ハララ=ナイトメアの回想

ハララ=ナイトメアの回想

「悪魔が来たりて夜を行く」

※反転ハララ(人間)と反転ヤコウが殺人事件を解決する話です。一部グロテスクな描写があります。
 素人が考えた殺人事件なのでトリックや推理なんかに粗がたくさんあります。薄目で読んでください。

※そういえば追憶の中で一度も過去視を使ってなかったなと思って書いた話です。
 また、ハララさんが探偵を「ゴミみたいな存在」と評していたり、ヨミーや探偵に特に当たりが強いのはなんでだろう、そもどうして探偵にならなかったんだろうと掘り下げたかったものです。

※ハララさんの親友が口頭で出てきます。反転してるので良いやつです。

※反転ハララと反転ヤコウが結構打ち解けていて仲が良いです。DLCをやって本編でこんな感じなら付き合いの長い反転世界ではもうちょっと仲が良いかなと思い、気がついたらだいぶ仲良しになっていました。

※びっくりするほどモブがダラダラ喋ります。

※登場人物の関係性、過去等は私の想像に基づいています。



 カナイ区について、歪な街だ、と常々ハララ=ナイトメアは思う。

 大企業が牛耳る企業城下街。それはいい。ただ、一企業の保安部が警察の仕事を代行し、一企業の上層部が裁判を執り行う。子供でも独裁を察するだろう。

 ならば、警察の代行人である保安部はさぞ他部署や街からは恐れられているのだろう……と思いきや、そうではない。

「えー。経理部からの依頼です。税金払ってないサイ=シヨニシヌさんの税金取り立てお願いしますだって」

「部長。どうして保安部である僕らが街の住人の税金を取り立てるんだ? 大企業とはいえ、たかだか一企業が行うことでないだろう」

「仰る通りで」

「もう一つ。治安維持等を理由にある程度の権力を振るうことができる我々保安部はなぜこうもナメられているんだ。僕が正式に保安部に異動してからやっていることは使いっ走りばかりじゃないか?」

「……仰る通りで」

 部長の椅子に腰掛け腕を組みながら、ハララが机の向こうで項垂れるヤコウ=フーリオに質問をぶつけていた。

 第三者が見ればハララが若い上司なのだろうと考えてしまうだろうが、現在ボソボソと「そうは言っても権力あるからって無闇に使うのは違うじゃん……」と呟いているヤコウこそ、アマテラス社保安部部長、つまりハララの上司であった。

 ハララは上司の机に勝手に置いている愛用のマグカップでコーヒーを飲みため息をつく。

「まぁ、仕方がない。仕事だというなら出動するが。とっとと取り立てて帰るぞ」

「おー、そうしようぜ」

 立ち上がったハララにヤコウがサイ=シヨニシヌの資料を渡す。素早く目を通したハララは失笑した。

「悪徳不動産屋か。全体の資産から見てほんの少しの税金支払いをちょろまかした結果、僕達を相手どることになるとは、しょうもない小悪党だな」

 ヤコウの古い型の車に乗り込み三十分ほど。自然の景観が美しいアリマ地区の一角にある、閑静な高級住宅街。立ち並ぶ邸宅の中でも、特に豪奢な作りをした屋敷の前に、ハララとヤコウは立っていた。

