ナチュラルにイチャついてる2人が見たかっただけ
名無しの権兵衛
電灯を常夜灯に切り替えると窓外から柔らかな光が差し込んでいることに気づいた。どうやら今の時間帯、この部屋のあの窓からは月を望めるらしい。
「今日は満月だったのか……いや、微妙に欠けてるか?」
「どうでしょう……私には満ちているように見えますが」
隣で自分がトレーナーをしているメジロアルダンが困ったように言う。言われてみればやはり完全な満月に見える気がするがいまいち自信が持てない。それにしても……
「綺麗だ」
普段はトレーニング計画だとか仕事のことだとかばかり考えているからか、夜空なんて随分と久しぶりに見上げた気がする。今日は少々雲が出ている。時折薄い雲が月を覆い、月の輝きを朧なものにする。昔、学校の教科書に月を読んだ和歌が載ってた記憶があるが、こうしてみると昔の人がそういう題材に月を選んだのも納得だった。
「本当に、綺麗ですね」
そう思ったのは隣の彼女も同様だったらしい。そろそろ寝なければ健康に悪い時間帯とわかっていても二人して月から目を離せないでいた。
「「あっ」」
異口同音に声を上げる。月を見ているうちに脱力していたのだろう。いつの間にやら二人の指先が触れ合っていたのだ。お互いに相手の手から視線を上げて見つめあい、笑いあう。不意のこととはいえ、お互い酷く素っ頓狂な声を上げたものだ。ひとしきり笑い終わると手の甲に優しい感触があった。アルダンがこちらの手を優しく包み込んでいたのだ。彼女の顔を見る。
「どうしましたか、トレーナーさん?」
月光と常夜灯の光とで微かに見える彼女の顔はイタズラっぽい笑みを浮かべていた。彼女は時々こうして自分のことを揶揄うのだ。
「いや、ただ」
彼女の目を見つめる。澄んだ宝石のような目はいつ見ても、何度見ても吸い込まれるような気持ちになる。否、『ような』ではない。
「綺麗だな、って」
ゆっくりと彼女の顔に自分の顔を近づけ、そっと口付けをする。
「——っ!?」
揶揄われっぱなしというのも歳上として情け無い。何より夜空に浮かぶあの顔ばせが霞んで見える彼女の美しさを眺めていたらついしてしまった。まあ、そんなつまらない意地半分、無意識半分でこんなことをするのも十分情けないことの気もするが……。それにしても、やはりよく手入れしているのだろう。彼女の唇はとても弾力があり、一瞬のこととはいえ自分のかさついたそれで触れたのが申し訳ない事に思えてきた。
「……イジワルな人です」
「お互い様だと思うよ」
動揺から持ち直したアルダンがそんな事を言うが普段を思い返すと彼女もあまり他人のことを言えないような気がするが、まあいい。
「そろそろ眠りましょうか」
「そうしよう」
窓のカーテンを閉めて二人ベッドに横たわる。枕といい、マットレスといい、我が家で使っているものとは比べ物にならない高品質。やはり名家だと使っている寝具もケタ違いだと何度来ても思わされる。……そんな金があるなら諸々の資料代に使いたいと思っていたが、もう少し身の回り品に気を遣おう。今度のボーナスで色々買ってみようか?そんな事を考えていると彼女も眠る準備が終わったらしい。
「「おやすみなさい」」
明日が休みでよかったと思いながら二人眠りに落ちた。