ハッシャ・バイ
ねんねんころりよ 木のこずえ
風が吹いたら ゆりかごゆれる
枝が折れたら ゆりかご落ちる
赤ちゃん ゆりかご 何もかも
ドンキホーテ・ドフラミンゴという男は、ひどく歪なかたちをしていた。
十歳の頃から数十年もの間成長していない体と、狡猾で悪辣な海賊と無垢な幼子を無理矢理一つの器に押し込めたような心。ギロギロの実の力で様々な人間の心を覗いてきたヴィオラだが、ドフラミンゴ以上に歪んだ心は見たことがない。そんなドフラミンゴを王として祭り上げるファミリーの在り方も、また。
「……はあ」
ヴィオラは鬱屈とした気分を誤魔化すようにため息を吐く。時刻は真夜中。ヴィオラがいるのはドフラミンゴの寝室だった。
ドフラミンゴは時折、ヴィオラを自室に呼びつける。何も知らない部下たちは二人が『そういう』関係なのだと勘違いしているが、実情は全く違う。ただ共寝をしているだけだ。肉欲を伴うような接触は一切無い。だからといって、それが救いになるわけでもないのだが。
「遅いわね……」
部屋の時計に目をやりながらヴィオラはぽつりと呟く。普段ならもうとっくに眠っている時間だった。だというのにドフラミンゴは一向に現れない。部屋の外に視線を飛ばしてみても、見回りの部下以外に人影はなかった。
確かドフラミンゴは今日国外での取引に赴いていたはずだ。そこで何かトラブルがあったのだろうか。もしそうならこちらにも連絡が届くはず……そうヴィオラが思考を巡らせているときだった。
ガタン! と音を立てて背後の窓が乱暴に開け放たれる。
「────っ!?」
ヴィオラは咄嗟に短剣を仕込んだバレッタに手を伸ばし、勢いよく振り返る。
するとそこに立っていたのは、道化師のような化粧をし、赤い頭巾を被った金髪の男──を模した糸の人形だった。人形の腕の中には本来の幼い姿をしたドフラミンゴが抱かれている。ドフラミンゴは人形に縋りつき、その衣服を指が白くなるほど握りしめていた。ううう、とくぐもった呻き声が微かに聞こえてくる。
「ドフラミンゴ……?」
突然の出来事に困惑しながらも、ヴィオラは一旦バレッタから手を離す。
何があったのかは分からないが、わざわざ窓から入ってきた理由には合点がいった。ドフラミンゴの本来の姿はファミリーの幹部以外には秘匿されている。部下たちを避けてこの部屋に来るには「外から一直線」という無茶な──ドフラミンゴの能力ならあながち無茶ではないというのが恐ろしい──ルートを選ぶしかなかったわけだ。
人形は無言のまま寝台へと歩み寄り、壊れ物を扱うようにドフラミンゴを横たえる。人形はそのままドフラミンゴのサングラスを外して枕元に置くと、すぐにばらばらに解けて崩れてしまった。ヴィオラは一先ず種々の疑問を横に置き、人形と入れ替わるように寝台に入った。
ドフラミンゴは胎児のように体を丸め、カタカタと全身を震わせていた。見開かれた目は焦点が合っておらず、ヴィオラの姿をきちんと捉えているのかも疑わしい。これまでも稀にこういうことはあったが、今回は一段と深刻だ。
ヴィオラはドフラミンゴの背中を撫で、ゆっくりと語りかける。
「ドフィ。大丈夫、大丈夫よ」
何度かそれを繰り返せば、ドフラミンゴは次第に落ち着きを取り戻していった。そして疲労からかたちまち眠りに落ちた。規則正しい寝息がヴィオラの耳に入ってくる。
本当に子供のようだ、とヴィオラは思う。この子供の姿をした男こそが王下七武海にして現ドレスローザ国王、闇の仲買人ジョーカーなのだということを、一体どれだけの人間が信じられるだろう。
ヴィオラは仰向けに寝転んだ。天井の暗がりを見上げ、目を閉じる。思い出すのは、初めてドフラミンゴの心の内を見たときのことだ。
矢と炎。銃声と斬り落とされた首。無数の憎悪と殺意。もう二度と動くことのない『家族』の体。あまりにも鮮烈なイメージに網膜が焼かれるような心地さえした。ドフラミンゴが抱える心の傷は、今なお薄れることも癒されることもなく彼を苛み続けている。
この歪ないきものはいつかきっと地獄に落ちるだろう。あるいは、彼にとってこの世界そのものが地獄なのかも知れなかった。そんな地獄の中で安息を得るために作り上げたゆりかごが、ファミリーであり、今のドレスローザなのだろう。
家族を失い、誰にも抱き上げられることなく一人ゆりかごの中で眠り続ける赤ん坊。そんな情景が脳裏に浮かぶ。
ヴィオラは、ドフラミンゴが父やこの国にしたことを許せない。けれど、憎しみ以外の感情がドフラミンゴに対して芽生えていることも事実だった。
ドフラミンゴの心はもう壊れていて、取り返しなんかつかなくて、その罪が許される日は来ないのかもしれない。それでも、人はいつかゆりかごから出なければならない。どれほどの痛み、どれほどの苦しみを伴うとしても。
ヴィオラはずっと、彼のゆりかごが落ちる日を待っている。