 当然、セキュリティは厳重で、アポイント無しに入ることなんてできないはずだが——。

「居るんだろう。アマテラス社保安部だ。可及的速やかにサイ=シヨニシヌを出してもらおうか」

「どっちが悪役だよ!」

 着いて早々、屋敷の正門を蹴り飛ばし侵入し、玄関の扉を叩きながら叫ぶハララに、早くもヤコウは頭を抱えていた。

「頼むよ、もう少し穏便に! ね!」

「チッ」

 上司の懇願に、流石のハララも扉を叩くのを止め、腕を組んだ。

 しかし待てど暮らせど、人が出てくる気配が無い。

 イライラと人差し指を動かすハララを真っ青な顔をしたヤコウが見つめる。

「い、いやぁ〜、もしかしたら留守なのかもな! 仕方がないから一旦戻って……あ、ギンマ地区のカフェにでも寄ろっか! ハララあそこのケーキ好きだろ?」

「玄関の前に車が置いてあった。留守なはずないだろう」

「そ、そうだよね〜!」

「止めるなよ、部長」

 ハララは一切の躊躇無く、屋敷の玄関扉を蹴り飛ばした。べきりと嫌な音を立てて開く扉を前に、ヤコウは「もうどうにでもなれ」と力無く呟いた。

「開いたぞ」

 颯爽と屋敷に押し入るハララ。

「ハハッ……開いちゃったね……」

 部下の後を、乾いた笑いを浮かべながらヤコウは着いて行った。

 ハララが家の中に上がると、バタバタと慌ただしい足音と共に、二人の男性と二人の女性、計四名の男女が現れる。

「こっ、今度はなんだ!」

「アマテラス社保安部だ。サイ=シヨニシヌを出してもらおうか」

 涼やかな声が哀れな羊たちに命令を言い放つ。後から入ってきたヤコウが慌ててハララの言葉を補足する。

「お、お宅のお父さん、言いにくいんだけど税金を滞納してるみたいでね、ちょっとお話を聞こうと思いましてね、えぇ」

 ヤコウの言葉に男の一人が鼻を鳴らす。

「今はそれどころじゃないんだ。悪いけど出直してくれ」

「断る。僕達の邪魔をするなら公務執行妨害罪でしょっぴくぞ」

 威圧的なハララの態度に、女性のうちの一人が金切り声を上げる。

「も、もう嫌よ! あたしが! あたしが捕まるんだわ!」

「え、なんの話……」

 ヤコウが首を傾げた瞬間、女は踵を返して二階に駆け上がってしまう。そして、一階の玄関口にまでドアを閉じる音が聞こえるほど荒々しく閉じこもってしまったようだ。

「一体どうしたんだあの人は」

 ヤコウが階段を駆け上がって行った女性の後ろ姿を見送る。

 やれやれ、とハララは首を振ると改めて残りの三人に向き直った。

「何があったかは知らないが、さっさと家主を出してくれれば僕達も帰る。それとも、出せない事情があるのか?」

「……」

 ハララの言葉に、三人が俯いて黙ってしまう。

 先程の女性の言葉と彼らの態度。

 何も察することが出来ないほど、ハララもヤコウも愚かではない。

「失礼する」

 ハララが女性の後を追うように階段を上る。ヤコウも無言で着いてくる。

 二階は住人達の寝室になっているようだ。なぜわかったのかと言うと、ドアが開け放たれたままになっているからだ。

 部屋の主が慌てて飛び出したのだろう、無防備に開け放たれた部屋が並ぶ中、先程の女性が閉じこもっている施錠された部屋の他に、一つだけ、閉ざされた扉がある。

 ハララが手袋を付けてドアノブを握り、ヤコウを振り返る。

 ヤコウは重々しく頷いた。

 もう、二人はとっくに覚悟を決めている。

 ……扉が開かれる。

 鉄の匂い。生暖かい空気。

 ——ハララとヤコウの目の前には、壁に磔にされた、恐らく男性の姿があった。

 ——恐らく、とそう称した理由……それは、死体の首が切り取られていて、無惨な断面しか残されていなかったためである。

「う、わ……大丈夫か、ハララ」

「問題は無い」

 顔色が悪くなるヤコウに対して、ハララは平然と部屋をぐるりと見渡した。

 この部屋に来る途中ちらりと覗いた寝室よりも数段豪華なインテリア。死体が着ているのは、微かに血で汚れた男性用の寝巻き。

「おそらく、彼がサイ=シヨニシヌだな」

「だろうな。前会った時の彼と体格が似てるし、間違いはないだろう」

「部長は彼を知っていたのか」

「まぁ……結構なトラブルメーカーだったんだよ、彼。実はオレ、何度かこの家に来たことあってさ……」

 遠い目をするヤコウだったが、首無しの死体を見て悲しそうに眉を下げる。

 何を思っているのかはわからないが、瞳を瞑って黙り込んでしまったヤコウを見守っていると、背後に気配を感じ振り向いた。

 部屋の前で立ち竦んでいるのは、先程の三人組だ。

 リーダー格に見える男がハララの鋭い視線に気が付き、ヒィッと声を上げる。

「ちっ、ちち、違うんだ! 殺したのは俺じゃない! アリバイもある!」

「……ボクでも無いですよ」

 そんな男を冷たい目で見ながらボソリと呟いたのはもう一人の男だ。よく見てみるとどこか写真で見たサイ=シヨニシヌと顔の造形が似ている。息子だろうか。

「……わ、私でも、あ、ありません……」

 そして最後に口を開いたのは地味な顔つきの女だ。

「申し訳ないですが、事情を聞く必要がありますね」

 ヤコウが彼らに穏やかな声で語り掛ける。

「……まずはお名前から伺っても?」

「ヤコウさんは、知っていると思いますが——」

 ……と、一番初めに口を開いたのは、ハララがサイ=シヨニシヌの息子だろうと推測した男だ。

 名前はジーナン=シヨニシヌ。予想通りサイの息子で、歳は二十三。父親が殺されたにもかかわらず三人の中で最も冷静で、オロオロとしているだけの他の二人も紹介してくれた。

