ニヒルに笑ってそのコーヒーを飲み干した

ニヒルに笑ってそのコーヒーを飲み干した



人間に戻ったウタが取り戻したものは、本来は当たり前に享受出来ていたものばかりであり、謳歌という言葉を使うのは過言なようで、しかし今の彼女はまさにその言葉が相応しい程に人の生活を楽しんでいた。

久しぶりの食事に泣き、動いて疲れる事に感動し泣き、歌える喜び、言葉が伝わる喜びに泣き…最初の時期は幾らでも泣く為に水分補給と塩分補給をしてくれと心配される程だった。

周りもまた、そんなウタの様子を微笑ましく見守っていたし、彼女の健やかな生活の為に協力を惜しまないでいるというか…今までの分、甘やかしたくて仕方ないという感じだった。


だが、やはり人間に戻った事で、人形の時とは違う部分も出たりするのだ。


「ナミ!ロビン!おはよう!!」


そうして二人に抱きつくウタ。ここまでは良い。何せ彼女は今まで温もりを感じる事が出来なかったし、身体が小さかったからこそこうして抱きしめる事が出来るのが嬉しいと語っていたからナミもロビンも喜んで受け入れてる。


「チョッパーおはよう!!」


勿論チョッパーもセーフ範囲だろう。彼はトナカイでそういう判定からはなんとなく外れる。何より元々はこの船のマスコット的存在だった二人が今も仲良くしてるのは一味としても微笑ましい。


「ルフィ〜!!」


そしてルフィはもう何も言うまい。

二人は幼馴染であり、最初の仲間であり、最早ずっと一緒だったし距離感なんてものは無いに等しい。サンジだって二人のやり取りには何も言わないで二人分のおやつを二人が一緒に食べる前提で皿に盛る程度には気を使う。


とりあえずこの四人に今のウタは【ハグ欲求】が向かうが、最初なんてもう一味どころか仲良くなった面々全員にガルチュー顔負けでひっつこうとしていたのだ。

もう大変だった。情緒が育ちきらなかった部分があるウタに人形時は特に気にしていなかった距離感を改めてキチンと説明と説得をするのは本当に…と女性組は目を遠くし語る。

何せ今の彼女は表情もあるが…髪型が何故か気分で上げ下げするから……「誰にも簡単に抱きついてはいけない」と注意した結果、分かりやすく髪を落とし、叱られた子犬を見ている様で罪悪感があったらしい。


とにかく、今はだいぶウタも理解しつつある様で節操なしに抱きついたり過度なスキンシップは減らした方だ。

だがルフィ相手はどうしても減らない。減らせない。減らすとおやつのパンケーキを取り上げる以上に落ち込む。皆に忘れられて、親に置いていかれ、孤独に苛まれたメンタルを12年間支え続けた存在を引き離すのは流石に無理だった。

それに、男女二人とはいえ…まぁルフィだし。ウタだし。

この二人に限って、ないでしょ。

それが麦わら一味の総意に近かった。


一人(?)を除いて


「…ムー」

────────────────────────

「ただいま、って、あれ?」

「おう、おかえりウタ!」


少し用事で席を外し、戻ってきたウタが目にしたのは、楽譜で呼び出す【魔王】と違いウタ自身の感情などから生まれた人形姿のムジカだった。別にいた事に驚いたわけではない。ただ、ムジカがいたのは何処か懐かしい…人形時代の自分のポジションとも言えたルフィの肩の上だった。

今でもウタは良くルフィの肩に頭を乗せるし、なんなら先程までそうしてたので、少しウタは驚いた。


「なんかウタがいなくなってからよじ登って来てよォ」

「そうなんだ」


あくまで平坦な声が出る。まぁそんな事もあるか、位のつもりだ。でもその時、ウタは無自覚に髪がペタリ、と下がった。

その後、何故かムジカがルフィの肩や麦わら棒の上にいたりする事が増えた。

元々ウタを乗せていたルフィとしては違和感は然程なかったし、一味もウタの真似っこかなと思っていた。最初は。


「………」


流石にかれこれ二日ぶっ通しで髪の毛がペタンとしたままのウタを見ると心配になるし、しかもその表情がほぼ無なので人間に戻ってから笑って泣いて怒っての表情豊かなウタを見ていた面々は大分ビックリしたのである。


