ドレークの擬似父親逆レ概念提唱SS

ドレークの擬似父親逆レ概念提唱SS



注意書き

・お父さんに抱かれたい願望が残ったまま大きくなっちゃったおいたわしい隊長

・ドリィちゃんメンタルが割と健在のおいたわしい隊長

・ハニトラプロフェッショナル隊長

・逆レを書いたと思ったら濡れ場がサイコホラーになった

・隊長が特に理由もなく先天性カントボーイ

・初手ドリィちゃんの性暴行&暴力シーン

・しれっと殺人描写

・よく喋るモブとの関わり

・1万5千文字

・ほんとのほんとに終わりの設定





いつからこんなになっちゃったんだっけ。初めての日は覚えてるよ。忘れられないから。じゃあ、おれがこんなことをして気持ちよくなることを覚えた日はいつ? こんなことの最中に可愛がられて、殴られなくて済むからよかったと思うようになったのは? いい子だと頭を撫でられて、褒めてもらえるのが嬉しくて、自分が愛されているなんて思い込むようになったのは?

散々嬲った人たちは誰一人いなくなって、異様な熱の籠った暗い部屋を片付ける。酒と、人の精液と愛液の染み込んだ床を雑巾で拭いて、誰かが残した上着を洗濯カゴまで持っていく。

掃除はおれの仕事、船の掃除も、人間の掃除も。そう、ただの役割。連中はその場の熱のままに「かわいい」だの「上手」だの言う。そこにはなんの愛情もなくて、都合がいいように扱っているだけ。おれは利用されているだけで、おれも、その人たちが殴らない時間に浸っているだけ。それでも、大事にされてるって錯覚に縋らないと、臓腑の何かがひしゃげてしまうような息苦しい感覚になるから、縋る。

おれにこの役割を預けたのは父だ。ある一夜、女がほしいと強請った船員相手に娼婦の代わりとして使わせた。それ以降、おれが好きに体を使われているのを、父は手を出すどころか何も口を出さない。

父に止めて欲しい。最初はそう思っていた。でも、それが叶わないことだとわかると、もっと悪いことを願うようになった。

「父さんに愛されたい」ってさ。

おれが頑張って、父さんを満足させられたら、褒めてくれるかな。膝に乗せて頭を撫でてくれるかな。ドリィはえらいって言ってくれるかな。一晩だけでもいいから、またあの優しい父さんに戻ってくれるかな。

一人で部屋に残されているのがたまらなく寂しくなった。もうずっと前の綺麗な家の中の記憶が頭に居着いて離れない。いつまでこんなことを続けていればいいんだろう。

そういうことをぐずぐずと考えていたら、あの部屋にいられなくなってたまらず外に飛び出した。時刻は22時。父さんがまだ起きている時間。夜はそんなに機嫌が悪くないから大丈夫。お願い事をしに行くだけ。そう思って父のいる船長室に向かった。

殴られる痛みと怒鳴られるうるささが過ぎるから、父の部屋に向かう足はだんだん重くなる。でも乗り越えないと。父さんに愛されるドリィにならないと。いよいよ船長室のドアが見える、心臓がばくばくと鳴る。緊張で胃の奥から苦い汁が上がってくる。でも、頑張らなきゃ。大丈夫、おれが間違えなきゃあの人は殴ったりしない。息を整えて、ノックをする。

「父さん。入るよ?」


父は大きな両袖机に酒瓶を広げて座っていた。部屋に入るおれを見て片眉をあげる。酒は入っているけど落ち着いている。多分大丈夫。

「ドリィ。どうした。掃除は済んだのか」

「はい。今日の分は、全部。あの、父さんに、……話したいことがあって」

いざ言うとなると緊張するな。そわそわと目が泳ぐ。でも、あまり黙ったままでいると苛立たせちゃうから早くしなきゃ。あの人が机の端を指で叩いて急かしている。言わなきゃ。

「あの、あのね。父さんにも、ぼくの身体、つかってほしいんだ」

父が机を叩く音が止まる。

ぼく、いっぱい身体の使い方覚えたんです。お腹だけじゃなくて口とかでするのも上手くなったって言ってもらえてるし、自分で動けるようになったんだ。だから、父さんのことも、よくできると思う、よ。他の女の人なんて使わなくていいんだよ。だからね。

「ドリィ。ちょっと来い」

父さんと世間話をしたのは久々で、だんだん熱が入ってやけに嬉しそうに話してしまう。そこに父の声が割り込む。父の顔は机に向けられていてよく見えない。

「なに? 父さ、」

ぼくがなにか言い切る前に、頭に重い衝撃が走った。頭が熱くなって、顔にぽたぽたと生暖かい液体が垂れる。ぐらっときて手をついて倒れたら、ちくりと何かが痛む。びっくりして見た手のひらはきらきらしていて、細かくなったガラスが刺さっていた。

