ブラッドパワー

ブラッドパワー


マキマに真実を告げられ、完全に心を閉ざしたデンジは、夢の中でポチタに促されるまま目を覚ました。目覚めたくはない。アキとパワーの死を目の当たりにし、マキマから姫野母子は死んだと告げられたからだ。

(もう生きてもいい事ないしな…)

捨て鉢な心境のまま、デンジは瞼を開ける。

「デンジ君!?本当にデンジ君!?」

「…あ?はい…デンジ君です」

姫野がデンジを見下ろしていた。

彼女は少年がデンジであることを確かめると、大きく長い息を吐いて「良かった〜!」と零した。聞くとデンジの同類らしい連中の襲撃にあった時、護衛についていたデビルハンターに救われ、今まで岸辺の保護下にいたらしい。

「デンジか!おい!起きたならコヤツらをワシからどけろ!!ワシの事を遊び道具と勘違いしておる!!」

デンジが呼びかけてきた声の方に顔を向けると、十字の瞳に真紅の体を持つ子犬サイズの悪魔が、二人の赤ん坊に遊ばれていた。

「悪…その声…!パワー!?」

自分が見ているものが全く信じられない。デンジは恐る恐る一匹と2人に近づき、まとめて抱きしめて…啜り泣いた。

夢の中でデンジを助けてくれるようポチタに頼まれたパワーは、チェンソーマンの肉体から復活したのだ。

「なに〜?デンジ君も泣く時あるんだね〜?」

姫野がデンジの様子に気づき、ゆっくりと頭を撫でる。デンジはますます感極まってしゃくりあげるが、状況に余裕はない。

マキマに追われている現在の自分を思い返し、暗澹たる思いに囚われるが、コベニがそこから脱するきっかけをデンジに与えた。そして、チェンソーマンへの賞賛と感謝の声を伝える報道。

デンジはクソみたいな脳みそを回転させた。全員で生き残る為に、彼はパワーとポチタに力を貸してもらい、「己の血肉にして一つになる」という方法でマキマを討ち果たした。


駆除報告の為、デンジと姫野は岸辺と待ち合わせた。マキマが飼っていた犬達は姫野の意向により、全て保健所に送られた。

2人は子供達をベビーカーで連れてきており、デンジがベンチに座る岸辺の隣に腰を下ろし、姫野はデンジの隣に座った。岸辺は少し尻をずらし、ベンチの端に陣取る。1人の少女が、キリヤとフユを興味深そうに眺めている。

「全部食いました。オレん腹からも便所からもマキマさんは復活しませんでしたよ」

「…みたいだな」

「終わったんだね…」

「マキマに攻撃は通じない……それをどうして殺す事ができたのか……」

岸辺は何故デンジにマキマが殺せたのか、腑に落ちていない様子だった。

何故、と聞くならばデンジにマキマを傷つけるつもりがなかったからだ。姫野と結ばれた時点で、デンジがマキマと恋仲になる可能性は潰えた。デンジとしては両手に花でも良かったが、姫野はマキマを嫌っている。

幸せになってほしかった。自分以外の男の隣でも、元気にしてるならそれで良かった。

何もかも無くした自分を、マキマが見つけてくれた。抱き締められた時、デンジの魂は救われたのだ。

「俺はマキマさんを食べて一つになった…」

順序は逆だがこれは、デンジの心臓となった相棒が示した表現方法だったのかも知れない。

「攻撃じゃない。愛ですよ、愛」

「奥さんの隣で堂々と浮気宣言する〜?もうちょっと気を遣ってほしいなぁ…?」

「違ぇ〜って、そういうんじゃねえから!」

「はいはい。死んだ女になんか負けませんよ〜」

痴話喧嘩を無視して、岸辺は質問を続ける。どうやってマキマに気づかれずに攻撃する事ができたのか。デンジは寂しそうな表情で、自分が導き出した答えを2人に聞かせた。

マキマが一人一人の顔を覚えておらず、匂いで他者を識別している事。そして、デンジではなく、デンジの胸に宿ったチェンソーマンだけをずっと見ていた事を。

岸辺はこの時、1人の少女を連れてきていた。名前はナユタ。マキマの次の支配の悪魔である。姫野家に新しい住人が加わった。


それから少し後。

「パワーちゃんさあ〜、そろそろ公安に帰さなきゃいけないよねぇ」

「ん…おお」

姫野家で暮らしている小型化したパワーをどうするか、デンジ達は話し合っていた。この家に置いておかなくても、公安の施設で血を与えるなりすれば、すぐに力を回復するだろう。

「ワシ、帰りたくないのお…」

「へぇ?ウチ、そんなに居心地いい?」

「いや?久々に手下共に顔を見せてやりたいだけじゃ。となると人間に捕まっておっては具合が悪い。どこかに身を隠して、力を蓄える方が良いじゃろ?」

要するに、公安でハンターとして働くより、今は自由を満喫したいという事らしかった。久々に自由を得て、日がな一日ニャーコと過ごすようになって心境が変化したのかもしれない。

「それなら一ついい方法があるよ?公安で働くより自由で、デンジ君の近くにいられる方法」

「なんじゃ?言ってみよ。聞くだけ聞いてやろう」

姫野は悪戯っぽい笑みを浮かべて、パワーに一つの提案を出した。

「私と契約しない?」

「は?」

デンジは思わず聞き返した。

「公安じゃなくて私個人と契約すれば職場に縛られる必要もなくなるし、人間に狩られる心配も無いでしょ」

「それってアリなのかよ?」

「え〜…師匠には知られてるし、許可はいると思うけど、パワーちゃん1回死んだらしいじゃない?だったらもう、特異課の職員じゃなくなってるかも」

「…それだけか?ワシとの契約の対価には足らんのお…他に何を差し出せる?」

パワーの声色が冷たくなる。

「それはね〜…デンジ君の血!」

「…!?」


「1日に1回!好きなだけデンジ君の血を吸わせます!」

「ほう…死ぬまで吸っても良いのか?」

「う〜ん…いいよ!」

パワーは姫野の条件を承諾した。

後日、パワーは血の魔人ではなく、血の悪魔として姫野と契約を結んだ。

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