バレンタインまとめ
「今年はチョコレートを渡さないザマス？」
ジョーラの言葉にタンチョウは書類仕事をしていた手を止めた。そういえばもうそんな季節か。2月14日のバレンタイン、好きな相手や仲のいい友人、お世話になっている人に贈り物をする日。
そんなもの商品を売りたい商人達が作ったまやかしだ、と言い掛けたがジョーラの目が思いの外真剣だったので流石に口を噤む。
ローを逃がそうとしていたロシナンテに協力するべく、ジョーラを引き付けていた際のコイバナを聞いて以来ジョーラは時々こういうことを言ったりさり気なくドフラミンゴと２人になれるよう配慮してくれることがある。
……別にそんなことをせずともタンチョウはドフラミンゴの顔が見れるのであれば気にしないのだが。何分長い年月で煮詰まったこの感情を今のところ秘めたままドフラミンゴ自身に明かすつもりはない。……とは気に掛けてくれているジョーラ相手にそんなことを伝える気はないのですっとぼけてみせることにした。
「チョコレートなら皆で食べる分はもう手配していますよ。今年はビッグマムもイチオシのスイーツショップから取り寄せているんです」
違うそうじゃない、という視線を黙殺して手元の書類に視線を落とす。いやだって、これまで特別なものをあげていなかったのに今更プレゼントするなんて意味があるって言ってるようなものじゃないか。ファミリーにあげる分として一緒に高級チョコを渡してるのでそれで勘弁してほしい。
ジョーラが持っている手作りチョコ特集の雑誌が視界の端にチラチラ映るが無視だ無視。
まあ出会った当初はドフィとロシーにせがまれてチョコレートケーキを作ったこともあったが、焦がすわ苦いわで凄い顔をされたことがあった。あの時クソ生意気で可愛いドフィ坊っちゃんにこんなもの食えたモンじゃないえ！とキレられ、フォークを咥えながら此方を見てフリーズしていたロシー坊っちゃんを思い出すととてもじゃないが手作りをする気にもなれないし。
手を休めることなく書類を作成していると、諦めたのかいつの間にかジョーラの姿はなくなっていた。悪いことをしてしまったかな、とは思うが此方としても譲る気はなかったので後で何か差し入れて有耶無耶にしてしまおう。
……と思っていた時がありました。翌日、呼び出されたタンチョウの前にはキャラキャラ笑いながら紙袋からチョコレートや小麦粉、卵といった材料を取り出すデリンジャーと煙草を吹かしながら調理器具を用意するベビー5、そしてどれが良いかとレシピを広げるジョーラ。いつもの女子会面子が揃っている。
「3人共何を……？」
「あ！チョウ姉ってばようやく来た！」
何をしているかは見れば一目瞭然だったが、とりあえず話を聞こうと口を開けばデリンジャーに腕を引かれる。ズリズリと体が引っ張られるので大人しく着いて行くと、肩に掛けている青いファーコートを取られてエプロンを手渡された。本気か。
「ロー経由でコラさんに聞いたわ！チョコレートケーキをジョーカーに食べさせてやりましょう！」
「レシピも幾つか用意してみたザマス。この中だとどれが昔に作ったものとレシピが近いのか見て欲しいザマス」
ロシナンテ経由でケーキを作ったことがバレていたらしい、なんと言う事だ。3人が揃うと勝てないことはよく理解しているので、ジョーラが持っているレシピに視線を向けて大人しく選ぶことにした。
3人が張り切っているので乗せられて作り上げたケーキを見て、タンチョウはどうするべきか未だに悩んでいた。タンチョウが失敗しそうになるとジョーラに止められ、デリンジャーはレシピを読みながら次の工程を指示してオーブンの管理、ベビー5は横で共に作りながら自身の分も含めてケーキを焼いていた。
今の彼氏にあげるのだろう、今度は長続きすれば良いが相手の人間性次第でドフラミンゴが出向くことになるので難しいかもしれない。幼少期程じゃないにしろ頼られると断れない性格は変わらずだし。
