バギー✖️夢主

バギー✖️夢主




 カライ・バリ島の入り口とも言える港。そこから対極の位置、島の端にあるのは美しいビーチだ。島内からは入り組んだ道を進まないとたどり着けず、海側からは海流の影響で船を入れることが難しいその場所は島民ですら不用意に立ち入ることはなかった。島の観光案内所からも消えてしまって久しい場所だ。

 島で生まれ育った少女がその場所を知ったのは実家の酒場で手伝いをしている最中のことだった。「おやっさん、あのビーチが観光案内板から消えてたけどあそこは閉鎖したのか?」「いや、行く人がいないから消しただけだよ」という会話を耳に挟んだ少女は好奇心旺盛なおてんば娘で、すぐに「島の案内所から消えた幻のビーチ」に頭がいっぱいになった。

 観光案内をしていた知り合いのおばあさんから昔の案内地図を貰い、お菓子と飲み物を持っていざ探検に出かける。心は立派な冒険家だった。入り組んだ道を抜け、草が生い茂ったけもの道を進み、暗い洞窟を歩く。へとへとになったころ見えてきた外の明かりに向かって駆けだすと、そこは確かに真っ白な砂浜が広がる美しいビーチだった。

「……誰だ、お前」

「……誰、あんた」

 その喜びもつかの間、少女はこの島で見かけない異物を見つける。

 ルビーのような真っ赤な鼻をつけて、海よりも透き通った青の髪を靡かせた少年。彼は足元に落ちているニットをかぶって髪を隠すと、こちらを不機嫌そうに睨みつけた。

 

 

 

 夢見は最悪だ。

 ◯◯は昨日の疲れが残る体を起こし、ベッドの上で額に手を当てる。昨日客に勧められるまま酒を飲んでいたせいで肝臓が悲鳴を上げていて、しじみの砂抜きを昨日のうちにしていた自分をほめたたえ、ベッドから降りた。

「なんで今更……あいつの夢なんか」

 寝巻から着替えて顔を洗う。鏡の中の女は随分と顔色が悪く、それは二日酔いのせいだけではないことを◯◯は良く知っていた。

 化粧でごまかして台所へと向かう。手際よく砂抜きをしておいたしじみで味噌汁をつくり一杯飲むと夢の記憶が薄れていく。現実のにおいはいつだって夢や過去を忘れさせてくれた、今日もきっとそうだろう。もう中年と言って差し支えない年齢の女は今日の仕込みをするために気だるい体を引きずって店舗のキッチンへと入った。

 通りに面した店の入り口から、外の喧騒が聞こえてくる。

 最早観光客も寄り付かない寂れた島だから島民は皆知り合いのようなものだった。聞き覚えのある声が多いけれどその中にある不安の色に、二十年ほど前の騒がしさに似た嫌な予感を覚えて護身用の銃を取ろうとし、やめる。大きく息を吐いてから丸腰で店の扉を開いた。

「どうしたの?」

「あっ! ◯◯ちゃん! 大変だよ、海賊だ、海賊が来たんだ」

 顔に深いしわを刻んだ隣の店の女店主が怯えた顔つきでこちらに駆け寄ってくる。

 彼女に言われた通り遠くにある港を見るとそこには派手なカラーリングの船が何隻かとまっているのがいるのが見えた。あんな船に乗る一般人はいないだろうし、十中八九海賊だろう。

「この島に、どうして。政府は何やってるんだい」

「わからない、でも大丈夫だよ、事情を説明したら大体の海賊は尻尾巻いて逃げるからさ。私に任せて」

 怯える女性の手を握ると、彼女は震えたままうなずいた。通りに出ていた島民たちは皆心配そうに◯◯を見つめては何かを言いたそうにし、けれどその口から出る言葉が無責任だとわかっているから口を閉ざす。

 誰にも引き止められない港への道を歩く。港の海賊たちは積み荷を降ろしている最中で、こうして遠くから見ると本当に過去に戻ったようだと眩暈がする。あの男のような海賊が世界に二人といるわけがないというのに。

 港からは賑やかな声が聞こえてきた。船に乗った時となりにいた人がいるか確認をしろ、という子供じみたアナウンスまで聞こえた気がした。

「こんにちは」

 精一杯絞り出した声はみっともなく小さい。今までこの港に寄ってきたどの海賊船よりも大きいそれにしり込みしてしまったせいだ。

 誰も聞いていないかと思い、もう一度声をかけようかとすると、珍妙な髪形をした男がこちらに気づいて訝しげな目をして寄ってくる。

「この島の島民カネ」

「……そ、そうです。責任者の方はいらっしゃいますか」

「その喋り方はよした方がいい、ならず者たちに笑いを与えるだけだガネ」

 何故かわざとらしく髪型で「3」のマークを作った男は、◯◯の存在に気づいた周りの船員たちを片手で制しつつ要点を確認する。

 粗暴さがわずかに態度からにじみ出ているが、他の乗組員達のようなあからさまな敵意は感じられなかった。

「責任者……船長ならすぐに降りてくるが、出来れば話し合いをするなら人払いが出来る個室を案内してくれると助かる。こちらもお前はこの島の代表と言う扱いで接するが、それで構わないカネ?」

