ドロドロにキスをするトレカフェの話

ドロドロにキスをするトレカフェの話



黒い。


一切の灯りを奪われたような闇。


夜だ。


窓の外から入る光さえ僅かで細く、狭い部屋すら照らすことは叶わない。


僕の家の、僕の部屋。


学園からそう遠くない場所に借りた2DKの一室は、深い夜の闇に包まれている。


熱い。


胸元に滾る感情が熱い。


肌に触れる柔らかな肉が熱い。


それらを覆って隠している衣服が熱い。


完全な暗闇の中で、息が詰まりそうなほどに濃密な空気が部屋いっぱいに充満している。


「はぁ……はあ、……っ……ぁ」


漏れる息が、熱い。


暗闇の中であって輝く琥珀色の瞳が、潤みとろけた眼差しで僕を射抜く。


頭に酸素が回っていないのか────……呼吸は浅く忙しなく、それでも我慢できないとせがむように僕へと擦り寄ってくる。




「…………もっ…………と、……です」




要望に応じ、彼女の口唇に僕のそれを重ねた。しっとりと湿ってあたたかい、マンハッタンカフェの口唇。


たった数分前に経験した、ファーストキス。


それ以来、彼女から余裕というものは消え去っていた。


「ちゅ……ちゅ、ちゅ……」


これ以上の快楽は知らないとばかりに、カフェは僕の口唇に貪りつく。口唇同士を押しつけ、重ね、食むようにつまんでみせる。


まだ教師と教え子という関係性でありながら、僕たちは禁忌を犯して愛を確かめている。卒業までもう少し────……だというのに、もう僕も彼女も耐えることはできなかったのだ。


その背徳感も後押しになっているのか、カフェの要求は激しく、終わりが見えない。


「ぢゅ、っちゅ……ちゅぅ……」


その要求は幼い。当然────……まだカフェは口唇を重ねるだけのキスしか知らないのだから。


そしえ僕には僕の背徳感が後押しをする。


恋愛の多くを知らず、その先にあることの多くを知らず、重ねることの気持ちよさを知らない────……純真無垢な彼女を、僕好みに染め上げてしまうという背徳感。


「ぷは、っ……はぁ、は……っ」


数分続いただろうキスから解放され、僕とカフェは空気を求めて喘ぐ。


彼女の瞳はこれまで以上に潤み、目の端から小さく涙が溢れ始めていた。だがその表情に哀しみはなく、ただ快楽に溺れた女の貌だけがそこにあった。


きっと、僕も同じ貌をしている。けれど僕の方は、さらに悪い貌だ。


「トレー……ナーさん……」


熱い吐息を漏らしながら、カフェが僕の胸に顔を埋める。


「あなたが…………だいすき……です」


「ああ……僕も……大好きだよ……カフェ」


その身体を僕は抱き返し、頭を撫でながら返した。


さらさらした髪の中が、燃えるように熱い。体温が上昇し、汗が吹き出している。僕もカフェも服の下は汗でぐちゃぐちゃだ。お風呂に入り直さなくちゃいけない。


けど、それでも……まだこの時間を止めたくないと心が、身体が叫ぶ。


「……カフェ」


「ん、は……ぁ……っ」


カフェの小さな背に触れ、細身ながら確かに存在する柔らかさを感じる。腰に手を回し、ぎゅうと抱き寄せ、より身体を密着させる。


カフェの香りでおかしくなりそうだ。重すぎるほどに濃密なカフェの香りが、僕の頭を麻痺させる。


歳の差。立ち場。僕の今後。彼女のこれから。


その全てを思考の外へと投げ捨ててしまう。


「カフェ……顔、あげて」


そこに在るのはただ快楽を求めるだけの獣。目前に転がった極上の逸品に、舌舐めずりをする愚かなハイエナだ。


「ん……っ……」


カフェは僕の言う通りに顔をあげ、とろけた瞳を細めた。


ああ、なんと美味そうな肉なのだろう。


頬を赤く染め、瞳は潤んでとろけきって服従している。身体は無防備に曝け出し、この薄布を剥ぎ取ってしまえば喰らう準備は完了する。


しかし残った僅かな心が、その獣性に待ったをかける。


ここで彼女を喰らうことは容易いと言う。しかしそれではいけないと、滾る熱に水を落としていく。


僕は彼女の先生であり、彼女はまだ学生だ。


お互いの愛はすでに確認できているのだから、あとは時を待たなければならないと────……そんなくだらないことを大真面目に理性が語る。


一時の感情にすべてを委ねてはいけないと。


彼女の獣性に手綱をかけ、制御するのも大人としての僕の役目だと。


「……トレーナー……さん……?」


僕を見上げるカフェが、キスをせがむように口唇を寄せてくる。


はやくはやく、と言外に僕を誘惑している。


手綱を、かけなくては。


これ以上はまずいと、理性で封じ込めなくては。


「…………カフェ……」


その口唇に、短く小さなキスをした。


「…………?」


少し呆気に取られたような、物足りないような、そんな不満そうなカフェ。言葉にせず、視線で僕へと訴えかける。




────……もっとしてください。




僕だってそれに応えたいと思う。もっと色んなキスをしたいと思う。舌を絡め、口の中へ侵入し、蹂躙し、酸欠になりそうなほどに長いキスをしたい。


だがキミはまだ、初めてのキスすらつい数分前に済ませたばかりなのだから。


だから、また時間をかけてゆっくりと……────




「イヤ……です」





そして、突然。

無数の手が、カフェの背後から伸びて────……僕の身体を掴んだ。





見えたわけではない。だが不可視のオーラのようなものが、手の形となって僕を縛ったのだ。




「……もっと、色んなキスを……してください。あの子が……言ってますよ……?」




はたと気付かされる。


僕が手綱をかけなければならない獣性は、もうひとり存在したのだと。




「舌を絡める……キスが、あるんですね……? ……恥ずかしい、ですが……あなたとなら、してみたいです」




ゆっくりと、ゆっくりと。


近づいていく、僕とカフェ。


「……トレーナーさん……舌を出して、ください」


あの子によって無理やり口を開けさせられ、僕の舌はだらしなく外へと追いやられる。


「綺麗なピンク色……ふふ、かわいい。……今から、食べちゃうんですね……私」


愛おしそうに、うっとりとした貌でカフェは言ってから……────長い舌を、僕のそれににゅるにゅると絡め始めた。




「ぢゅぅ……れろ、ぢゅるる……くち、っぢゅ」




僕の口腔を暴れ回り、刺激し、蹂躙する────……彼女の舌に、僕の理性の大部分が破壊されるのはそう時間は要らなかった。




「んは、ぁ……ちゅぅ、れろ、ぢゅ……」




数分後にはお互いの口の周りを唾液でぐちゃぐちゃにしながら、僕たちはそれでも構うことなくキスし続けた。ほんの、ほんの欠片ほどに残された理性でキス以外の行為を縛りつけることで。




「んぢ、ちゅ……ぷぁ、っむ……にゅ、れろ……んぇ……んむ、ぢゅぅ……」




カフェもあの子も、キス以上のことを求めてこなかったのが幸いしたのかもしれない。


けれど、その代わり。


僕たちはずっと、ずっとキスをする。


代わりを求めるかのように。


足りない隙間を埋めるかのように。


お互いの全てを喰らい尽くさんと、お互いを貪り続ける。どちらかの理性が壊れて、箍が外れてしまうその時まで。






「……落ち着い、たら……お風呂に入りましょうね。…………水着を持ってきています……から……」






ただその猶予は、僕が思っているほど長くはないのかもしれない────

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