ブラックジョーク・メンタルケア
音楽家という共通点があるからか、ウタとブルックは仲が良い。それぞれに関わるし甘やかされているウタではあるが、ブルックはウタが人形であった頃から楽器などの指導をしてくれた、謂わば音楽の先生であり、大好きな歌を歌えず辛い思いをしたウタにとっては大きな支えであった事は間違いなのである。
食事の時や、それ以外でもふとした時、二人で新しい曲の話やセッションの話をしていてとても楽しそうだ…本人達は。
そう、本人達は、とても……
「ヨホホホ!サンジさんの作るフルーツジュースは絶品ですねェ、骨身に染みると言いますか骨しか無いと言いますか!」
「だね〜歌って乾いた喉に染みるよ。人形だった頃はジュースで染みが出来たりなんかしたらナミの手で速攻で洗濯機コースだったわけだけど!!そもそも飲めないから私も床もびっちゃびちゃになるし!!あっはっはっは!!」
…これくらいは挨拶だ。まだ優しい。
遠くでナミとサンジがこめかみを押さえているが、まぁ、まぁよくある方だ。
「洗濯機といえばさ、あれ割とクセになるんだよ。ゴウンゴウンって回ってさあ…眼球なくてボタンだから目が回るって事はないんだけど……今なら適当な渦潮に入ったら似たような感じになるかな?」
「その前に能力者なので、沈んでしまいますねえ」
「あー、そっか〜!人形の時はそもそも溺れたりはしなかったんだけどなぁ。まぁ綿が水吸って容赦なく沈むけど。呼吸が必要無いからさ…肺どころか空気を吸う鼻も口もなかったのが幸い?したよね」
「私も今は肺がないですねー!ヨホホ」
「そもそも骨と髪しか残ってないじゃんブルック〜!」
「これは手厳しい〜!!」
「「あははははは/ヨホホホホ」」
「やめんかァ!!」
耐えきれずナミが突っ込んだ。
サンジは泣いていた。
そう、二人はそれぞれの境遇をあっけらかんとジョークにする悪癖がある。しかも本人達はともかく周りには爆撃と言っていい破壊力の…
しかし本人達からすれば本当にジョークなのだ。何せどちらもルフィの仲間になれた事で救われてる。
人形だった時間も孤独だった時間も取り戻せない分笑い話にしたい本能があるというのも否定出来ないのも本気で止められない理由の一つなのだが……
「いたっ」
「大丈夫ですか?」
「楽譜で指切っちゃった…布の手だった時は絶対しなかった怪我なのに…そもそも指もなかったな」
「私なんて流す血もないですよ、ヨホホ」
「流石に紙も骨は切れないし、ブルック怪我してもカルシウム取ればいいもんね…そう思えば私も腕千切れたりお腹貫かれても縫い直したり綿詰め直せば元通りだったのって割と強みだったのかな…綿(ハラワタ)だけに」
こんな会話を聞いた日にはチョッパーやウソップ、フランキー辺りが泣くのである。あまりに切ないし聞いてて辛い。しかしチョッパー達は優しいからこの会話を聞きつつも絆創膏を持っていく。ちょっと湿ってしまいそうなのはご愛嬌である。
「ブルックが最近驚いた事なに?」
「寝起きに鏡を見た時ですね!「お化けェ!?こわい!!」ってなりました!!」
「あ!それ分かる!私もこの前寝起きに鏡を見て「誰この紅白女ァ!?」ってなった!そもそも人時代の顔忘れかけてるし、人形時代の視点に鏡が映らなかった分余計にビックリした!!」
「ヨホホホホ!まだまだ慣れない事ばかりですね!」
「ね!楽しい!!途中まで生きてると言えないみたいな時もあったけど…」
「「私達、生きててよかったァ!!」」
「我らが船長に乾杯!」そう声を揃えて笑って乾杯し直す二人を誰も止められない。なんだったら全員顔を伏せている。
泣きそうなのと泣いているのと涙は出ないがクシャリと顔を歪ませているのとで実に多彩に困っていた。
