ハッピーバースデイ、或いは自分の為の歌

ハッピーバースデイ、或いは自分の為の歌



「なあ“俺”、そろそろ何か喋ったらどうだ?」

ペイル社の一角。

薄暗い調整室の椅子に腰かけた淡い灰緑の頭を見下ろし、そう問いかける。

俯き加減のまま虚空を見つめる瞳には何の感情も感じられない。

しゃがみこんで無理やり目線を合わそうとすると、すいと目線を逸らされた。


全くもって可愛くない子供だ。

スレッタ・サマヤのような純粋で可愛らしい態度を求めていたわけではないが、こうも取り付く島もない態度をとられると流石にどうしようもない。

そしてその子供が自分と全く同じ顔をしているのも極めて面白くない、とエランは思った。


確かに11歳の時の自分とそっくりに作ってはあるが、自分はこんなうつろな表情をしたことなどないし、比べると目付きもどことなく鋭い。

背中を丸め、手足にも力を入れず座る様子は糸の切れた操り人形のようだ。


人選ミスじゃないのか、と溜息をつく。なんでこんな陰気な奴を選んだんだか。

この意思表示のない人形のような少年は、自分の代わりを務めるどころか、日常生活を送るのにも支障がありそうだった。


『自分の影武者なんだから、御自分でどうにかなさったらどうですか』

『子供の相手は得意でしょう?』

『スレちゃんも随分な懐き様ですし』

『頑張ってくださいな、お兄ちゃん』

『それとも年齢を詐称して学校へ行きますか?MSも御自分で動かせば…』

軽い調子で「影武者を作ってみたので教育をよろしく」と指示されたときのやり取りを思い出す。

俺にパイロットの才能がないのも、6つ以上歳下の子供に混じって授業を受けるなどありえないことも知っているだろうに、つくづく意地の悪い物言いであった。


婆さん達は随分と面倒な仕事を押し付けてくれたもんだ。

俺にも、そしてこのもう一人のエラン・ケレスにも。


総裁の子供と近い年齢のガンダムパイロットがもう一人必要だ、とは早い段階で聞いていた。

しかし、あの17年前の事故で失われた3人以降、ペイル社にガンダムパイロットはスレッタしか存在していない。

しかし彼女にはエアリアルのパイロットという重要な役割がある。

ファラクトを動かすパイロットは、製造以来6年間もの間空席のままだった。


つまりどこかから調達することになるだろうと思ってはいたものの、自分と同じ顔に整形させると知ったときはさすがに驚いた。

婆さん達に「エラン・ケレス」でなくてもペイルが擁立したパイロットなら誰でもいいのでは、と進言してみたものの、これも撒き餌の一つですよと軽くいなされ、

そうして地球から連れてこられ、顔と身体を作り替えられたもう一人の「エラン・ケレス」が今目の前に座っている少年だった。



…反応がなさすぎる。

こちらの声も聞こえているのかどうか分からなくなって、肩を揺さぶろうと手を伸ばしかけて止める。

代わりに声をかけた。

「そんなに嫌だったなら、辞めてもいいんだぞ」

「今ならまだ元の顔に元の顔に戻して地球に帰れる。どうする?」

婆さん達も流石にそこまで無理強いはしないだろう。

まあ、次の子供が連れてこられるだけだが。

地球にはまだ身寄りのない子供がうようよいる。


やはりこれでも反応はないか…諦めようとしたその時、少年が口を開いた。

「僕が志願した」

自分の姿にも地球にも拘りがあったわけじゃないから、別にいいと思った、と淡々と話す姿には感情が感じられない。


調整室のモニターを操作して少年のデータを呼び出す。

地球の紛争地域出身、両親は見当たらない。身体は健康。MS操作技能合格。

パーメット流入耐性あり、恐らく両親のうちどちらかがGUND被験者と思われる。


───そして、記憶喪失。


「記憶はない。何にでもなれる。あんたにだって」

昏い瞳がはじめてこちらを見た。

記憶がないから何にでもなれるとは大層な言い草だ。

俺になる?馬鹿なこと言ってんじゃねえよ、顔以外は全く似てない癖して、と喉元までこみ上げた言葉をぐっとこらえる。

しかしますますどう声を掛けたらいいのか分からなくなってしまった。

せめてもう少しだけ明るく愛想よく振舞って貰いたいのだが、彼にその言葉が通じるとは思えない。

褒美をちらつかせるのも、仕事なんだからしっかりやれよと発破をかけるのもこいつには無意味だろう。

何も望まない人間ほどコントロールの難しいものもない。

溜息をついて顔を背ける。

全くあの婆さん共は面倒くさいことを…もうちょっとマシな奴いなかったのかよ



しばしの無言の後、唐突に声をかけられた。

「ねえ、彼女はだれ」

モニターに表示されているのは、スレッタの情報だった。

緊張気味の顔で映った写真と、パーメット流入値のグラフが並んで表示されている。