その手のひらに、頭から垂れる赤い液体がぽたぽたと垂れる。痛くないほうの手で額を撫でたらとろとろしていて、ぼくの手は真っ赤に染まっていた。

「随分……。インバイの才能があるじゃねェかよ。ええ、ドリィ」

「……?、?、……っ?」

何が起こったかわからないぼくに何か言う父の声。低くて、とても穏やかじゃない。痛い、熱い。視界が赤くなってとても返事ができる状況じゃない。頭が割れちゃったのかな。

「なあ! ドリィよォ! お前は、おれに! そんなインバイの穴を使えっていうのかよ!!」

父の怒鳴り声がおれの脳に響いた。うずくまるおれの肩を掴んで机に投げ飛ばす。おれの身体が酒瓶を薙ぎ払ってガシャガシャと音を立てて落ちた。その音が怖くて強張ったおれの足を父は無理矢理開かせて、服を脱がして、前に使った男の精液の詰まった穴に親指をねじ込まれる。痛みでぎゃあと喉が鳴った。

「お前は! 父親に! こんなきったねえ穴を使わせる気かって聞いてんだよ!!」

「い゛っ! あ、ちが……っ! おれは、父さんにも、気持ちよくなってほしくて……。今日じゃなくても……」

「なあおい! お前は! おれがこんなところ使う男だと思ってんのか!!」

「やめ、やめて! ご、ごめんなさいっ、怒らせたのなら謝ります……っ、もう言わない、から……!」

 無理矢理ねじ込まれる指が堪らなく痛くて泣き出す。打った背中が痛い。血が止まらなくてこわい。

失敗した。おれが間違えた。この人は自尊心の強い人で、そんな人の子供がこの行為を受け入れているのも、父親に持ちかけるのも、きっと気分のいいものじゃないんだ。そんなことにも気づかないで、おれは、馬鹿な間違いをした。

おれの上に掲げられる握り拳に怯えて、とっさに顔を庇いながら出口のドアに身体を引きずる。震える手でドアノブをがちゃがちゃと捻る。早く帰れと言いたげに父は酒瓶をこっちに投げて、またすぐ隣で割れる音が響いた。きらきらと目の前に光が散る。

雪の日みたいだと思った。きらきらと雪の粒が舞って、とてもとても寒かった日。皆が、父さんが死んだ日。

おれは、父が死んだことを思い出して、そこでようやく目を醒ました。


悪夢を見た日というのは、劇的に身体を起こして飛び起きるというのは意外にも少ない。ジトと熱の籠ったシーツの中で、汗ばんだ不愉快さにゆったりと揺すられて目を覚ますのだ。

またろくでもないものを思い出したと、頭痛の煩さを抑えながら水を飲みに行く。なんとなく額の様子を手で確認して、濡れた感覚があった時はギョッとしたが、それはただの多めにかいた冷や汗だった。

あの後、倉庫に籠って、頭と手にボロ布を巻いて血を止まるように抑えて、毛布を引っ掴んでさめざめと泣いたんだっけか。あれから、父とまともに顔を合わせることもできなくなった、気がする。錯覚に縋ろうとして、その錯覚すら見せてもらえずに、間違いをした結果があれだ。

「馬鹿なことを……」

コップにたまる水の音を聴きながら、記憶の中の哀れな子供を責めた。


水を飲んで、寝る気にも慣れずうだうだとベッドの上で無意味に天井を見ていたら、静けた部屋に電伝虫のコールが響く。向こうが「海」と言えば、こちらは「霧」と返す。馴染み深い声。

「コビーか、どうした」

「緊急司令です。ドレーク隊長」

緊急司令。その言葉で弛んだ脳が冴えて、おれは起き上がってベッドのへりに座る。

「1年前に、火器の違法取引とそれを用いた市民のテロがあったでしょう。あれから何人か関係者が捕らえられていましたが、主犯の一人だけ逃亡し、それから動きがありませんでした。しかし、隊長が今いる島で確実な情報が取れました。最寄りの支部にも司令が行ってますが成果が上がらず。隊長のとこにも、ついでにと」

「ついでか。ふふ。荒れてるものな、この街。で、情報とは? どんな動きだ」

“ついで”と余計な一言に笑いが漏れる。この正直で律儀なかわいい部下が好きだ。清廉とは彼のことを指すのだろうか。

「まず、目撃情報というのが、主犯は街を平気で歩きます。軍がそれを見つけて捕らえようとすると、周りの拳銃を持った民間人が庇うんです。それで、銃撃戦が起こる危険があるから、なかなか手を出しあぐねているようです」

