バズユゴwithチョコラテ陛下

バズユゴwithチョコラテ陛下



トッと軽い音がして、木の矢が野兎を貫いた。


「やった、当たった…!」


そう嬉しそうに駆けていく幼馴染の姿を横目に見ながら、俺は霊子の矢を放つ。青い光が空を切り裂き、今日の狩りで五羽目になる鴨を撃ち抜いた。


「…結局、今日も兎一羽がやっとだったな。霊子の弓も全然作れないし」


森からの帰り道、相変わらず辛気臭い顔でそんなことを言うユーゴーに思わず腹が立ってバシリと背中を叩く。


「お前なぁ!未来の領主サマの右腕になる奴がそんなウジウジしててどーすんだよ!」

「いたいよ、バズ…だって事実だし」

「いつも父さんたちも言ってるだろ。滅却師として戦えなくても、お前には政務の才能があるんだからそっちで支えてくれればいいって。むしろ家庭教師にユーゴーを見習えって言われてるのは俺の方だぞ」

「それはバズが毎回授業サボるのがいけないんでしょ…」


ユーゴーとは小さい頃から城で一緒に育った仲だ。森で泣いている赤子を見つけた俺の両親が、ちょうど生まれたばかりだった俺の従者として育てることを決めたらしい。豪華なお包みには「Jugram Haschwalth」と名前の刺繍がしてあって、もしかしたらどこかの貴族の子かもしれなかったが、森に捨てられていた以上は本当の家族を探すと危険を招くかもしれないと辞めたそうだ。

隣を歩くユーゴーをチラリと見る。柔らかい金の髪に白い肌、透き通った大きな緑の瞳は落ち込んだ表情でさえ画になって、高貴な生まれと言われても納得できた。事実、城に来た客の半分ほどはユーゴーが領主の息子で俺が従者と思い込んで後々平謝りするのが常だ。別に気にしてないけど。


「約束しただろ、二人で最強になろうぜって。直接虚と戦うのは俺、お前は頭を使って民を守ってくれればいい。二人一緒なら俺たちは誰にも負けない、そうだろ?」

「──うん。ありがとう、バズ。いつもごめんね」

「だーかーら、そこで謝るのが弱虫なんだってユーゴー!」


日も沈みかけた城下町に戻ると、どこか空気がざわついていた。──黒い外套を着込み、立派な馬に乗った見慣れない男が広場に佇んでいる。

周囲には誰もいなかったが、思わず膝を着いてしまいたくなるほどの威圧感を放っていた。男は何かを探すように鋭い視線を辺りに向けており──俺たちを、ユーゴーを見つけた瞬間、赤い目を僅かに見開いて馬を進めてきた。

俺は咄嗟にユーゴーを背中に庇い、右手に霊子の弓矢を展開する。


「おい待てよオッサン、ユーゴーに何の用だ」

「ちょ、ちょっとバズ…!」

「…そうか、ユーゴーか。やはりその者の名は、ユーグラム・ハッシュヴァルトと言うのだな」


低い声で呟いた男が馬上から俺を見下ろす。その瞬間、弓矢を形作っていた霊子が霧散した。


「っ…!?」

「その歳で神聖弓を作れるとは中々に優秀だ。だが、今は大人しくしているがいい」


コイツも滅却師なのか。それも、信じられないほど強い力を持った。


「ちくしょう、ユーゴー走れ…!」


悔しいが今の俺では敵わない。せめて幼馴染だけでも逃そうと叫んだが…男が馬から降り、ユーゴーの前で片膝を付いたのでポカンと口を開けてしまった。


「……旅先で母親と共に賊の襲撃に遭ったとの知らせから十年余り、我が眼をもってしても行方が分からなかったが……信じていたぞ。よくぞ無事に生きていた、我が息子ユーグラムよ」

