ピュグマリオンの手配書II

ピュグマリオンの手配書II


 この部屋の西側の壁に、扉の上半分を覆えるほどの大きな手配書が掲げられている。手配書の男はその意義の示す通り捕まえるべき相手であり、あらゆる意味でそうしたいと願っているところでもある。しかし、実際には自分がこの男に捕まっている。この手配書を手に入れる以前から、心は囚われてしまっている……。

 寝不足が続いていた。夜半になれば床に入るものの、途中で目が覚め、殆ど朝まで起きているからだ。いや、目が覚めているわけではない。夢を見ているのだ。夢の中で過ごす時間があまりにも現実味を帯びていて、全く眠った気がしない。目が覚めてもまだ夢を見ているようで、どちらが現実かわからなくなりそうになる。

 胡蝶の夢の内実はこうだ。眠っていると手配書の中にいる男の瞳が動き、やがてその顔が水面から顔を出すように、手配書の中からすうっとこちら側へせり出してくる。そのまま顔から肩、胴体と順に現れてきて、やがて手配書から舞い降りた男の靴の爪先が、床に乾いた音を立てる。空っぽの手配書の前に、その男は立っている。

 男はこちらへ近づいてきて、ベッドの端に腰かける。寝ているおれの髪をなで、静かにこちらを見つめている。これは夢だと思うから、手配書から現れたことを不審がることもなく、おれは目を覚まして起き上がる。

 柔らかい唇の感触がする。いつの間にか手を握り、舌を絡め合っている。舌にも指にも熱を感じる。生身の身体の感触がある。首元のアスコットタイに手をかけて引くと、するすると滑り落ちていく……。

 次に気がついた時にはベッドの上で肌を直に重ねている。こちらを見つめる潤んだ瞳は懇願の色に濡れ、心も身体も激しく揺さぶれる。深く繋がった身体は歓喜に震え、声のない叫びが夜のしじまを白く引き裂いていく。視線が絡み合うたびに記憶は一時的に焼き切れてしまって、どの夜のことも曖昧にしか覚えていない。

 夢だと思うのは、朝になって目が覚めると行為の痕跡が何も残っていないからだ。眠れなかったという疲労感はあるがそれだけで、壁の手配書にも変わったところはない。結局全ては自分の願望が見せる夢だとするのが、一番納得のいく答えだった。となれば解決法も一つしかない。こんな幻惑に溺れていないで、早く本物を捕まえることだ……。



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