ナイショ話
幸せトラファルガー家や滝落ちのSS書いた人※弟くんの名前を「ルカ」としてます
※時期は病院巡りの旅の終盤
洞窟の中で三人が野宿をしていた日のこと。その夜、いつもは眠っている時間にルカはパッチリと目を覚ました。隣に横たわる兄のローは静かに寝息を立てている。ローを起こさないよう、猫の姿になってそろりと寝床から抜け出した。
近くには焚き火の前でぼうっと胡座をかいて座り込んでいるコラソンがいる。さりげなく人型に戻って近づいてみると、彼はルカの姿に驚いたのか真後ろへ盛大にひっくり返った。
「おっ……起きてたのか、ルカ」
コクリと頷いたルカは一旦寝床の方へ向かうと、枕元に置いていたポーチから筆談用のノートと鉛筆を持ってコラソンの元へ戻ってきた。
【急に目が覚めちゃった】
「あぁ、そういう時もあるよなぁ……また寝るんなら“安眠の術”かけてやろうか?」
【今はいいよ。それよりコラさん、ナイショ話したい】
「おう、いいぞ……“サイレント”!……それで、何の話がしたいんだ?」
ちゃんと防音壁が張られたのを確認してから、ルカはコラソンの胡座の中に座ってノートにさらさらと文字を書き始めた。何となくルカの小さな頭越しにノートを覗き込んだコラソンは、内容にギョッと目を見開いた。
【コラさんって本当は海兵なの?】
ブワ、とコラソンの全身に冷や汗が浮く。かつて病院巡りの旅を始めたばかりのとき、ローが海兵をはじめとした政府へ関わる者に激しい嫌悪を向けていたことを思い出したのだ。その時、ルカも小さくだが頷いていた。
「ちっ、違うぞ!俺が海兵なわけあるか!!」
コラソンは咄嗟に否定する。ローとルカに嫌われたくなかったからだ。あんなにも自分に敵意や怯えを抱いていた二人が、やっと向けてくれた好意を手放すのが恐ろしかった。
動揺したせいか震えが混じったコラソンの大声に、ルカは手を止めた。考え込むように少し間を置いてから、わずかに迷いのある筆致で鉛筆を動かした。
【コラさんがそう言いたいならそういうことにする。でもね、もしもコラさんが海兵だったとしても、ぼくたちがコラさん好きなのはきっと変わらないよ】
その文章を読んだコラソンの口から「え」と声が漏れた。それでもルカが鉛筆を止めることはなく、さらにノートへ文を連ねていく。
【たしかに少し前までは、とても怖かった。兄さまとぼくに痛いことばかりしてきたから】
【でもコラさんはぼくたちを治す方法たくさん探してくれたし、ひどいこと言う人たちに怒ってくれた。ぼくが死のうとしたのを本気で心配して、抱きしめて撫でてくれた】
【兄さまとぼくのために泣いてくれた】
【世界中から嫌われてるぼくたちでも、愛されてるって思えた。本当に嬉しかったんだ】
【この旅でコラさんがしてくれたことの全部が、ウソや計算なんかじゃできない心からの行動だと思ってる】
【だから、コラさんがどんな人だったとしても嫌いになんてなれないよ。だってコラさんは、すごく優しい人だもん】
【きっと兄さまも】
ポタポタ、ポタッ……
ここまで書いたところで、紙面に水滴の染みがいくつも広がった。ルカは一瞬雨でも降ってきたかと思い空を見上げたが、そもそもここは洞窟の中。雨が落ちてくるわけがない。
そろりと背後を振り返ると、コラソンが大粒の涙を流していた。ルカは思わず鉛筆とノートを取り落とした。
(えっ!?どうしよう、泣かせちゃった……!?)
どうすればいいか分からず、わたわたと慌てるルカの手が宙を彷徨う。とりあえず顔中をぐしゃぐしゃに濡らして泣くコラソンの顔を拭こうとして、彼に向き合った。すると、小さな背中が彼のすらりと長い腕の中へぎゅっと閉じ込められた。
「ル゛カッ゛……!!ゔぅっ……お前ってやつは……本当に、優しい子だなぁ゛……!!グスッ、こんな、お前たちをさんざん傷つけて、勝手な同情で振り回してッ、死にたくなるほど嫌な思いさせたやつ相手によ゛ぉッ゛……!」
(だから優しいのはコラさんなんだってば……!ああもう、ノート落としたし……抱きしめられてるから伝えられないや)
言いたいことを伝えられないことへ歯痒さを覚えながらも、やっぱりコラソンに抱きしめられるのは大好きなため安心感に流されてしまう。
だんだんと瞼が重くなっていく。まどろむ意識の中、コラソンの泣き声をぼんやりと聞きながらルカは再び眠りについた。