「なあウタ。なんかあったか?肉でも食うか?」


あのルフィが心配で気をつかうレベルだったからやはり余程である。だが


「え、うーん?いや、何も?」


聞かれると本当によく分からないと言いたげに首を傾げるウタには「無理はしないでね?」とか「体調が悪くなったら言えよ」位の言葉しかかけられない。

そんな時である。


「…」

「♪」


ウタはその光景を見た瞬間、固まった。

偶にムジカが、ウタの影を使って自分そっくりの人の姿を取ることがあるのは知っていたし、その時自分の影がムジカと繋がって伸びてるので「今人の姿なんだ」程度に思っていたのである。

で、なんとなく胸騒ぎがして追ってみればムジカが最近自分がルフィしてなかった様なひっつき具合だったのである。


「お、ウタ…どうした」


流石にルフィも気付く。おかしい。表情は無のままだが、その片方しか見えない瞳からは明らかに不愉快そうな感情が滲んでいたのだから。


「大丈夫…ムジカ」

「♪」

「…いや、別に……」


ルフィに簡潔に応えた後ムジカと会話をするウタ。ウタワールド内ならともかく、現実世界のムジカはまるでピアノの様な音だか声だかしか出さないがウタには通じている様でそのまま会話を続けているが、やっぱり何処かウタの様子は元気がない。


「別にそんなんじゃないって…でもその、その場所は…あの」

「♪?」

「〜ッ」


「んー、悪ィムジカ。ちょっとだけ他行っててもらっても大丈夫か?」

「!…♪」

「え、ちょ…!」


会話を断ったのはルフィだった。そしてそのルフィの言葉に普段から貼り付けてる様な笑みのムジカは何処かご機嫌にも見える態度で頷きさっさと去っていった。

その場に残ったのはルフィとウタである。

何処か気まずそうにそっぽを向くウタに、ルフィは腕を広げて声をかける。


「来ねえのか?」

「え?!」

「最近ムジカがいたからな。お前なりに譲ってたんだろ?」


当たらずも遠からずというか8割程は合ってるというか…とウタは狼狽える。

人形時の自分も落ち着くポジションを探して見つけたらそこから動かない事もままあったわけで、ルフィのその場所が落ち着くのはウタ自身がよく知っていたわけで…何より周りが「気をつけようね」のスキンシップについても多少説明してくれたからウタからしてもムジカにそのポジションを譲る事も大事かもしれないと我慢していた。


「い、いいの…いやでもルフィは」

「気にしねェよ。ウタが来ないならおれからやるぞ!」


そう言ってルフィの方から抱きついた。ビクリと肩が跳ねる。そういえばと振り返ればウタからは良くあったがルフィから抱きつくのはドレスローザ辺りからは殆どなかったかもしれない。

あの時は余裕がなかった。自分が抱きついた時は余裕だった。


だけどこれは分からない。自分が抱きついた時は落ち着く心音がちょっと速いし、ヘッドホンの中の耳が熱い。

自分が腕を回すんじゃなく相手の腕に閉じ込められるのはこんな感じなのかとウタはただ慣れたと思い込んでいた熱に翻弄され続ける。


「あの、ルフィ」

「んあ?」

「最近…我慢してた分、もうちょっとこのままでも良い?」

「…シシシッ、いいぞ!」


だけどこれは決して嫌じゃない感覚だなとウタはまた一つ人の身で好きな事を覚えたのである。

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ところ変わってキッチンにムジカは顔を出した。偶然いたサンジがちょっと驚きつつも歓迎する。見た目はウタである為に、彼はレディの扱いをしようと決めた様だ。


「ムジカちゃん、その姿珍しいな。何か飲むか食べるか?」


ただ扱いとしてはウタと同じか末っ子を扱う…まぁ妹を見てる様な感覚に近い気がしている。ウタもサンジと同い年だし、なんなら昔から存在している【魔王】の派生である自分は下手したらこの船の誰より歳上なのだが…この姿で初めて食べるだ飲むだを覚えたムジカは美味しいものを寄越すサンジを割と気に入っていたので別に気にしていなかった。

昔ウタが使っていたフリップを使ってサンジに見せる。


「♪」

《コーヒー、ブラックで》


笑顔で応えたサンジを待ちつつ、椅子に座ってムジカはやはり顔だけでなく気分も悪くなかった。

【魔王】だけでなく、彼女の感情の派生の面が強い自分からすれば一味の考えも分かるが、せっかくだからちょっと揶揄いたくもなるというもの。

お陰で中々強めの《嫉妬》を向けられた訳だが、負の感情の自分からすれば割と甘美なものだし、その分あの子が更に幸せそうになるなら割とプラスである。


だけどまぁ、ちょっと甘過ぎる気もするな

早く自覚したらいい。そう思ってたらサンジが丁度コーヒーを持ってきたので


「♪」

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