バームクーヘン

バームクーヘン




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「……引き出物のバームクーヘン、いい加減食わなきゃな」

ぼそりとごちて、ペパーはキッチンの上部にある戸棚を開けた。

「アオイー、バームクーヘン切り分けるからおチビちゃんたち呼んできてくれー」

ペパーたちのところ家族が多いから多めにしといたよ、なんて好意的なからかいとともに学生時代の友人の結婚式で多く渡されていたバームクーヘンの入った箱を取り出しながら、リビングで末娘と遊んでいるアオイに声をかける。

「はーい!」

元気のいいアオイの声が返ってくる。

「おやつの時間だって。お兄ちゃんたち呼びに行こっか」

うん、と末娘がうなずいた。アオイに手を引かれて、庭で遊んでいるきょうだいたちを呼びに行く。

「みんなー、パパがおやつ出してくれるよー」

「おやつ!」

はずむような二人の声を聞きながら、ペパーは鼻歌を歌いながら、取り皿と包丁を用意する。

その間、末娘の相手をしていたマフィティフがとことことやってきた。バウフ、と鳴くマフィティフは、近ごろガラルチャンピオンの大ファンになった末娘の手によってリボンやら紙の剣やらで飾り立てられて「ざしあん!」とおもちゃにされていたそのままのすがただった。

「悪いな、マフィティフ。いつも相手してくれて」

バフ、と鳴くマフィティフは気にするな、とでも言っているようで、感謝してもしきれない。

「オマエにもあとで別のオヤツやるな」

引き出物のバームクーヘンは人間用なので、さすがにマフィティフたちには分けてあげられない。

作りおきのポケモン用のおやつのストックがあるので、あとでそれを出してやろう。


ペパーとアオイは子宝に恵まれた。なので、家の中はいつだって賑わっている。特に食事の時間やおやつの時間などは誰かがしゃべって誰かの手が止まり、ケンカになることもしょっちゅうだ。

マフィティフの飾りをひとつひとつていねいに外してやって、マフィティフ、ヨクバリス、それからアオイの相棒の分のおやつを用意してやった、その間に。

「あー! 兄ちゃんのがおおきい! ずるい! ヒイキだー!」

そっちがいい、と言い出した次男の頭を宥めるべくぽんぽんと叩く。

「全部同じだって」

「ちがうもん!」

「あー、もう、わかったわかった。じゃあ父ちゃんのと交換するか?」

「え! 父ちゃんの? うん!」

たちまち機嫌の直った次男の皿と、ペパーの皿とを取り変える。そのやりとりの横で、

「わたしママのとなりがいい~! お兄ちゃん代わってよぉ」

と口をへの字に曲げる長女。

アオイのとなりは、まだひとりではフォークを上手に扱えない末娘と、反対隣はちゃっかりと席もバームクーヘンの皿もキープしている長男だ。

「やだ」

と言う長男はにべもない。

ペパーはひょいと長女のちいさな体を抱き上げて、「それじゃあ、今日は父ちゃんの膝でがまんしてくれ」と言いながら、椅子に座る。

「ごめんね。お夕飯のときは隣に座ろ?」

ペパーありがと、とアオイが目線で伝えてくる。うん、としょぼくれたようにうなずく長女のちいさな背を撫でてやりながら、「あーん」とバームクーヘンを口もとへ持って行くとぱくりと食べた。

それを見た長男が目を大きくしたあと、いそいそと自分のバウムクーヘンを切り分けて、フォークに突き刺してアオイの口もとへ差し出した。

「かあちゃんにはおれが食べさせてあげる! はいあーん!」

「あ、あーん……」

末娘のあぶなっかしいフォーク使いをおろおろと見守っていたアオイが、しかし長男からの好意に勝てるはずもなく、大きなかけらをぱくりと食べてもごもごと口を動かしている。

「ねえ、ねえ、パパ。パパもバームクーヘンつくれるのー?」

「いやあ、さすがにこれはなあ」

甘いもの好きな性格のポケモンのために、人間もポケモンも食べられるデザートもそれなりに作ったことはあるけれど、さすがにこれは難しそうだ。膝のうえの長女の疑問に苦笑とともに首を横に振る。

そっか、としょんぼりする長女の期待を裏切ってしまったようで申し訳ない気持ちになる。

「……んん! 職場で教えてもらったけど、タマゴ焼き器で作れるレシピあるんだって」

バームクーヘンを咀嚼しおえたアオイが、コーヒーで喉をうるおすとそんなことを言ってくる。

「え、バームクーヘンがか?」

ふうん、とペパーはバームクーヘンをひと口食べる。しっとりとした生地、やさしい甘みがくちの中に広がる。

タマゴ焼き器で作るとしたら、このしっとり感を出すのに工夫が必要かもしれない。一瞬で料理人の顔に切り替わったペパーに、アオイがふふっと笑う。

「うん、あとでレシピ見せるね。……よし、みんな、パパに『ほしがる』!」

「! 父ちゃん、おれ父ちゃんのバームクーヘン食べたい!」

おれも、わたしも! 子どもたちの声が重なって、ついでに背後から普段から子どもたちの子守を任せている守護龍とヨクバリスの視線を感じて、ペパーは「しょうがねえなあ」と口もとをほころばせた。

「じゃあ、そのときは手伝ってくれよな」




約束を果たすのは次の休みの日。クリームとフルーツをたっぷりと使ったポケモンも食べられるバウムクーヘンは、日当たりの良いい庭先で、ペパーとアオイどちらもの手持ちのポケモンたちにも振舞われたのだった。

――マフィティフは、そんなペパーたちをいつだって優しい目で見つめている。

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