フワンテと夏祭り
あれは夏祭りの夜だった
ひしめく群衆の中で
輝く花火の下で
少女は一人
屋台に飾ってある
売れ残ったフワンテ柄の風船を
底の尽きそうなお小遣いで買った
人混みの中からは両親の姿は見つからなくて
その心細さを誤魔化すように
先程買った風船は少女の頭上を
長閑に浮遊している
お父さん、お母さん、と
大きな声で呼んでみてもその声は
人混みに呑まれて
消えてしまう
そう、
少女は両親とはぐれてしまったのだ
…………
カポエラーの
明るい踊りも
ストリンダーが奏でる
愉快な音楽も
今は少女の心細さを掻き立てる為の
パフォーマンスに過ぎなかった
人を掻き分けても掻き分けても
両親は見つからず
それどころか履き慣れていない下駄に
足が痛みを訴えてきた
もう会えないかもしれない
少女は
足の痛みに耐えかね
道端にうずくまる
周囲に人は沢山いるのに
知ってる人は一人とおらず
まるで世界に1人きりになってしまった様な
そんな感覚に襲われる
今まで我慢していた涙が
堰を切ったように流れ
少女の視界をぼかしていった
落ちた涙がアスファルトにシミを作り
しっかりと握っていた風船も
伝う涙で持ち手が湿ってゆく
しかし…
少女は風船を握る手に何か違和感を感じた
弱々しかったはずの風船の紐が
先程買った時より丈夫になった様な
そんな気がしたのだ
少女は頭上に浮く
風船と思われる”それ”に目をやった
するとそこには
「ふわわ!」
…………
フワンテそれは
ゴースト、ひこうタイプのポケモンで
よく子供を連れ去るなんて
言われている
ふうせんポケモンだ
ほとんどの人は子供の頃に
フワンテには近づかないよう
親から教育されている
例に漏れずこの少女も過去に両親から
フワンテに関わらないよう言われていた
さっきまで無機質で表情の無かった
フワンテの風船が突如、
文字通り本物のフワンテとして
少女の前に現れた
風船の時とは違い
ふわふわした鳴き声も
どこかぼうっとした表情も
間違いなく生き物としてそこに
存在していた
あまりに奇妙な展開に
過去の両親の言いつけは
少女の頭からすっかり抜けてしまっていた
それどころか
見知らぬ人がひしめき合う
お祭り会場の中
大切な両親に会えていない
今の少女に
そのフワンテはまるで
救いの手の様に映ってしまった
この状況下なのだ
無理もないだろう
少女は伝う涙を
浴衣の裾で拭いこう言った
「わたしの、お父さんとお母さん知らない?」
………
少々長めの石段を登ると
目の前には素朴な神社があった
ここは、お祭り会場を一望できる
ちょっとした穴場なのだ
とはいえ神社自体は何も立派なものでは無いし
地元の人にしか知られていない様な場所だ
その為少女とフワンテ以外
ここを尋ねる者は見当たらず
夜風が心寂しく
少女の肌を撫でるばかりであった
高いところに行けば
両親が見つかるかも
なんて安易な子供の考えで
来てしまったため
少女とフワンテは
遠くから聞こえる花火の音を背に
立ち尽くしてしまった
きっと他の人に助けを求めるとか
フワンテに空から探してもらうとか
いくらでも思いつく事はあっただろう
しかし不安心が少女の心を支配してる以上
柔軟な考えは何一つと浮かばない
それに何よりフワンテには
両親を探しに行ったりせずに
そばにいて欲しかったのだ
…………
お祭りの花火が終わりに差し掛かるとともに
少女の心もより濃い不安に染まってゆく
少女がさっきより強くフワンテを握ると
フワンテは目線を少女に向けた
少女が悲しんでいるのはフワンテから
見ても明らかだった
どこかぼうっとした様な
フワンテの表情が少しばかり引き締まる
そしてフワンテは
強く握られた少女の手を解き
花火に彩られた夜空を
高く
高く
昇った
…………
少女はあの頃に比べて
背丈も声色も
随分と大人っぽくなっていた
制服を脱ぎ捨て
風鈴の鳴る
居間で少女は寝そべっている
あの時の風船は無機質で無表情のまま
それどころかだいぶしぼんで
風船としての役割を完全に放棄していた
暑さに負け無気力になってる娘を見かねて
母が冷たい麦茶を
少女に差し出してくれた
少女はありがとうと言うと
麦茶の入ったコップを掴み
勢い良く口に傾ける
そんな娘を優しい眼差しで見たあと
母はあの風船に目線を移した
「懐かしいわね」
「ん?ああ…夏祭りの時のね」
「あの時お父さんとっても心配してたのよ人もいっぱいいるのにはぐれちゃうから…」
「それは申し訳ないと思ってる…」
「あなたを見つけた時フワンテ捕まえたのかと思ったら風船で安心したわ」
「風船…?」
「ええ」
「いや、あの時そばにいたのは居たのは」
「本物のフワンテだよ」
…………