 リーダー格の男は、カマッセ=イーヌヤデ。ジーナンの友人で、彼に招待されたらしい。ジーナンと同じく歳は二十三。

 地味な顔つきの女はアヤ=シイヨ。この屋敷に雇われたいわゆるハウスキーパー。歳は三十五。

 そして現在部屋に閉じこもってる女がステリー=コモルー。サイが呼び寄せた女だそうだ。ジーナンも初対面のようで、名前以外は知らないらしい。

 全員の名前を聞き終えたヤコウが「一旦リビングに集まっていてください」と指示を出すと三人は素直にそれに従った。

 ハララとヤコウも一旦血まみれの殺人現場から出る。

「……とりあえず通報しておこうか。あー、ヨミーにも連絡しておいた方がいいかもな」

「あの不吉な名字の探偵か?」

 ハララが眉を顰める。

「ハララってもしかして、ヨミーのことが苦手?」

「……彼と言うよりは、探偵に良い思い出が無いものでね」

 瞳を閉じて息を吐く。

 思い返したところで、過去は決して覆るはずがないのに。——それでも一瞬だけ思い返してしまった。

 ヤコウはハララの様子を黙って見守っていたが、ふと、ポケットからキャラメルを取り出して差し出した。

「ほら、一旦これでも食べておけば?」

「僕に気を使う必要は無いぞ」

「上司の気遣いはありがたく受け取っておくもんだぜ?」

 ハララに半ば押し付けるようにキャラメルを渡したヤコウは「じゃあ、電話してくる」と言い階段を降りていった。

 ヤコウから受け取ったキャラメルを口の中に放り込む。

(久しぶりにキャラメルなんて食べたが……悪くないな)

 ——今度ヤコウが口寂しそうにしていたら、飴だけじゃなくてキャラメルも差し入れてやろう。

 キャラメルをすっかり嚥下したハララが階段を降りると、電話を終えたのかヤコウがヒラヒラと手を振る。

「残念なお知らせだ。警察もヨミーも大きな事件が発生してるせいで手が回らないってさ」

「役に立たないな」

「こっちに向かえたとしても、夕方五時頃になるそうだ」

 ちらりと玄関にかかっていた時計を見やると、十時三十分を少し過ぎた頃だった。

「……長い時間死体と関係者を放置するわけにもいかない。僕達で見張って、僕達である程度調査しなくてはならないと。そう言うことか」

「話が早くて助かるよ」

 ヤコウはリビングへと続く扉を見つめる。

「ジーナンにしばらくは家から出ないように言っておいた」

「……まぁ、この状況で外に出たいなんて言うやつは自分から疑ってくれと言っているようなものだからな。彼らも不用意には外に出まい」

 ハララが頷くと、ヤコウが再び口を開く。

「彼らも落ち着いてきたみたいだから、ちょっと話が聞けたんだ。死体の第一発見者と発見時刻ぐらいだけど」

 黙ってヤコウの言葉を促す。

「第一発見者はあの四人。サイがなかなか起きてこないのを心配して、四人で様子を確認した時に発見したそうだ。オレたちが来る数十分前って言ってたから……」

「おおよそ、十時ごろか」

 ハララの推測にヤコウが頷く。

「発見時、四人は相当パニックになってたみたいだ。意図して現場を荒らしてはいないだろうけど……」

「『視る』必要がありそうだな」

「ああ」

 ハララが持つ特殊なサイコメトリー——殺人現場の第一発見時の状況を見る過去視である——を使用するまで確証は得ないが、「相当パニックになった」という言葉から推理するに、第一発見時点ですでに首が無かった可能性が高い。

(だとすると、妙だな)

 被害者の出血が異様に少ないように見えた。

 もしも首を切断して殺害されたのならば、現場にはもっと大量の血が遺されているはずだ。

 別の場所で殺されたか。あるいは別の方法で殺されたか。

 頭の中で推理を巡らせながら、ヤコウと共にもう一度死体が磔にされている寝室へと戻る。

 行く途中でステリーの居るであろう施錠された部屋を確認したが物音ひとつ聞こえない。ヤコウが心配そうにしているため、後で蹴破る必要があるなとハララは脳内の予定表に書き記した。

 ——そして、二人は再び磔の前に立った。

「始めるぞ」

 左目を手で覆い、意識を集中する。

 探偵としては垂涎ものの能力だが、探偵になる気はさらさら無かった。こんな能力を持っていなくても自分は優秀だと理解していたため、使う機会なんて今後無いだろうと思っていたが、まさか探偵の真似事のために使うことになるとは。

 内心自嘲しながら、ハララは過去を視る。

「——これは」

 ——ハララの前に現れた死体は、首が無いわけでも、磔にされている訳でもなかった。

 薄暗い部屋の中で……まるで、眠っているかのように……ベッドに横たわっていた。

「ハララ、何かわかった?」

「……」

 一瞬、口を噤む。

 明らかに四人の証言と矛盾した状況。

 ……どうせ、説明したところで。

 

