ハロウィンナイト
ここは宇宙に浮かぶアスティカシア学園
MSが学園を歩き回り、足元を生徒たちが駆け回るちょっと不思議なこの学校は今、オレンジと黒の装飾で溢れかえっていた
「トリック・オア・トリート!」
そう、今日は1年で唯一合法的な仮装が許された日、ハロウィンなのだ
普段は勉強と課題漬けの日々を送る学生達にとってこのようなイベントごとというのは息抜きの一つであると同時に、貴重な青春の1ページを飾る大事なイベントでもあるのだ
だがしかし、ここアスティカシアのハロウィンが普通な訳もなく….この学園のハロウィンは所謂ハロウィンとは少し毛色の違うものである
「いやー張り切って作りすぎちゃったなぁ……」
頭に大きなボルトを模したカチューシャを付けて、血色の悪いツギハギ模様のメイクを施したフランケンシュタインの怪物の仮装をしたティガーはパンパンに膨らんだバスケットを持って、校舎の中を歩いていた
普段は無機質な壁とやたら大きなガラス窓が目立つばかりの廊下であったが、今日はさまざまな仮装に身を包んだ生徒達で溢れていた
普段とは違う非日常にワクワクしていると、後ろから手が伸びてくる
「トリトリ〜お菓子くれないとバックブリーカーするゾ!」
振り返ればそこにいたのはドラキュラの仮装をしたジェイスであった。元々整いすぎている顔立ちと紫の瞳がドラキュラの怪しさを醸し出しかなりの高クオリティに仕上がっていた
「ジェイス似合ってるね」
「お前もけっこう似合ってるぜ?あれだろ?全身ボロボロ男」
「フランケンシュタインの怪物ね」
「そうそうれだ」
いつもの問答を繰り返すと、本題を思い出したのか、いつもの制服よりも裾の長い黒いローブをはためかせ仰々しくポーズをとる
「フハハハ!我はドラキュラ!お菓子をくれないとメテオインパクトするぞ!」
爛々と紫色の瞳を輝かせるジェイスにティガーはバスケットから袋に包まれたお菓子を渡す
それはカボチャの形に形どられチョコで特徴的な筋や模様の再現されたパンプキンクッキーであった
「うぉぉぉ!お菓子ゲット!」
ここアスティカシア学園は全寮制の学校だ。そのためハロウィンにおける各家を回ってお菓子を徴収する悪魔の行事を行うことが難しい。そこでこの学校では、バスケットを持った生徒や教師にトリックオアトリートと言い、お菓子をもらうというのが伝統になっている
「いやー!やっぱティガーの作るのはうめェな!」
「今回のはかぼちゃの本来の甘さをメインにしてるんだ」
よほど美味しかったのか、あっという間に一袋完食してしまった。作ったティガーとしては嬉しい限りである
「そういえばドルムくんはどうしてるの?仮装するっては言ってたけど」
「あー…アイツはな」
そういうとジェイスが窓ガラスの下の方を指差す
やはり生徒が沢山いるが、彼の指差す先を辿ると狼男と魔女の仮装をした2人組がいた
「もしかしてあれドルムくんとニカさん!?」
「あの野郎ォ、いくら彼女持ちだからって見せつけやがって…俺ちょっとコブラツイストかけてくる!」
「あ、ちょっとぉ!!」
ティガーの制止も虚しく、紫の目のドラキュラはあっという間に去ってしまった
「いや、世界のどこを探せばプロレス技仕掛けてくるドラキュラがいるんだよ」
今更すぎるツッコミは虚しく空に響いた
その後もティガーは色々な人にクッキーを渡し続けた
「トリック・オア・トリート!」
ある時はアニメキャラクターのコスプレに身を包んだジェタークの女子生徒に
「トリック・オア・トリート」
ある時は縦型カメラがピッタリな探偵の格好をした後輩に
「トリック・オア・トリートです!ティガーさん!」
ある時はお揃いの魔女の仮装がバッチリ似合っている赤い髪と白い髪の少女達に
そうして配り続けて、あたりは薄暗くなる頃になるとティガーのバスケットの中にはクッキーの袋が1つ残るだけとなった
生徒達がハロウィン本番である夜のイベントのために広場へと集まっている中、ティガーは1人、植樹エリアの一本道を歩いていた
しばらく歩くと、目的の人物が目の前からやって来た
「サビーナ先輩!」
グラスレーの副寮長は大半の生徒が浮ついてる日だというのにも関わらず、相変わらず規律正しく背筋のピンっと張った制服姿であった。側から見れば堅苦しい生真面目すぎる人間にもとれるが、ティガーが彼女に憧れたのはこういう実直かつ真面目なところなのだ
「ティガーか、どうした?生徒の大半はは多目的広場に集まっているはずだが」
「いやー…それが…」
もじもじとしながらバスケットを弄ると、最後の一つの袋をサビーナの目の前に取り出した
「これ、最後の一つなんです」
それがどういう意味か、鈍感ではないサビーナはすぐに察した。本来は自分のキャラクターとは違うが、今日はみんなが浮かれている日だ、少しだけハメを外しても良いだろう
「…トリック・オア・トリート、お菓子をいただけないならイタズラするぞ」
相変わらずの仏頂面で言うサビーナにティガーは満面の笑みで袋を大切に渡す。今日の最終目標も達成できて彼的には大満足であった
しかし、サビーナはティガーのある事に気づいた
「ティガー、お前、誰かからお菓子はもらわなかったのか?」
よく観察してみればティガーの服にはお菓子のこぼれたカスすら付いていなかった。大抵の場合、少しくらいついていてもおかしくは無いが、お菓子を配る事ばかりに意識の行っていたティガーは他人からお菓子をもらう事を失念していたのだ
今更そんな事に気づいてやってしまったと頭を抱えるティガーを見かねたのか、サビーナは懐から何かを取り出す。それは包み紙包まれたミルクキャンディーであった
「こんなものしかないが、これでもいいか?」
なんと言う僥倖。思わず飛びつきそうになるティガーであったが、今日がハロウィンであることをギリギリ思い出して踏みとどまる
「トリック・オア・トリート!!」
餌を前に「待て」と命令された犬のように飴玉を今か今かと待つティガー。もし彼に尻尾があるのなら今、千切れんばかりに振っているところだろう
そして手渡されたミルクキャンディーは安物ではあるが、ティガーにとっては何よりも価値のあるものに見えた
包み紙すら愛おしく思えて、優しく包装を剥がし、濃い白のそれを口へと放り込む。カロカロと口の中で転がされるそれは、今まで何度か舐めたことのある味なのに、今日は一段と濃く感じた