「彼女も、僕と同じなの?」

先ほどの感情のない声とは違う、平坦ではあるものの年相応の声で少年が尋ねた。

顔をあげ、モニターを一心に見つめている。

昏く淀んでいた瞳へモニターの光が反射し、黄緑色に瞬く。

見開かれた目からは微かな感情の兆しが見え隠れしていた。

驚いた。こいつはそんな表情もできるのか。


「スレッタ・サマヤ。お前と同じガンダムパイロットだ」

何かに興味を示したのは悪いことじゃない。それが可愛い妹なら猶のことだ。

「パイロット…」

「見ただろ?エアリアル。白いほうの機体、アレに乗ってるんだよ」

自分と同じパイロットの少女がいると聞いた少年は、訝しげな顔をした。

確かにモビルスーツの操縦時には多大なGがかかる為、骨の柔らかい成長期前の子供を長時間乗せるのは、本来ならばあってはならないことである。


「別にパイロットっていっても四六時中機体を動かしてるわけじゃない」

「ガンダムと話すこと、それがお前らのメインの業務だよ」

「まあ試運転レベルで操縦することはあるし、戦闘技術なんかは模擬装置で練習してもらうけどな」

にしてもこいつ、他人のことは心配するのに自分のことは顧みないのか。


空っぽなお人形、という第一印象は修正しなければならない、と思う。

自我が無いわけではないのに無意識に見ないふりをしている、全てに執着しないことで何も感じず居ようとしている。

それがこの少年なりの防衛反応であり、生き抜く術だったのだろう。


最初は得体が知れないと思っていたが、理解してしまえば案外普通の子供だ。

だが、これ以上のお節介をしてやるつもりもなかった。

俺は自分の役割をもう十分に果たしただろう。

自我を見つけるのも、欲しいものを手に入れるのも、全部彼がひとりでやるべきことだ。

手取り足取り教えてやるなんてそんな面倒なことは死んでも御免だ。


でもまあ少し背中を押してやらんこともない、か。

モニターに映るウィンドウを消しながら尋ねる。

「スレッタに会ってみるか?」

たしか、今はペイルの職員に勉強を教えてもらっている時間のはずだ。

スレッタにはこの少年が来ることを言っていなかったので少々人見知りはするかもしれないが、興味があるなら会わせてやってもいい。

彼女にもこいつにも同年代の友達が必要だろう。


「いい。」

予想に反して返ってきたのは拒絶の言葉だった。

「は?なんでだよ、同僚だぞ、これから長い付き合いになるんだから…」

「彼女は僕とは違う」

プロフィール情報のウインドウを消したモニターには何枚ものスレッタの写真が表示されていた。


婆さん達が壁紙に設定していたものだ。

生まれたとき、初めて歩いたとき、3歳の誕生日、初めてのエアリアルの操縦席…どの写真でも彼女は緊張気味の笑顔で人に囲まれている。母親や婆さん達、ペイル社の職員、そして俺。


「何もない僕とは違う」

少年の表情は再び能面のような暗い無表情に戻っていた。

糸の切れた人形のように身体からも力が抜けている。

ただ、その声は少し震えている気がした。


……まあ今日じゃなくてもそのうち会うことになるだろう。

その時はその時に考えればいいか、と思い俺はため息をついた。


  ◆ ◆ ◆


それから一週間後。

ペイル社のCEO室は盛大に飾り付けられ、プレゼントの箱やケーキや豪勢な食事がテーブルに並んでいた。

婆さん達をはじめ、GUNDに関わるペイル社の職員が和気藹々と食事や談笑を楽しんでいる。

主役はもちろん───


「お兄ちゃん!」

部屋に入った瞬間、待ってたんですよとスレッタが纏わりついてきた。

可愛らしい服を着て、髪の毛も綺麗に二つ結びにされている。

「10歳おめでとうスレッタ。だいぶ大きくなっちまったな」

エリーの過ごせなかった日をもう3回も通過しているのだ。

抱き上げた体はずっしりと重い。


「ハッピーバースデー!スレちゃん、サプライズがあるのよ」

「きっと気に入ると思うわ」

「御存じの方もいらっしゃると思うけど、我々は新しい仲間を迎えたの」

「計画に重要な役割を果たしてくれますとも」

婆さん達が注目を集めて宣言する。


扉を開いて彼を部屋に招き入れた。

短く揃えられた淡い灰緑の髪、ライムグリーンの瞳。

もう1人の「エラン・ケレス」


スレッタは新しい人と会うのが苦手で、緊張してすぐ誰かの後ろに隠れてしまう。

だが今は少年の方を向いたまま微動だにしていない。

同じ年頃だから、人見知りも緊張も軽減されたのだろうか…様子を伺ったが反応はない。


……何かがおかしい。

「あれ?おーいスレッタ」


スレッタは立ったまま気を失っていた。






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