が見て取れた。


──またあの記憶を思い出した時、彼はどう思うのでしょうか、私の妖精國を。かつてのように美しいと言ってくれるでしょうか?良い思い出だと感じてくれるでしょうか?

そんな淡い期待に胸高鳴らせ、私はほんの少し笑うことができたのです。



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