ファミリー√のアドとドフラミンゴとロー

ファミリー√のアドとドフラミンゴとロー


人を殺すのにも随分慣れてしまった。

恐怖をやわらげるために歌をつくった。たくさんの歌を歌った。歌うたび、心が辛い日々から少しだけ抜け出せる。

昔、お父さんに肩車されて歌を口ずさんだの。お姉ちゃんの歌を聞くのも好きだった。

楽しかったのだと思う。

どんな歌詞だったか、もう思い出せないけれど。

 

⬛︎


銃を構える。撃つ。撃たれた人は血を出して死に、ただの肉袋になる。人じゃなくなる。

人を殺すのは簡単だ。指先ひとつで胸に穴が空くのだから。体格の差なんて関係ない。

若様は私が人を殺すと喜んで、あの大きな手で撫でてくれる。それが嬉しくて、たくさん殺す。

私が血に汚れるたび、あの人は楽しそうに笑うのだ。

「若様」

「ん?フッフッフ……どうした?アド」

大きな体にぴっとりとくっ付いて、甘えるような仕草をすると、若様は笑ってふわふわのコートの中に入れてくれる。

忙しい人だ。けれど、たまにこうして気まぐれのように様子を見に来てくれる。

その時は決まって私を膝に座らせた。なんだか受け入れられているような気がして、私はひどく安心するのだ。

「わかさま、」

時折、生者と死者の区別が分からないときがあった。死体はよく耳元に囁いてくる。

あたたかさと冷たさならよく分かる。死体は段々冷たくなるのだ。

無意識に顔に向かって伸ばしていた手を掴まれる。骨ばっていて、それがあんまり温かいので、つい涙がぽろりと零れた。なにも悲しいことなんてないのに。

悲しいことなんてないのに。


⬛︎


白いワンピースを貰った。嬉しくてみんなに見せて回って、仕事のときにも着ていったら、真赤に汚してしまった。

「ごめんなさい、若様」

せっかくくれたのに、綺麗な白だったのに。胸元からべったりと、重くなるほどぐっしょりついた赤色。くらくらするくらいに濃い血のにおい。

ごめんなさいと謝ると、若様は楽しそうに笑った。

「いい、いい。謝るな」

猫背を更にぐっと曲げて、若様は私を抱き上げた。

「よく似合ってるじゃねえか!」


⬛︎


十二年。何かが変わってしまうにはあまりにも長い歳月が流れた。

私は人を殺すのが平気になってしまったし、愛銃は自分の一部のようになった。

瓦礫の山の上で、空を見上げる。あの日と同じ空。腹が立つほど鮮やかな青色。こうやって空を見るなんて、何年ぶりだろう。いつも俯いていたから気付かなかったが、空だけは、私がいくら変わろうとも、ずっと同じ色をしているらしい。

ドレスローザは、偽りの王冠を被った王から解放された。おもちゃたちは人に戻り、これまでの苦痛を語って、家族など大切な人たちと抱き合うのだろう。

ハッピーエンドだ。

悪い王様とその一派は排されて、民衆には幸せが戻ってくる。

物語ならここで終わりだけれど、私はまだ生きている。すっぱり終わってしまえば楽なのに。

両手両足を大の字に広げて、私は仰向けに寝転がっていた。

「はあ……」

脳みそが掻き回されているように気持ち悪くて、心臓は絞られているみたいに痛かった。手足もなんだか痺れていて上手く動かせない。汗がうかんで鬱陶しかったが、拭う余力も残っていなかった。このまま死ぬのかな、くだらない人生だったな、とぼんやり思う。

若様は私を利用していただけだったらしい。私をあの地獄から掬い上げてくれたのも、手を握ってくれたのも、頭を撫でて、甘くて優しい言葉をかけてくれたのも、全部嘘だったらしい。

他ならぬ本人が言っていたから、それが真実なのだろう。

足元が全部崩れたような気分だった。

港町を襲ったのはお父さんたちじゃなかった。家族になろうと手を取ってくれた若様は、四皇の娘の利用価値を理解していただけだった。私の十二年は、空っぽになった。

これからどうしよう、と空を見て……ああ、死のうかな、と思った。

いい天気だし、この国の王冠は本来の王に還されて、私の居場所はどこにもないし。生き残っても、また一人で真っ暗な世界に取り残されるだけだ。お父さんのところへは帰れない。

「……おい」

誰もいなかったはずなのに、声が聞こえた。

首だけ動かすと、一人の男が立っている。ひどく疲れた様子で帽子の鍔を下げ、フラフラ歩いて近付いてきたと思えば、隣に腰を下ろした。能力を使って来たのだろう、気配もなにも感じなかった。

「ロー…何の用、」

殺しに来たの、と吐き出す。彼と若様には因縁があるらしいし、残党を始末しに来てもおかしくない。私は抵抗する気もないし、そもそも抵抗できる体力も気力も残っていない。

だから、

「殺す気はねえ」

という彼の言葉に、「はあ…?」と眉を顰めてしまう。

「じゃあ、笑いに来たの。あなたも……聞いた、でしょ。私の、十二年。全部無駄。意味なんてなかった、ずっと騙されて、若様の言うままに、お父さんを恨んで……ふふ、おかしいの。馬鹿みたい」

ローはなにも言わなかった。笑わなかった。

「……これからどうするつもりだ」

「これから?」

死のうと思っていた。

そう言えばいいのに、なぜかローの前では言いづらくて、「さあ。どうしようね」と笑った。

息をするだけで肺が痛い。喋るとなると尚更だ。鼻のあたりにシワを寄せていると、ローが口を開こうとしたので、遮るように「どうしようね」と繰り返した。なぜか、彼の言うことが怖かったのだ。

「……お姉ちゃんに、会いたい」

ぽろり、と、言葉が出る。

お姉ちゃん。私のお姉ちゃん。今はどこにいるんだろう。泣いていないかな。一人で、寂しい思いをしていないかな。

もう未練なんてないと思ったのに、記憶の中の幼い姉を思い出すと、惜しむ気持ちが溢れて止まらなかった。

たくさん殺したのに、今になって命が惜しい。それが情けなくて泣いてしまいそうだった。

「お姉ちゃんに会いたい」

「そうか」

なら来い、とローが言った。意味が分からなくて、相槌も打てない。数瞬して、なんとか「は……?」と聞き返す。

「目的があるなら来い、って言ってんだ」

「……いや。いや……私、敵だったと思うんだけど」

「おれの本懐は果たされた。今更お前を敵だとは思わねェ」

「……滅茶苦茶だ」

「それにおれは医者だぞ。なんだてめェの体は!全身ボロボロ、いつ死んだっておかしくねえんだから大人しくしろ」

「ええ……」

ちょっとルフィに似てきたんじゃないかな、と溜息を吐く。

どうやら拒否権はないようだった。


⬛︎


歌を歌った。ノースの歌だ。馴染みはないけれど、いつかどこかで聴いたことがある。

ゆらゆら揺れる船で歌うと、ローが懐かしそうに目を細めた。彼は北の海の出身なのだろうか。歌詞の意味を聞くと、古くから伝わる子守唄だそうだ。

眠りにつくとき、お父さんが歌ってくれたのはどんな歌だったっけ。お姉ちゃんと歌ったのは、どんな歌だったっけ。

いつか思い出せたらいいと思う。

いつか会えたらいいと思う……。

Report Page