「は……はい……」

 恐ろしいほど話がまともに通る人物が出てきて◯◯は内心驚いていた。

 海賊は学のない人間、もしくは社会性のない人間の集まりの場合が多い。癇癪一つで人を殺し、思い通りにいかなければまた殺す。まず話し合いの場を、と申し出てきた海賊はこの男が初めてだった。だが同時に警戒心が高まる。新世界の海賊と言うだけで既に恐ろしい存在だが、知恵のある海賊と言うものは暴力だけの存在よりも厄介な場合が多いと聞く。ついこの間も七武海のクロコダイルという知能犯が王国を乗っ取ろうと企てたばかりだ。

 ◯◯は頭がそこまで良いわけではない。

 人より気が強く弁が立つだけで大物と渡り合った知識や経験は殆どない。もし船長がこの男より頭が周り口の達者な男だったら、どれだけ手札があっても丸め込まれてしまうだろう。

 早めにカードを切ったほうがいい、◯◯は声の出し方を忘れそうになる体を叱咤した。

「こ、この島は、世界政府の監視下にあります」

「……?」

 男と視線を合わせることはできない。何を言っているのだ、と言わんばかりの雰囲気はただの島民である◯◯を萎縮させた。

 けれど自分の背中には島民全ての命がかかっている。もしかしたら次の瞬間には首を刎ねられてるかもしれないが、とにかく口を動かすしか◯◯に残された道はない。

「この島を聖地としようとする海賊の多さから、十五年前に世界政府の保護下に入りました。だから、もし占領しようとした場合……」

「それなら問題ない、ウチの船長がその権利なら既に世界政府から譲り受けているガネ」

「え……」

 どうにか、どうにか。いつも通りのテンプレートをなぞっていた口が止まる。つまらないものを相手にしたと言わんばかりの顔をした男はひどく面倒臭げに息を吐いた。

 二度も言わせるな、と言外に言われている気がした。

「え、あ……どういう……」

「その通りの言葉の意味だガネ。そう言う話だからこの船が他所にいくことは無い」

「なんでそんな!」

 思わず掴みかかろうとすると手足が動かなくなる。驚いて手元を見れば手と足が真っ白な蝋で固められているのが確認できた。

 ──こんなところに、蝋?

 あまりにも非現実的な光景に驚くがそれよりも体のバランスが崩れて港に倒れる。不自由な体で見上げると、男の体の一部が白い蝋となって溶けているのが見えた。

 閉鎖的なこの島でも新世界である以上、力を必要以上に持った海賊は稀に来るのですぐに悪魔の実だと気がつく。気がついたところでどうにもできないけれど。

 男が溜息混じりに手をあげる。

 ──殺される。

 その光景がスローモーションに映り、心臓の音だけが耳に残る。思わず口が昔見た最も偉大な海賊の名前を形取った時、背後の船から喧しい音が響いた。

「なァにやってんだMr.3!」

 騒がしい港の中でも十分に通る大きな声は、男の振り上げた手を止めるだけの効果があった。その姿を見るだけで今の声がこの場で最も立場が上の者だとわかる。

「てめェが島民とは仲良くした方が良いって言ってたんじゃねェか!」

「……別に殺すつもりはなかったガネ」

「ぎゃははははは! どーの口が言ってんだおれより沸点低いやつがよ〜!」

「はー、やかまし……」

「……で?」

 海賊帽子を被ったシルエットの男を見上げるが、逆光で表情はよくわからない。わかるのはこちらを見ている目がきっと冷え切っているだろうということだけだった。

 命は助かったわけでは無いようだ。ここで命乞いをするべきだろうかと思うが、目につく海賊旗に心の底からの憎悪が湧き口を引き結ぶ。

 抵抗の意志に男は愉快になったのか、船から降りてきてこちらまで勿体つけて近寄ってくる。その際男の登場に気づいた船員たちがその姿を見てまるで神を見るかのように発狂し始めた。

「キャプテン・バギー! おはようごさいます!」

「おはようございます!」

「キャプテン・バギー!」

「……バギー?」

 口が、無意識に名前を呼んだ。

 男は得意げに胸を張ると◯◯に顔を近づける。

「おうよ! てめェら一般人の記憶にも新しい白ひげと海軍の正面衝突!そこで八面六臂の大活躍をしたのがこのおれ様、道化の……」

「お宝小僧の、バギー?」

 信じられない気持ちで記憶の中にある名前を呼び起こすと、気分良く口上垂れていた男は何かに気づいたようにまた◯◯の顔を見下ろした。その距離が近くて身じろぎする。相変わらずここからでは逆光がひどい、だがその特徴的な顔はかろうじて見え始めた。

 そしてしばらく顔を見つめ、考えた後男はハッとした様子で口を抑える。

「おまえ、クソガキの◯◯か!? おやっさんところの唐揚げ焦まくってた!」

 驚いて体を仰け反らしたことで、光の当たる角度が変わる。日の元に照らされた顔は、かつてと変わらない。

 真っ赤なルビーのような鼻と、海よりも青い青の髪。

「なんだよ懐かしいじゃねェか!」

 世界で一番会いたく無い顔が、あの頃まま戻ってきた。

 どうやら今日は、現実さえも夢を忘れさせてくれないみたいだ。


Report Page