 ——「お前こそ、また何かあったら言えよ。部署は違っても、オレはお前の上司なんだから」

 

 諦観が首をもたげたのは一瞬だった。

 徐に口を開く。

「第一発見時、被害者はベッドで横たわっていた。首は残っている。外傷は無し。まるで眠っているようにも見えるな」

「……そうなると……彼らが嘘をついてる……?」

 口元に手を置いて考察をし始めるヤコウ。

 ハララは、詰めていた息をそっと吐き出した。

 死体を見つめながら思案していたヤコウは気づかなかったが、まるで胸をなでおろしているようにも見えた。

「……話が早くて助かるよ」

 ハララはヤコウに微笑みながら、彼のセリフを真似て言う。

「意図は不明だが、死体が発見された後、首を切り取り、磔にした人物がいるようだな」

「酷いことをするな……」

 はぁ、とヤコウがため息をついてハララに振り返る。

「他になにか分かりそうなものはないか?」

 ハララは過去の死体発見現場を見回す。

「時計が指す時刻は十一時。……過去の部屋の暗さから鑑みるに、昨晩の十一時だろう」

 ハララが紡ぐ過去の情景を、ヤコウはメモに書き付けている。

「……随分聞いた話と違うな」

「なかなかややこしそうな事件になりそうだな」

 ボヤいたハララはもう一度部屋の様子を観察する。

 部屋に荒らされた痕跡は無し。もっとも、それは現在も変わらないのだが。

 現在と明らかに違うのはベッドの傍に置かれたテーブルの上の状況だろう。

「ベッドサイドのテーブルに、皿が置かれているな」

「水差しが置かれてるテーブルか?」

「そうだ」

 第一発見時には夕食に使ったのだろうか、皿とカラトリーが置かれているテーブルに、現在は水差しと空のグラスが置かれている。

「現在との違いは、これぐらいかな」

 能力を解除する。現在の風景に被さるようにして視えていた過去が霧散する。

 メモを終えたヤコウが口を開く。

「それにしても、首はどこに行ったんだろうな」

「首を外すなんて作業をすれば、犯人の痕跡が残りやすくなる。わざわざ手間をかけて首を切り、挙句に磔にしている以上、何かしらの意図はあるに違いない」

 被害者不明にするためとは違うだろう。現に、一瞬で被害者はサイだと分かった。

「犯人が首を切ったのではなく、第三者……第一発見者が首を切った可能性も無くはない」

「え、そうなのか?」

「僕の過去視は『第一発見者が死体を発見した瞬間を視る』ものだ。この第三者はあくまで『直接的に犯行を行った人間ではない』というだけで、共犯者、あるいは犯人とは別に害意を持っている存在も『第三者』になるんだ」

