ピュグマリオンの手配書
その手配書はごくふつうの紙でできていたが、大きさは扉の上半分を覆い尽くすほども あり、実際には扉ではなく西側の壁の中央、手前に置かれた大きな肘掛け椅子を見下ろすよ うに貼られていた。手配書の写真は壮年と見られる男で、顔の中央を派手に横切る傷や葉巻 をくわえた大きな口、なでつけられた黒髪はいかにも悪党然としている。意外にもゆるく垂 れ下がった眉と目尻、その間に挟まれた眼光は鋭く、見ているうちにその瞳は南側の窓へ視 線を向けた。
確かに写真の男は窓のほうへ視線を向けている。先ほどまでまっすぐこちらへ投げられ ていた眼差しが、今はそっぽを向いている。この手配書は生きているのである。
この手配書の持ち主はこの事実に驚きながらも、今ではそれをすっかり受け入れている。 それというのも、持ち主はこの手配書の男に懸想しており、件のものを手に入れて後、いつ も飽かず眺めては、焦がれる想いを内に堪えて暮らしていたのである。たった二言三言交わ した言葉が忘れられず、それを繰り返し胸に浮かべては、手配書の男を見つめ続けていた。
そのうちに、見つめられていた男の視線が自分のほうへとわずかに動いた。その眼が自分 を見ていることに、何か悪い力が働いたのではないかと初めのうちこそ持ち主は訝しんだ が、これといって害となるようなことも起こらない。自分へ向けられる視線も尖ったもので はなく、ごく控えめに投げかけられている。持ち主はとうとう自分の想いが通じたのだと感 じ入った。その眼差しを受け入れた持ち主は、手配書の中の男に自分の甘い想いを吐露して 過ごした。
しかし、現実の相手は以前となんら変わることはなく、自分に特別の想いを寄せているよ うには見えない。手配書の中の男のように自分を見てくれることすらない。手配書の中の男 は現実の相手とは別の存在である。そのことは持ち主を失望させたが、同時に今までにもま して相手への離れがたい情を覚えた。自分がガラテアを生み出すほどの愛を持ってしまっ たことに気づいたからである。
このことは現実の相手には打ち明けられないひみつであった。もしこのひみつが相手に 知れるときがくれば、そのときは現実の相手こそが自分を見つめる日であり、手配書の中の 男は役目を終えるのであろう。