バレンタインSS
「はいこれ」
「えっ?」
何ですか、と景和が言うよりも早く、英寿がひょいと何かを放り投げる。慌ててキャッチしたそれは、細長い箱だった。箱の色は白で、緑の飾り紐が結ばれている。ブランド名と思しき箔押しされたアルファベットの文字列がそこはかとない高級感を醸し出していた。
「これって……」
「チョコだよ。あ、アレルギーとかあったりする?」
「ないですけど……何でチョコを?」
「えっ? だって今日バレンタインでしょ?」
当然のようにそう言われ、景和はフリーズした。バレンタイン。バレンタインに、女性が男性にチョコを贈る。それはつまり──。
(いやいやいや何考えてるんだ僕は! そんなわけないだろ! 義理に決まってる!)
ぶんぶんと頭を振って景和は一瞬よぎった考えを追い出した。ちらっと周囲を窺えば、他の参加者たちも皆一様に細長い箱を手にしている。
祢音は箱を片手に様々な角度からの自撮りをし、その隣の森魚は「チョコもらうのなんて何十年ぶりかな〜」とへらへら笑っている。サロンの端の方に座る奏斗も「理解できない」と言わんばかりの仏頂面で箱を手の中で弄んでいた。何となくだが、景和のもらった箱は彼らのより少しばかり豪華に見える。心臓が一段階大きな鼓動を刻んだ。
最後の道長はというと、今まさに英寿から箱を手渡されているところだった。紫色の飾り紐が微かに景和の視界の端に映る。正直「誰がこんなもん」と叩き返すくらいはするのではないかと思っていたが、道長は意外にも素直に受け取っていた。
「……ああ。もうそんな時期か」
「そ。あ、今年のお返しもマフィンがいいな〜。去年のやつ美味しかったし」
「なんでお前に指図されなきゃならないんだよ」
傍から見ると一触即発の雰囲気だが、話している内容はホワイトデーのお返しについてである。しかも口振りからして初めてではない。普段、デザイアグランプリでしのぎを削る二人からは想像のつかないやりとりだった。
(……何でちょっとがっかりしてるんだ、僕)
景和は俯き、深くため息を吐く。思春期の学生でもないのだし、バレンタインチョコをもらって舞い上がるなんて。落胆と自己嫌悪とでずーんと心が重くなる。
景和の視線に気がついたのか、ギロリにチョコを渡していた英寿が不意にこちらを振り向いた。わたわたと顔を背けようとする景和を見て、英寿は口元に手を当ててくすりと笑い、悪戯っぽくウインクした。
「──っ!」
たったそれだけの動作で、景和は耳まで真っ赤になった。勢いよく音を立てて椅子から立ち上がり、景和は足早にサロンを立ち去る。祢音や森魚の困惑した声が聞こえたが、答えるの余裕はなかった。
廊下の冷たい空気が紅潮した頬に吹き付けるのを感じながら、「姉ちゃんにお返し選ぶの手伝ってもらおう」と景和は一人決意した。