「なるほど。必ずしも善意の第三者じゃないって訳か」

「それともう一つ。僕の過去視は第三者の認識に影響されない」

 ハララが口元に手をやる。

「第一発見者は、死体を見た自覚さえないかもしれない……」

「死んでいるサイを、寝てると誤認したのか。まぁ夜中の十一時だし、寝てると思っても仕方がないか」

 それもご丁寧にベッドに横たわってたらなぁ……とヤコウが首を振る。

「鑑識の結果次第だが……僕が推測するにサイの死因は毒だろう。第一発見時に、どこにも外傷はなかったからな」

「毒殺なんて警察が調べたらすぐにわかるだろうな。だとすると、死因を誤魔化すために首を切った訳でもないだろう。

 ……いや、そもそも首を切ることで誤魔化せる死因なんてあまり無いし、あったとしても、デメリットの方が多すぎるはず……」

「怨恨じゃないのか。余程サイに恨みがあった人物だとか。それこそ、死体を蹂躙するほどの恨みがある人物……」

 ハララの言葉に、ヤコウが「あっ」と呟く。そして、分かりやすく顔を青くした。

「なにか気づいたのか?」

「あぁ、うん。まぁ……。……ホワイダニットの面から言ったら……こんなことをするのは一人しかいないなぁって……」

「息子のジーナンか?」

「いや、まぁ、まだ待って? まだまるで何も分かってない状況で決め打つのは怖いし!」

「父親が息子に、第三者の部長からも分かるほどの恨みを向けられている。犯人ではないにしろ、重要参考人ではあるだろうな」

 ハララの冷徹な言葉に、ヤコウはゆっくりと頷く。

「話しておいた方がいいだろうから、話すな。……実はこの家にはジーナンの他にももう一人子供が居たんだ。ジーナンの姉にあたる」

「……」

「三年前、彼女は首を吊って死んだ。発見が送れたせいで首がちぎれて……見つかった時、死体はまるで首が切られていたように見えた、そうだ……」

「原因は父親か」

「オレはそう思ってる。本人は否定してるし、証拠は何も無い。自殺だって言うのに、遺書も無かった。……オレが調べたのは警察の後だったけど」

 ヤコウが力無く笑った。

 おそらく、ヤコウは調査に全力を尽くしたはずだ。しかし、何も見つけられなかった。ヤコウ程の人間が見つけられなっかった、ということは、つまり。

「隠蔽されたんだな」

 ——ヤコウは重々しく、首肯する。

「多分、ジーナンは姉の仇を討つために、殺した上で首を切ったんだろう」

 あまりにも意味が無いように見える死体の損傷。しかし犯人にとってはそれこそが肝要だったのだろう。ホワイダニットから導き出したヤコウはそう結論付けた。

「けど、今のところ彼を犯人だと示す証拠は何もない。今のは推理にも満たない妄想でしかないよ。やっぱり、ちゃんと捜査しなきゃダメだ」

 そう言って、今度は関係者に聞き取りをするつもりだろうヤコウの手を引いて止める。

 不思議そうな顔で振り返るヤコウに、ハララはほとんど呟きに等しい声音で告げる。

「真実を暴くことは必ずしも死者のためにはならないだろう」

 部下の言葉に、ヤコウは息を詰まらせる。

 けれどすぐに柔らかい笑みをもってハララと向き直った。

「そうだとしても、オレはこの事件の真実を暴きたい。死者のためじゃない、オレ自身のためにも」

「どうしてだ」

「そうしないと、オレが胸を張れない。——例えどんな悪人だろうと、殺された被害者でもあるんだ。……殺されたら、死んだら。何も言えない。せめて、弔いのためにどうして殺されたのかを暴かないと……お互いに浮かばれないだろ。

 ——オレは結局、自分のエゴのために真実を暴くんだ。お前が会社を辞めるって言った時と同じだ」

「……」

 ハララが口を開く。

「僕が過去視を手に入れたのも、こんな……調査のためだった。殺害された父の真実……それを調べるためだ」

「……」

 この状況とは全く関係ないようなハララの過去。しかしヤコウは黙ってハララの話に耳を傾ける。

「当時、親友がいたんだ。あいつは僕が落ち込んでいるのを見かねて、真実を暴こうとしてくれた。あいつの協力のおかげでありふれたサイコメトリーは殺人事件に特化した能力となった。

 ……そして僕達が手に入れた真実は、あいつの母親が僕の父を殺したと言うもうのだった。

 父は非道な詐欺師だった。多額の金を毟り取っており、その被害者だった『彼女』は、家族を守るために殺したんだ」

 ハララはふぅ、と息を吐く。

「僕の家族は……といっても、すでに母しか残っていなかったが……この件でありきたりな崩壊を迎えた。

 あいつの家族も、そうだった。あいつは僕に気にするな、と言ってくれたが。……それでも……」

 眼鏡の奥の、朱色の目を伏せる。

 迷子の子供が刻々と暗くなっていく空に為す術もなく、ただただ歩いて家路を探す時の寂しげな瞳だった。決して、ハララ自身は自覚できなかったけれど。

「…………僕の望んだ真実が……僕が、真実を望んだから……あいつの家族も、僕の家族も、父が隠したかったものも、『彼女』が守りたかったものも、全て壊したんだ。

 ……全て、僕のせいだ」

「お前が悪い訳じゃないよ」

「いや。全ては僕の楽観的な人生観が招いた結末だ」

 ハララはゆるゆると首を振ると肩を竦め、自嘲的な笑みを浮かべて見せる。

「だからかな。探偵と言うものに、ざわつくような、嫌悪に似たものを覚えるようになった。もちろん、八つ当たりに近いものだとはわかっているさ。

 それでも、僕は探偵を好きになれない。

 ……真実を暴くことを、心から肯定できない」

 ヤコウは自身を見上げるハララの肩に、そっと右手を置いた。

「……ハララ。お前は自分のやったことに胸が張れなかったんだな。

 オレは——お前が真実を暴くことに嫌悪を覚えてるんじゃなくて、自分自身に胸を張れる結末を出せなかったことに嫌悪を抱いてるんじゃないかって思うよ」

 まぁ、オレの勝手な推理だけどな、とヤコウは笑って見せた。

「でも、お前が真実を暴くことを厭う気持ちも、わかるつもりだ。だから、ここで待っててくれ。オレのエゴにお前を巻き込むわけにはいかないからな」

 軽い調子の声色でそう言うヤコウに、ハララは大きくため息をつく。

「……ハァ……」

「え、なによそのリアクション!?」

「別に。……部長を一人で行かせる、とは言ってないだろう」

「いや、無理しなくても……」

「可及的速やかに今回の件を解決し、カフェのケーキを奢ってもらうためだ。ロスは許されない」

「うっ……そんなことも言ったっけな! オレが金無いの知ってるだろ!」

「僕が安くないのは知っているだろう? 行くぞ」

 ヤコウを従えハララは一階へと向かい、リビングの扉をばん、と開け放つ。

 ……そこには引きこもっていたはずのステリーを含めた四人の姿があった。

「現場検証は終わった。キミたちの話を聞かせてもらおうか」

 

 カマッセの証言。

「昨日の夜、サイさんを最後に見た時間? 確か夕食の時だったから八時半ぐらいか? サイさんは自室で食べるって言うんでステリーに持ってこさせてたな。他のみんなはリビングで食べてた。アヤさんは……給仕してたな。家政婦さんだし、後で食べたんじゃないすか?