「市民が人質で、敵か」

「民間人の何人か、既に銃を所持しています。犯行手口として、主犯グループは市民に“銃”と手紙だけを送るんです。通りすがりに懐に入れたり、あるいは宅配でだったり。今まで逃げ果せてこれたのも、火器と人数が多くて捕まえるのに厄介だから、と」

「銃と手紙を」

「はい。粗悪品の銃と“弾”の販売所です。半数の市民は使いませんが、それでも需要はあります」

武器の需要はよくわかる。人殺し、強盗、反政府運動。エトセトラ。どこにでも使える。銃の所持率が上がるほど、自己防衛に手に取りたがる奴も増える。

「奴らは顧客に弾を売ります。でも奪うのは金だけではありません。武器を違法に手にしたことを脅しに使って、口止めして低賃金で銃を作らせる労働力にもします」

「粗悪な武器一つでそこまでビジネスを回すか。まるで錬金術だな」

「卑劣ですよ……っ」

「ああ。そういう阿漕は正さねばならん。おれは出処と主犯をとらえればいいのだな?手紙の“販売所”とやらも囮だろう」

「いえ。出処はこちらで掴んでいます。あとは主犯だけです」

「ほう。早いな」

「喋らせました。ぼくじゃなくて別の部署の方ですけど」

大方、末端の誰かを捕まえて、拷問の得意なのが吐かせたのだろう。関係者が増えるたびに秘密ごとは漏れやすくなる。まして隠れる気もない犯行だ。チョロい。

「目標は……昔新聞で見たな。“ブローニング・ベッカー”だったか。特徴は?」

「身長が264cm、髪は茶。体格のいい男です。あと、アルコール中毒者って」

「ン。主犯の生死は?」

「問わない。とのこと。必要な情報は全て抜き出していますから」

コビーは一呼吸置いて言葉を紡ぐ。

「奴らは、抵抗します。銃を持っています。この司令が隊長のとこまで来たのも、赤旗の身にいるドレーク隊長が近づくのに有効だと判断されたから、と思います」

「そうだな。今まで海軍とかち合って、街中でぶっぱなされて来たのだろうし」

「ですから、ご武運を」

「ああ、中毒者の弾丸など当たらんよ」

やることといえばほとんど人殺しの司令を受けて、早々に支度をした。寝る気にもならない身体には丁度いい腹ごなしが入ったものだ。



「この街で、一番火薬臭い場所を尋ねたい」

日も傾いて、酒場のカウンターで早々の台詞。客が瓶を割る喧騒を放ってグラスを拭いている店主は「まず酒を頼め」とすごんだ。が、こちらの顔を見ればげっと顔を歪める。

「赤旗じゃねェか! よくもこんな場末に」

「赤旗だって場末に来る。ここには頭が阿呆になった酔っ払いしかいなくて、口が軽いのばかりだろう。情報の出入りが多いから、聞き出しやすいと思ったが。詳しいんじゃないのか?」

賞金首2億超の赤旗のガワは、無法者から情報を聞き出すのに役に立つ。大抵は怯んでなんでも喋ってくれる。悪党相手でも、いわゆる大物と喋っているという感覚は人を狂わせて口を軽くする。

「アンタみたいな人が場所を探すってなによ。そいつに恨みでもあんのか? この街で厄介なこと起こそうってんじゃないでしょうね。あ、あと酒頼んでくださいよ」

「危害は加えない。厄介な人は、起こすかもしれないが」

「その厄介とはおれのことか」

ずかと横に、大きな人影が視界の端に映る。不意に、強い酒の匂いが鼻をついた。酒場というのに、その男の匂いはなんとなく目立っていた。そのまま隣に座って、いきなりおれの肩に腕を回した。

「……その、酒の匂い。”エンサント”……?」

「詳しいじゃねえか。おれのお気に入りだよ」

目標の登場が都合のいいくらい早くてほくそ笑みそうだった。朝から見つかりやすいように、嗅ぎ回った甲斐がある。ご本人直々にお迎えにあげられたら、それはとてもときめくことだ。