何度かルフィも含めて船員で相談した事もある。「ブルックと仲がいいのはいいけど悪影響じゃないか?」「流石に笑えねえ」「泣きたくなってくる」そういう意見が出てはなんとかした方が…となるのだが
「まぁ、あいつらが楽しそうならおれは止めねえよ」
そうルフィが言ってしまうので、結局皆止められない。今日も今日とてブルックを超えた深淵ジョークが響く。
「なんか最近皆の視線が気になるんだよね…悪意とは違うんだけども、なんだか針の筵のような…人形時代にいくらでも刺さったけどさ」
「…おや?そうなのですか?…実は私も気になっています。ウタさんのパンツが」
「ん〜、えっとね」
「やめんかバカ共!!」
そしてオチにはナミのお叱りが轟くのだ。
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夜の海、風と水の音が嫌に響く中、サニー号の船首に座るルフィと、それより後ろに静かに立つブルックの姿があった。
「ウタ、最近どうだ?」
「ヨホホホホ!あの子は天才ですよ、教えた事はすぐに吸収して自分のものにする」
此処にウタがいれば「綿だからね!吸収力はあるよ!ライバルはサンジ君愛用のスポンジ!!」くらいは言う。ただその本人は今は女部屋でナミやロビンと仲良く寝てる事だろう。だから、とても静かな空気が二人の間に流れている。
「あいつが楽しく歌ったり、踊ったり…ウメェもん喰えてるなら、おれは良い。これからも一緒に冒険出来んならそれで良いんだけどよ…」
そこまで話し、うーん、とルフィは頬を掻く。どうも言葉にし難い。本来はこんな事はない。ルフィはハッキリ物事をいうタイプなのだから。
ウタだから。この一言で説明はつくが、それでもやはり珍しい。
「言いたくない事は言わないでいいんだ。辛いなら言わなくていい……なのに話すなんてバカだと思う」
「…ふむ」
笑って話すウタはパッと見れば…否、多分自分やブルックくらいしか気付いてないだろうが、何処か乾いた感情で話している。
あのジョークは未だにこびり付いた、諦観と絶望からどうにか目を逸らしたい彼女なりの本能なのかも知れないし、そこまでの事を考えてはいないのかも知れない。
だが12年前を思い出した今なら分かる。
ウタは本来、あの朝焼けの瞳をもっと輝かせて笑う子だった。
いっそ泣ければいいのに、時折ふと思い出した様な「そういえば自分の目はボタンではなくなってたな」という泣き方しかまだ出来ないのだ。
泣いて欲しい。
無理して笑わないで欲しい。
……でも
「あいつが、偶に皆もおれも笑えない事を笑って話すのを見ると…おれはちょっと嫌だけどよ。でも、あれがウタなりの乗り越え方なら止めねえ」
「そうですか…それだけ思われてウタさんは幸せですねえ」
そうか?と聞くルフィにブルックは即答で肯定を返す。
元は騎士団所属だったのもあるだろう。ブルックはどこか自身が主だと思った存在に対して忠義に近い気持ちがある。何よりルフィが仲間にしてくれた事でどれほど自分が救われたか、そう思う船員達の中でもウタとブルックの感性は似ているだろう。
真っ暗な闇の中、光芒と言える様な手を差し伸べてくれる存在。
孤独な時に、それがどれほど眩しい事か…
話を戻すと、その主とも言える船長が…ここまで気にかける存在なのだ。自分と何処か似ている寂しがりな彼女はきっと嬉しいだろう。
「ブルック、おれは、ウタのああいう冗談は、聞いてて切ねえ。でも、アイツには一緒に笑うやつが必要だ…だから頼む」
「…お任せください、ルフィさん」
少々大袈裟なくらいのお辞儀をしてみせるが、何もおかしくはない。
船長から頼むと言われてるのだ。誇らしくあれど困りはしない。
「まぁ偶に私でも目が飛び出そうな事言っちゃうんですけどね彼女、あ!私、目玉がなかった!」
ヨホホホ〜と、一味の二人目の音楽家の笑い声が風の音に混じって消えた。