 サイさんは……自室に入ってからはずっと部屋から出てないと思う。オレは見てない。

 その後は……オレとジーナンは十時ぐらいまでリビングでテレビ見たりテキトーに過ごしてたな。ジーナンはコンビニ行ってたりしたっけ。

 それ以降は、ジーナンと一緒に寝るまでレポート作成してたよ。寝たのは……一時ぐらいだったかな。

 ……寝てる間のアリバイ証明なんてできないけど、少なくとも殺したのはオレじゃない!」

 

 ジーナンの証言。

「夕食を作ったのはアヤさんです。恥ずかしながら、私も父もキッチン周りのことは彼女に任せっぱなしで、何も知りません。

 ああ、薬の置き場所なら知ってますよ。キッチンの、戸棚の中です。……亡くなった姉が病気を患っていたのでたくさんあるんですよ。はは……。

 ……夕食後ですか? カマッセとテレビを見たりしてました。レポートを済ませたかったんですが、見たいテレビがあるとかどうとかで。

 その後、コンビニに行って眠気覚ましのエナジードリンクを買いました。あぁ、レシート? ありますよ。ほら。十一時半のものです」

 

 アヤの証言。

「私は夕食後、お皿洗いを済ませてからはキッチンやリビングの掃除を行なっておりました。……十一時頃にご主人様のお部屋に行ってお皿を下げ、水差しを置いてきました。毎日頼まれていましたので。

 なので……、私がご主人様を最後に見たのは十一時頃になりますね。

 ステリーさん、ですか? 昨日はご主人様に夕食を届けた後ずっと本を読んでいました。十一時半頃でしたでしょうか、ジーナン様が帰った後に寝てしまいましたよ。

 私は、一時まで家事を行なっていました。翌朝——つまり今日の朝食の仕込みなどですね。仕込みを終了した後、就寝しました」

 

 ステリーの証言。

「あたしは、何も知らない……知らないわ…………」

 

