パン食べブリッジの死闘
とおりすがりのエルフ橋の上でアドラメレクと対峙していたマヌルは、固定ダメージの針と呪いを駆使してなんとか戦闘を行っていた。
しかし実力差は明白であるため、どうにか口先三寸で彼女を言いくるめて帰ってもらうため、マヌルの死闘が始まる。
「その弱っちぃ攻撃でなんでアタシにダメージがあるんだよ!」
「この針の効果が固定ダメージ1だからかな?」
「はぁぁぁあああ!?」
(どうせ後からでも固定ダメージの機序なんてすぐにバレるんだし、ここで情報を出し惜しんで警戒心を煽っても意味がない……今はこの局面を切り抜けないと)
アドラメレクの大声に内心怯むマヌルだが顔に出すわけにはいかない。あくまで飄々と、まるで対等かのように話を続けた
「ちょっとゴメン!仮面の人が全然起きなくて心配なんだ!」
そう言うとマヌルは迷うこと無く背を向ける。戦闘を行っていて気付いた"推測"が正しければ、ここで背を向けようが腹を見せようが安全なはずであるからだ
(こうして少しずつ空気を軟化させていく……僕の推測が間違ってたらどの道アウトだ)
「ダメだって言ったでしょ!アンタごと仮面のやつを始末するよ!?」
「……どうやって?」
「魔法でバーンだよ!見てたなら分かるでしょ!?」
(…よし、それなら心配無い)
彼女が魔法の使用を示唆してくるが、それはマヌルにとってなんの脅しにもならなかった。彼女の攻撃方法自体には"推測"ではなく"確信"を持っていたからだ。
「最初から見てたけどあれって君の魔法じゃなかったよね?あの人たちの魔法を"反射させただけ"だよね」
(反射させただけ…それがどれほど恐ろしいか目の当たりにしたばかりだけど顔は努めて冷静に、なんでもないことだと思い込め!)
彼の勇気を振り絞ったポーカーフェイスに果たしてどれほど効果があったのかは分からないが、彼女を揺さぶることには成功した
「君は魔法が使えない感じがするし…」
(嘘だ、僕にそんなの分かるわけない…けど、)
「ボクが動けなかった時、仮面の人を攻撃せずに倒す方法に困ってたから」
(こっちが全てを見抜いてると見せかけるハッタリをかますには充分すぎる根拠だ)
(……能力がバレたんだ、このまま撤退してくれると嬉しいけど…)
マヌル自身、そんなに上手くいくわけがないとは思っていた。自分よりレベルも能力も圧倒的に優れる魔族が魔法による攻撃ができないからと帰ってくれるわけもないのだ。
「魔法がなかったら何!?」
予想通り、腕力による物理攻撃を仕掛けようとアドラメレクは身構える。
(来た…!ここが最大の賭けだ!)
心臓が大きく脈を打つ
「だったら近接攻撃で…!」
(僕の予想が間違っていたら…)
しかし、マヌルは表情を崩さない
「ちょっと待って!一応聞いておくけど」
(その時は…)
叫びたくなる衝動も
「君は平気なんだよね?」
(僕も仮面の人も……死ぬ!!)
今にも崩れ落ちそうな膝も
「――その円の外に出ちゃっても」
彼は勇気で捻じ伏せた
(止まってくれた……?今のうちに仮面の人を治療しないと!)
まだ油断はできない、が少なくとも自分の目に写っていたあの"円"は魔族にとって重要な意味を持っているという推測は合っていたらしい。
反射能力があるとは言えダメージを受けても針を躱そうともせず、円から出る素振りを一切見せなかったことから思い付いた根拠の薄い推測だった。
「良かった…寝てるだけみたい!待ってくれてありがとう!」
(あとは可能な限り穏便に…)
ぐぅぅううう
そんな時アドラメレクの腹が鳴った。本人は赤面しているだけだが、マヌルにとっては福音にも思えた。
(チャンス!)
明らかに気が緩んでいる証拠。ちょうどパンを持っていた彼がそこに付け込まない手は無かった。
「ごめん、付き合わせたせいでお腹減ってるよね…パン食べる?」
(戦闘の雰囲気を一気に和ませる!この人案外チョロいし、このままパンでも食べて帰ってくれ!)
マヌルを完全に侮っているとはいえアドラメレクは話の通じる魔族だ。それに一度雰囲気が崩れてしまえばこれ以上イタズラに戦闘を再開するようなタイプでもないようにみえる。
〜魔族に都合の良い演説かまし中〜
「……そのパンに毒が入ってるんだろ!」
「じゃあ毒消しも付けるよ」
(いいからもう帰ってよ!)
「だから毒消しにも毒が〜」
「毒消しに入れても意味ないと思うよ」
(いやそんなことないとは思うけど!受け取るなり拒否するなりして撤退してくれ!)
「うるさぃ!」ダッ
一瞬の油断、アドラメレクが"円"から飛び出して近接攻撃を仕掛けに来たのだ。マヌルはその瞬間に走馬灯のように自分の人生を振り返った。
(しまった!まだ戦う気があったのか…!!)
なんとも愚かな油断、魔族に対して話が分かるなどと考えしまった自分の甘さを後悔する。相手をチョロいと評したマヌルだったが、自分も大概なんだと最期に自覚して目を閉じる。
ポコッ
「ビビったか!円から出ても平気だし!クソ弱くなるだけだわ!次あったら覚悟しときなよ!」
〜アドちゃん剣持って帰宅〜
「………はぁぁぁぁ〜〜〜〜焦ったぁぁぁぁ円から出てきた時は死んだかと思った……」
一気に体中の力が抜けてその場に崩れ落ちる。一応仮面の人を気遣って警戒を行うが、周囲はもう安全なようだった。
先ほどまでの恐ろしい雰囲気は嘘のように消え去り、今や二人しか居ない橋の上を風が通り抜けていった。