ラッピングはした方が良いに決まっている！と強く推されて白とピンク色の二つのリボンが重ねて掛けられた黒い箱を見て、やはり渡さないことにしようとその箱を持ち上げたところで。自身の意志とは無関係に体が動き出す。
これはドフラミンゴの、と慌てて覇気を纏ってぷつ、と糸が断ち切れる音が聞こえて安堵していると。タンチョウの手にあった黒い箱は後ろから伸びてきていた腕によって持ち上げられていた。
「……フッフ！ジョーラ達に聞いたぜ、ケーキをおれに作ってくれたんだってな？」
「ええ、まあ……そうなります」
酷く楽しげな声色で黒い箱を持つドフラミンゴに取り返すのは諦める。流石に無理してまで取り戻したい訳でもない。降参ポーズを取るタンチョウにドフラミンゴはまた一つ笑い声をあげ、場所を移そうと提案してきた。
「態々移動してまで食べるものでも」
「良いから着いて来い」
ドフラミンゴはタンチョウが着いて来るのが当たり前だと言わんばかりに部屋の扉から出て行く。なるようになれ、と着いて行った先はドフラミンゴの執務室だった。
「適当に座ってろ」
常ならば置いていない応接用のソファと机の方を指し示してドフラミンゴは部屋を出て行く。部下の手を借りたのかなんなのか、態々スペースを作ったらしい。腰掛けたソファはある程度反発があるものの、腰に負荷が掛からないように柔らかい。商談で使うこともあるので良いものを使っていることは知っていたが此処までとは……。自室の椅子も買い換えるべきか。
そんな風に謎の感動を覚えていると、ドフラミンゴが戻ってくる。２つのティーカップとソーサー、ティーポットが置かれたトレーを机の上に置くと慣れた手付きでサーブしている。いつの間に覚えたんだろうか。
「よくお前が淹れているからな、覚えた」
ドフラミンゴはティーカップをソーサーに載せてタンチョウの前に出すと自身の分もティーカップに注ぎ、タンチョウと向き合うようにソファに腰掛ける。更に横からタンチョウとドフラミンゴの前に綺麗にカットされたチョコレートケーキが皿に載せて出される。影騎糸のドフラミンゴだ、タンチョウが見上げると笑顔を浮かべたまま解けていった。
「フッフッフ、ちと行儀が悪かったが此処にはおれとお前の2人しか居ねェんだ。多めに見ろ」
「今更ですよ」
此処までお膳立てされてはドフラミンゴと共にお茶をするしかないだろう。タンチョウは緊張で僅かに乾く喉を誤魔化すように紅茶を一口飲んだ。……香りも味も申し分ない、良い紅茶だ。
ドフラミンゴはタンチョウが紅茶を飲んで和らいだのを見てからフォークでケーキを口元に運ぶ。どうだろうか、焦がしてはいないので以前よりも酷くないと思うのだが。
「フッフ、美味ェ。ありがとうな、タンチョウ」
ドフラミンゴのその言葉にタンチョウは嬉しさのあまり自身のファーコートの端を弄ってから緩む口元を隠す為に再びティーカップを傾けたのだった。
後日。久し振りにロシナンテから電伝虫で連絡が来た時にケーキについて聞かれたので、美味しいと食べてもらえたと報告をすることにした。
「ありがとう、ロシー。お陰で美味しいとドフィに言ってもらえました」
「そっか、良かったなータンチョウさん！」
ニコニコした電伝虫越しに「コラさん誰と連絡してるの？」やら「やだキャプテンに報告しなきゃ！」だの「煩ェ。コラさんが連絡してるのはおれのもう一人の恩人だ、静かにしろ！」などと聞こえてくるがいつものことなのでスルーする。賑やかでいいと思います。
「ドフィ、またチョコレートケーキを食べたがってたし丁度良かっただろ？あん時も結局タンチョウさんが部屋から出てった後に何だかんだ食べきってたし」
ん？
「あ、ヤベえドジッた！さっき黒いＴシャツとシーツ一緒に洗濯に出しちまってた。また今度電話する、またな！」
此方の返事を待たずにロシナンテからの連絡が切れる。それってつまり、あの。もしかして。あの時のチョコレートケーキって。
……そういうところだぞ、ドンキホーテ･ドフラミンゴ！