「以上だ」

「うーん……」

 聞き取りを終えたハララとヤコウは、四人を二階の自室に戻し、キッチンを——正確には、キッチンの戸棚に仕舞われている薬を探していた。

 手袋を着けたヤコウが瓶の一つを開ける。黒く色が付いている上にラベルが貼られ中身の視認が難しかったその瓶には、錠剤ではなく、液体が注がれている。

「やっぱりあったぞハララ」

「だろうな。サイを毒殺したのは間違いなくアイツだ。ただ……」

 ハララが口元に手を置く。黙ってしまったハララに代わり、ヤコウが口を開く。

「犯人が彼じゃなかったことで、逆に動機がわからなくなってしまったな。

 ……まぁ、動機を暴くのはオレたちじゃない。探偵や、取り調べをする警察の仕事だよ。ここでオレたちができる限りの捜査はできたはずだ」

 ヤコウが瓶を密閉袋に入れ、立ち上がる。ハララもすっくと立ち上がる。

「僕達には逮捕状は出せない。任意の同行になるが、現状はそれで十分だろうな」

「ああ。……気は進まないけど、行こうか」

 頷き、ハララは二階へ向かう階段を登る。

 四人はそれぞれの部屋で待機してもらっているはずだったが、階段の踊り場でステリーと出会した。彼女は青い顔でこちらを見つめている。

「どこへ行くつもりだ?」

「……」

 ハララが冷たい声で問うと、わかりやすく狼狽した様子で口を開いた。

「お、お手洗いに……だから、どいて……」

「探しているのはこれだろう」

 ハララがヤコウに目配せすると、彼は懐から液体の入った瓶を取り出す。

 ステリーの瞳がカッと開かれる。しかし、すぐに力を失ったかのように項垂れる。

 ヤコウがゆっくりと彼女に声をかける。

「ステリーさん。申し訳ありませんが、一緒に来ていただきます」

「……わかった。じゃあ、今すぐにでも——」

 保安部が来た時の錯乱ぶりとは打って変わって、随分とあっさりしている。

「いや。キミだけじゃない、もう一人も一緒にだ」

 ハララが言い放つと同時に、部屋に待機していたはずの三人がこちらに向かって来ていた。

 ステリーを問い詰めているようにも見える保安部二人の様子に困惑している三人を見上げ、ハララは不敵に笑った。

「ちょうど良い。キミにも一緒に来てもらおう。ジーナンくん」

 ハララの言葉に真っ先に反応したのはカマッセだった。

「き、来てもらうってどう言うことだよ! それじゃまるで、ジーナンがやったみたいじゃないか!」

「……」

 沈黙するハララとヤコウにカマッセが噛み付く。

「納得いく説明をしろよ!」

「……どうせ警察や探偵が調べれば、この程度の事件すぐに片付く。が、お望みとあらば仕方がない」

 ハララが首を振って、芝居じみた動作で両手を広げる。

「僕はあくまで保安部の人間だが、探偵の真似事をさせてもらうぞ。僕と部長の調査の結果を……推理のフィナーレをお見せしようか」

 探偵不在の舞台の中で、あたかも主役のようにハララ=ナイトメアは振る舞う。

「まず、証言から導き出した出来事の時系列をまとめよう」

 

 八時半……全員が夕食を摂る。サイのみ自室で食事を行うためにステリーに食事を持ってくるように指示。

 八時半からの行動……ジーナンとカマッセはテレビを見る。アヤは掃除を行い、ステリーは読書をしていた。みなリビングにいたため、互いの姿を確認している。

 十時……テレビを見ていたジーナンとカマッセが二階のジーナンの部屋へ移動し、レポートを作成し始める。

 十一時……アヤが二階のサイの部屋に向かい皿を下げる。

 十一時半……ジーナンがコンビニへ。彼の帰宅後すぐステリーは就寝。

 一時……ジーナン、カマッセ、アヤが就寝。

 

「みなさんから伺ったこの情報をまとめると、サイが殺されたのは十一時以降と考えられます」

「が——僕達の調査によって、被害者の死亡時刻は十一時以前だとわかった」

「ま、待ってください。私は確かに旦那様の姿を見ましたが——」

「あの時すでに、彼は亡くなっていたんです」

「そんな!」

 アヤは顔を青くして叫んだ。無理もないだろう。

「検死を行えばハッキリするでしょうが、現段階でサイさんは毒を飲んで死んだと判断できます」

「サイの夕食に毒が盛られていた。……彼に毒を盛ることができるのはアヤとステリーだけ。使用された毒薬の瓶にステリーの指紋が検出された。ここまで言えばわかるだろう」

 ステリーの犯行だと断定した理由は、正確には「過去視」なのだが、それを言った所で彼らが信じるはずもないと判断したハララは偽証を使い話を進める。

 ヤコウが一瞬だけハララをチラリと見て、口を開いた。

「ステリーさんは被害者の毒殺の件をコンビニに行く途中でジーナンさんに伝えたんでしょう。

 生きている人間の首を切り磔にするには多大な労力、時間を使いますが、すでに死んでいる人間の首を切り磔にするのなら、そこまで時間はかからないはずです」

 一旦言葉を切る。

「もちろん、十分な機材などがない現状での調査結果ですから、警察や探偵の再調査の結果、別の証拠が発見されるかもしれません。

 が、それを加味した上でもステリーさんとジーナンさんには特に話を聞く必要があるだろう……と判断しました」

「ちょっと……待ってよ」

 ヤコウの言葉に待ったをかけたのはステリーだ。

 ——先ほどはあっさりと連行を受け入れていたのに。今更、何を言うつもりだ?

