ハッピー?再会if
忍者なんてものは現代になっても裏切り者を殺す殺さないだのやっているようなもので。つまるところ物騒極まりない生業である。そしていかに優秀であろうとも生きる死ぬは天の気まぐれ。一つの偶然によって人は死に、一つの偶然によって人は生きる。
「あー。サガるわ」
本職はサッカー選手のつもりだが、乙夜が忍者の一族であることには変わりない。可能な限り任務を減らしてはいるものの、どうしても避けられないものが出る。目的を果たしていざ脱出、といったと気になってここまで追い詰められると誰が思うか。
てか何この警備? 今時漫画の悪役もやらねえよ。侵入しやすくて脱出しにくいって何の意味があんの? そんな思考が乙夜の脳裏を駆け巡る。現実逃避の一種だった。このままでは明日の朝日は拝めない。青い監獄の坊主頭の後輩の、元気な南無三!! を頭を振ることで振り払って乙夜は大きく息を吐いた。兎にも角にも落ち着かなければ。
「ちゅーす、でござる!!」
聞き覚えのある声だった。具体的に言うと高三の頃付き合っていた彼女の声である。任務のために付き合い始め、任務達成と同時に別れた女の子。彼女も忍者の一族ではある。しかし乙夜の一族と彼女の一族はけして良好な関係とは言えなかったはずだ。でもひょこりと現れた顔はたしかに彼女で。
「えへ、驚いたでござるか?」
「何でここにいんの?」
「あれ、聞いてないでござる? 今回は乙夜殿の脱出を拙者が手伝う手引きになってるでござるよ?」
あー。と乙夜は頭を掻いた。今回の連絡役は見事にしくじってくれたので、乙夜もこうまで追い詰められているのだ。つまり情報は全然足りていない。彼女の言葉が嘘かどうかも今は判別できない。いや、彼女は本心から話しているとはわかる。ただ彼女の一族が彼女を捨て駒に乙夜を殺そうとしている可能性は捨てきれない。
そこまで考えて、乙夜はま、良いか。と思った。ここで死ぬよりは彼女について行く方がまだましだ。もしも死ぬなら女の子がいるところの方が良い。死ぬつもりはさらさらないけれど。
「ん、じゃあ案内は頼む」
「任されたでござる。経路は確保してあるでござる。まあここからだと少し遠回りになるでござるが」
あんなことがあっても乙夜に背中を見せるあたり、やっぱり素直で可愛い。せめてくの一じゃなければ乙夜も裏表なく可愛がってやれたのに。振り返った彼女が微笑む。
「拙者、乙夜殿の助けになれて嬉しいでござるよ。乙夜殿にはまだまだ及ばないでござるが、少しくらいはいいところ見せるでござる」
「期待してる」
「じゃ、行くでござる」
すっと彼女の顔から感情が抜ける。これはこれで冷たい美しさがあって良いな、と乙夜は思った。付き合っていた頃はくノ一としての彼女を見ることがなかったから可愛いとばかり思っていたが。そういえば学校での評価は美人だったなと思い出す。
「お手並みはいけーん」
「そう言われると緊張するでござる……」
嘘、やっぱり可愛いわ。やっぱちょっとぐらい口説いておきたい。そんな気持ちを任務中だと抑えつけて。乙夜は彼女の背を追ったのだった。