バケッチャのよる
※死に関する要素あり
※有名文学作品オマージュ
心地よい揺れを感じながら、私の意識は浮上する。
電車に乗っているのだろうか、そう考えながら瞼を開けると、目の前には見知らぬ大柄な男性が座っていた。
「おや、お目覚めですね。
おはようございます。」
寝起きの脳で必死にその言葉を噛み砕く。
思考の成果か霞む視界が晴れた時、私の意識は突如覚醒した。
彼の着ている服は、紛れもなく車掌さんのものだったのだ。
もしかして私は乗り過ごしてしまったのか、そう慌てて問いかければ、彼は諭すような声色で「落ち着いて」と微笑みかける。
「大丈夫、まだ道の途中ですから。」
ならよかった、私はほっと胸を撫で下ろす。
「本日のお客様は貴方だけのようです。
お客様さえ宜しければ僕とお話して行きませんか?」
その問いに、私は無意識に頷いていた。
いつも帰路に着く頃にはヘロヘロになって、今日なんて半ば意識のないまま電車に乗ったくらいなのだけれど、不思議と今は疲れを感じていなかった。
「ありがとうございます。
…お話、とは言ったのですが、僕、実はあまり話が上手では無くてですね…
良ければ貴方のお話をお聞かせ願えませんか。
僕、聞き上手であることには定評があるんです。」
初対面の方に話すことでは無いんですけど、と前置きして私は話し出す。
本当に初対面の人間に話すような話では無い。
仕事が辛いとか、頑張っても認められないとか、上司の叱咤の声が頭に張り付いて離れないとか。
分かっているはずなのに、私の口からはスルスルと言葉が紡がれる。
彼が聞き上手というのは本当らしい。
「……今日まで、頑張って生きてきたのですね。」
彼に優しく撫でられる。
恋仲でも親族でもない異性に頭を撫でられるなんて、本来なら不愉快極まりないことの筈なのに、じんわりあたたかく優しいそれが酷く涙腺を刺激して、思わず私は泣き出してしまう。
「大丈夫、大丈夫ですよ。」
「貴方は僕がちゃんと送り届けましょう。」
この電車の行き先が家の最寄り駅でないことは、私にももうわかっている。
「おやすみなさい、名前も知らないニンゲンさん。
きっと天国では幸せになれますように。」
私は思い出す。
ここに来る前、さいごに見た光景を。
眩く光る電車のふたつのライトは、まるで特大のバケッチャの身体の穴のようだった。
バケッチャ
かぼちゃポケモン
さまよう たましいを じょうぶつさせるため ししゃの すむ せかいへ はこんでいると いわれている。
───────ポケモンずかんより引用。