「え……?」

「陛下!お一人で馬を走らせられては危険で御座います!!」


白い軍服に身を包んだ一団が大慌てといった様子で駆けつけてくる。…そういえば、父が言っていた。今日は近くの街に北の大国を治める王が滞在していると。


「陛下、その子供は…な、王妃様!?」

「やはりお前の目にも生き写しに見えるか、ヒューベルト。馬車を用意せよ、我が息子を城へ連れ帰る」

「はっ!」


それまで呆然としていたユーゴーが、ようやく声を上げた。


「あ、あの…!何かの間違いだと思います…。ぼくには滅却師の才能が殆どなくて…貴方のような、強い滅却師の息子のはずが……きっと、失望します……」


震えながら腕を抱きしめるユーゴーに男は告げる。


「お前は私と同じ『分け与える力』を持つ滅却師だ。お前と共に過ごしたその赤毛の子供が強い力を持っていることこそ、我が血を継ぐ特別な存在である何よりの証拠である」

「な──」

「ユーハバッハ陛下、ユーグラム殿下。馬車のご用意ができました。さぁこちらへ」


側近に連れられていくユーゴーを、妙に冷静に見送ろうとしていた。心のどこかで、納得があったのかもしれない。

天才の俺と落ちこぼれのアイツ。領主の息子の俺と捨て子のアイツ。そんな風に無意識で見下していた事実を、今の言葉で突き付けられた。……そんな奴が、本当の家族に出会えたユーゴーをどんな顔で引き留められると言うのだろう。


「──待って!待って、ください!」


今まで聞いたことのないほど大きな声だった。

いつもの自信なさげな表情で、それでも瞳に揺るがぬ意思をこめて、ユーゴーが真っ直ぐにユーハバッハを見つめていた。


「城に行く、前に…今まで育ててくれたブラック家の人たちに、お礼を言わせてください。それに…バズと離れ離れになるのは…!」

「──ならぬ。お前はこれより我が後継者として光の帝国で過ごす身だ。養い親には後で公的に謝礼を贈る。その少年とはここで別れを済ませるがいい」

「嫌です…!」


ユーゴーが俺の手を掴む。こいつが幸せになれるなら手を離さないといけない。そう思っていたのに、カタカタと震えるそれを強く握り返していた。


「何故だ、ユーグラム」

「僕らは…僕らは、友達だからです!」

「ユーゴー…っ、俺からも、お願いします!一緒に最強になるって決めたんです…!」


二人揃って頭を下げる。無茶な我儘なのは百も承知だ。ユーゴーはともかく俺はこの場で手討ちにされてもおかしくない、そう覚悟して地面を見つめていると、頭に暖かい掌が触れた。


「……良い友人を持ったな。大切にするがいい。与えた力を奪い去ることでしか己を保てなかった私には得られなかったものだ……だが、この者を連れていくことは罷りならぬ」

「そんな……」

「続きがある。ヒューベルト、例の件の説明を」

「はっ。いいか小僧、我ら光の帝国は、陛下にお仕えする『星十字騎士団』の団員を募っている。条件は強い滅却師であることただ一つだ」


ユーハバッハに仕える騎士。それはつまり、王子であるユーゴーの側にいられる立場だということだ。


「わかった、その星十字騎士団ってやつに入隊希望だ!だから俺も連れていけよ、なぁ!」

「ええい落ち着け、選抜試験は後日行う!そこで陛下のお眼鏡に適えばの話だ!」

「バ、バズ…この人困ってるから…」


そんな俺たちをユーハバッハは静かに見つめていた。血も涙も無い冷酷な王だという噂を聞いていたのに、その目は父親が俺を見る時と同じ光を宿している気がした。


「…フ。期待しているぞ、未来の我が騎士よ」

「勘違いすんなオッサン。俺はアンタじゃなくてユーゴーを守るために強くなるんだ」

「き、貴様何と無礼な!陛下、やはりこの者は打ち首にするべきでは…!?」

「うぅ、バズやめてよぉ…殺されちゃうよ…」

「……殺さぬ。だから泣くなユーグラム」


数年後、今度はユーゴーとの結婚を申し込むために頭を下げることになる未来も。

難色を示されたユーゴーが俺を連れて尸魂界に家出するほど行動的になる未来も。

城に戻ってきたら塩を掛けられた青菜のように萎れているユーハバッハを目撃することになる未来も──今の俺たちはまだ知らない。

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