 ハララは眉を顰めるとステリーの様子を注意して見つめる。彼女は瞳に異様な輝きを宿らせてハララとヤコウをジロリと睨みつける。

「あたしが、首を切ったって思わないの?」

「……死体の出血量からして、殺してすぐに首を切ったとは考えられない」

 それに、キミは怪しまれないように、夕食を渡した後すぐに一階に戻ったはずだ。

 ハララの言葉にステリーは歯を食いしばり、目を血走らせる。

「でも、それでどうして首を切ったのが彼だと断定できるの? 彼以外にもやろうと思えばできるはず……」

「簡単なことだ。十一時以降に完璧なアリバイが存在しないのはジーナンだけ。コンビニに行く際、あるいは帰った後にサイの部屋に忍び込んで作業を行えるだろう」

「いくら死体が重いとは言え、死体の首を切って磔にするなら三分程度もあればできるでしょう」

 ヤコウが補足する。

「じゃあ……首は? 首はどこに行ったの?」

「おそらく捜索できていない外——明確に言うならジーナンさんのお姉さんの、お墓——」

 顎に手を置きながら推理を口にするヤコウの言葉を、低い笑い声が遮った。

「……凄いですね。探偵みたいですよ、お二人とも」

「僕は保安部だと、何回言えば良いんだ」

 ハララはうんざりした様子で首を振る。

「認めるんですね……」

 一方のヤコウは悲しそうな顔でジーナンを見つめる。

 ジーナンはサイによく似た顔を歪めて笑い、肩を振るわせる。

「まぁ、初めから隠すつもりなんてありませんでしたし。あははは……」

 人が変わったようなジーナンに、カマッセとアヤが狼狽た様子で彼を見つめる。

 しかし、ステリーだけは泣きそうな顔でジーナンを見つめている。

「どうして……どうして認めるの……」

「どうでも良いんだ、何もかも……姉さんの仇が取れれば……あのクソ親父を殺して、姉さんと同じ苦しみを味合わせることができれば、それで……」

 怨嗟に暗く染まるジーナンの目を、ステリーが見つめる。

 ハララはステリーの横顔を見ながら口を開く。

「……ステリー。最後に聞いておきたい。キミはなぜサイを殺した? キミは直接サイとは関係無いはずだ」

 ステリーは哀しそうな顔のまま、口角をあげて嘲笑によく似た笑みを浮かべる。

「わからないのね。簡単な話よ。……彼のことが大切だから、それだけ」

「……ジーナンくんがあなたを知らないと言ったのは嘘じゃないように見えましたが」

 訝しげに尋ねるヤコウ。ジーナンもヤコウに同意するように不思議そうな表情を浮かべてステリーを見つめている。

「……忘れてしまうような些細な出来事が、ちっぽけな優しさが……大きすぎるほどの救いになる。そういうことだって、あるでしょう」

 

 ——ギンマ地区。カフェゴールドパスにて。

 ハララ=ナイトメアは無表情でケーキを食べていた。

 そんな部下の様子を、カフェオレを飲みながらヤコウが見守っている。

「……探偵っていうのは凄いよなぁ。いつもああいう事件にずっと向き合って、真実を追い求めてるんだから」

「あの探偵、結局美味しいところだけ取って行ったな」

「ま、まぁまぁ。早めに来てくれただけありがたいと思おうぜ?」

 ハララとヤコウの推理ショーがフィナーレを迎えたすぐ後にヨミーが現れた。彼は改めて調査を行い、ハララとヤコウと同じ結論を出した。そしてそのまま警察に話を通し二人を逮捕に至った。

 ハララは不機嫌そうに顔を顰めながら、コーヒーを口に含む。

「彼も彼女も、あまりにも度し難い理由で人を殺していた。僕には、理解できない。受け入れることもできないだろう」

 ハララの言葉にヤコウは目を細め微笑む。

「きっと、理解しなくてもいい。いや——できない方が良いんだろうな」

 そういうものもあるさ、と言って締めるヤコウ。

「はーあ。こういう人死が関わるようなのはもうごめんだ。やっぱり保安部なんて暇な方が良いな」

「……同感だな。少なくとも探偵の真似事はもうたくさんだ。一シエンの得にもならない……」

 真実を暴いたにもかかわらず、ハララもヤコウも達成感を感じることはできなかった。それどころか気分が重い。ヤコウは浮かない顔をしており、ハララも同じだ。

 探偵ならば、人々の真実を明らかにすることで、何かを感じることが出来るのだろうか? 探偵ではないハララには分からなかった。

 ヤコウと共にカフェを出ると、空が夕焼けに染っていた。死体の血の色を思い出し、思わず空から目をそらす。

 すると、落とした視線の先に猫の親子がいた。子猫は小さな瞳で親猫の様子を見て、小さな愛らしい足で親の後を追っている。親猫は子の様子を見ながらしっぽをゆらゆらと揺らしている。

 ハララの視線に気がつくと、直ぐに駆け出して行ってしまったが……言うまでもなく、とても可愛らしかった。

 ハララが猫の姿を、神が造型した生物の中でも最も尊い姿を網膜に焼き付けて噛み締めていると、ヤコウがふっと笑った。

「……なんだ」

「……いや、やっぱりハララは殺人事件なんかと関わるよりも、猫と関わってる方がいいよ」

「当然だろう。人間なんかよりも猫と関わっている方が余程建設的だ」

「はは、そうか」

 ヤコウの言葉に不敵な笑みを返して、「さて、帰るぞ部長」と颯爽と歩き始める。ヤコウは上司でありながらハララの不遜な態度に文句も言わず、寧ろ可愛げがあるなぁと目を細めて後を追う。

 車に乗り込み、ヤコウがエンジンをかけると、助手席のハララが小さく呟く。

「部長。……ありがとう」

「気にするなって。あ、じゃあ今度ハララがなんか奢ってくれよ」

「……」

 ——微笑んだハララは黙って窓の外の夕焼けを眺める。

 鮮血のような赤が優しい藍色に解けて消えていく。

 藍色の中に一番星が輝いていた。


◆終◆ 


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