ナナミルート
ざぁざぁと、横穴の外では雨が勢いよく降っている。
「………………」
「バルゥ…………」
膝の上のバルチャイをぎゅっと抱きしめて寒さを和らげながら、わたしは恨めしげに外を睨みつけた。
まさか、こんなタイミングで雨が降るだなんて。本当に、運が悪い。
「…………ナナミ」
「……えっ、ハルト!?」
これからどうしようかと悩んでいると、横穴の入り口を覗き込むように、ハルトが現れた。
「な、なんでここに……」
「なんでって、ナナミが家出したって聞いたからあちこち探し回ったんだよ。とりあえず、雨を凌げる場所に居てくれてよかった」
そう言いながら、ハルトが横穴に入ってくる。
「…………ハルトに言われたって、わたしは帰らないよ」
「うん、僕も今すぐ連れ帰るつもりはないよ。でも、もう少し入り口側に来て。横穴が埋まっちゃったら、大変なことになる」
「……わかった」
ハルトが差し出してきた手をとって、穴の入り口近くの、雨がギリギリ入ってこないところまで移動する。
「寒くない? 大丈夫?」
「……ちょっと、寒いかも。ほら、じんべえ一枚だし」
雨に濡れて重くなり、わたしの体温を奪い続けているじんべえの裾を引っ張りながら、わたしは苦笑する。
「もう、そのままだと風邪引くよ。……出てきて、ファイアロー」
ハルトが構えたボールから、ファイアローが出てくる。
「ファイアロー、ナナミを暖めてあげて」
「アロー」
ファイアローは大きく翼を広げると、座り込んでいるわたしの身体を優しく包み込んだ。
ふわふわとした感触が心地よく、程良い暖かさが冷えた身体に広がっていく。
「雨、早く止むといいね」
わたしの隣に座りながら、ハルトが言う。
「…………何も聞かないの?」
「おばさんから、大体の事情は聞いたから。……旅に出たいって、おじさんと言い争いになっちゃったんでしょ?」
「…………うん」
お母さんから話を聞いているなら、隠すこともできないと素直に認める。
初めての一人きりの遠出の時にハルトと出会って、仲良くなって。
ハルトの、パルデアでの宝探しの話を聞いて、わたしの旅に対する憧れは、今まで以上に強くなった。
わたしも旅をしたい。ハルトみたいに、素敵な何かを見つけたい。
そう思って、お父さんとお母さんに話をしてみたけれど……結果は、猛反対。
わたしの夢を否定されたような気持ちになって、わたしも引くに引けなくなって。
盛大に言い争いをして、その勢いのまま、わたしは家を飛び出したのだった。
「……でも、ちょっと驚いた。てっきり、ハルトはわたしを連れ戻しにきたのかと思ったから」
「ナナミの、旅に出たいって気持ちはわかるからね。僕もパルデアで旅はしたし、ナナミだけダメって言える立場じゃないよ。……ただ、心配させたことに関しては、怒るからね」
「あいたっ」
ハルトの指が、わたしの額を優しく弾く。
「はい、これで許してあげる。もうこんな無茶しないでね」
「……もー。乙女の顔に傷が残ったらどうするの?」
「あははっ。その時は責任とらなきゃ、だね」
ハルトが、悪戯っぽく笑う。
その笑顔で、さっきまでのモヤモヤした気分が晴れてきて、わたしにも笑う余裕が生まれた。
責任……責任か…………
「へぇ、そういうこと言っちゃうんだ。それじゃあ、どうやってとってもらおっかなぁ」
「……僕にできる範囲でお願いね?」
「うーん、どうしよっかなぁ〜」
実際考え始めると、色々ありすぎて選べない。
ハルトにしてほしいことも、ハルトと一緒にしたいことも、沢山ある。
「うん、今はまだいいや。また今度、一緒に考えよ?」
「え? 一緒に、って……」
「だって、ハルトと一緒にやることだったら、ハルトにも楽しんでもらいたいし。ハルトが嫌な思いしてたら、わたしだって楽しくないもん」
「……そっか」
「だから、また次の機会に、ってことで。忘れないでよ?」
「忘れたりしないよ。うん、絶対」
ハルトが、右手の小指をわたしに差し出してきた。
わたしも右の小指を出して、ハルトの指に絡ませる。
「────、くしゅんっ」
絡めた指を解いた瞬間、ハルトが顔を背けてくしゃみをした。
「──あ」
そうだ。さっきまでは自分のことしか頭に無くて、他のことに気を回す余裕がなくて、気付けなかったけど。
この雨の中、わたしのことを探し回ってくれていたのなら、ハルトだって、全身雨に濡れているはずだ。
「ファイアロー! 翼を広げて! ハルトも暖めなきゃ!」
「ア、アロッ!」
ファイアローが翼を広げると同時に、ハルトの身体を引っ張り込む。
ハルトの両手を自分の手で包み込んで、息を当てて、少しでも早くハルトの身体が暖まるように手を擦り合う。
「ああもう! こんなに冷たくなって! わたしの心配をしてくれるのは嬉しいけど、ハルトも自分の身体を心配してよ!」
「ご、ごめん……」
わたしの息で、ハルトの手が暖まっていくのを感じる。
「え、えっと……ナナミ?」
「どうかした? ハルト」
「その……これはちょっと、近すぎる……」
「…………あ」
咄嗟に動いたから、気づかなかった。
今のわたし達は、二人一緒にファイアローに包まれていて。
それに加えて、ハルトの両手も握っているから、もう、ほとんど密着しているような状態だ。
「……ハルトは、離れてほしい?」
「あ、いや、えっと……」
「はい時間切れー。もう離れてあげなーい」
「なんでそんな急に理不尽になるの!? 僕は大丈夫だけどナナミはいいの!?」
「んー、わたしも別に嫌じゃないし、このままでいいかなーって」
こうして、ハルトと一緒にいるだけで、身体だけでなく、心もぽかぽかと暖かくなる。
ほんの少し胸がドキドキするけど、それすらも、ただただ心地よい。
「雨が止むまではこのままでいようね。……雨が止んで、家に帰る時もこのままでもいいけど」
「これで帰ったら、おじさん、僕たちを見て卒倒しちゃうよ……」
「いいね、それ。ちょっとした仕返しになるかなー」
「うん、やめてあげてね、ナナミ」
二人して顔を見合わせながら、笑う。
ああ、本当に、ハルトと一緒にいるこの時間が、わたしは大好きだ。