その目の前にゆらりと現れた男の第一印象というのは、『父に似ている』というところだった。

おれより大きい体格とか、髪色とか、無骨な輪郭とか。それでいて、粗暴で小物臭く、尊大で見栄を張って高いものを好むタチに覚えがあった。

男からする匂いに心当たりがあって、銘柄まで当ててしまった。昔よく運んだから覚えている。父の好んだものだ。そんな所まで合致している。

「それより。赤旗の船長さんがわざわざおれを探しているのか、気になって会いに来たんだ。おれに何の用だ」

酔っ払いは何が目的でおれが近づいているのかもわからずに肩から手を撫で下ろして腰を掴む。馴れ馴れしいやつと思った。それは、尊大さからくる油断だと察する。

「主犯というのは裏に隠れ住んで糸を引くものだと思うが。随分散歩が好きなようだ」

「おれの街をおれが堂々と歩いて何が悪い?」

「銃の一つで、些か呑気がすぎないか? その距離、おれに弾丸を当てるつもりか」

「まさか、銃は一つではねェさ。皆が持ってる」

酒場の空気が張り詰めている。この中の何人か、いや、全員が既に火器を手にしているのだろう。こんな街じゃあ、そんなものを持たないとおちおち歩いてられないのだろうな。

おかげで、こいつの命令一つによって、きっとおれの頭に弾丸が飛んでくるのだ。勿論、そんなものに当たる気はないが。

「別に、怖いことは考えちゃあいない。何を撃とうと撃たれようと関係ないしな。そんなに火器を作って売って何をするんだろうって。貴様のようなのがすることだ。端金の為にこんなことをするわけじゃあないだろう?」

「ああそうだな。当てられるか?」

「はあ。クイズをしに来たんじゃないんだが。でも、そうだな。盛んな火器のやり取りといえば戦争か。紛争でもいい。おれは戦争が好き。だから、戦争がいいと思う」

「戦争かァ。いいなぁ。そういう劇薬の引き金をおれが持ってるってわけよ」

主犯の話を聞きながら指を組む。考えているのは、いかにこいつの心の隙に取り入るかだけ。正解なんてどうでもよかった。どうせ殺すつもりだから。

「なんにせよ。需要があるから商売できるのよ。欲しいものがあるのに買えないって、可哀想じゃないの?」

「……火器というのは、力というのは。強大なものだ。だからそれ相応の者が制御下に置いて管理しなければならない」

少し険しくなった顔に、椅子を後ろに傾かせながら笑いかける。

「……ふふ。おれは貴様になら、それができると思うんだよ。だから、会ってみたいと思った。そんな奴と話ができるのは、とても劇的で、興味深い」

「は、ははァ!元海軍将校殿は言うことが違うなァ!」

気の良くなることを聞いて、チンピラのマーチャントは机を叩いて笑った。そのまま酒を注文して、顎でおれに話をするのを促す。

「戦争は好きだ。たくさん人が死ぬから。おれは血と、硝煙の匂いが好き。滾って堪らなくなる」

「とんだ変態将校だなァ! シャボンディ諸島じゃあ億超ルーキー達の喧嘩の仲裁に入った優等生とも聞いたが、しっかり悪党してやがる」

「よせよ。昔のことだ。」

主犯と、ついでに何故かおれの元にも酒の注がれたグラスが持ってこられた。

「奢ってやるよ。もっと話せ」

主犯は随分と気を良くしていた。その矮小な精神性は、名乗りをあげる海賊の船長に目をつけられ、同等に話をして、持ち上げられて自尊心が満たされているのだろう。そういう人間に取り入るのは、楽だ。

「そうか。でも、おれも貴様の話を聞きたいんだ」

酒は飲む。けど、酔うと上手く聞き取れなくなるから、控えめでいたい。そう言って、腰を抱かれるままに、主犯へ身を委ねた。

「なんだよ。もう酔ったか? 飲んでないだろ」

「ここじゃない場所に行きたい。もっと静かな場所で、2人で……。戦争の引き金を持つ男のというのは、とても、ときめく。さっきから、ずっと、……疼いてる」

ぼうっとした目でグラスを眺め、腰を持つ男の手を握る。何か察して、でもやぶさかではなさそうにする。

「おい、まるで拾われたい女みてぇじゃねえか。そりゃあ、赤旗を抱いたってなりゃあ話のネタに向こう2年は困らねえがよ。おれは男抱く趣味は」

だったら、

「女をやってみせようか」

男の掴んだ手で何も無いおれの股座に触れてやれば、目を丸くして、その後にやと笑い出す。文字通り目の色が変わる。そんな様を目を薄めて笑ってやる。

目の前でこんなやり取りを見せられて店主もグラスを拭く手を止めてじっと睨んでいた。

「こいつは、ホントに、とんだ変態将校殿だわ」

男は酒を一気にかっこんで、金を叩き置く。おれの腰を抱いて立たせれば、目的地まで連れていこうとする。

「どこに行くんだ」

「一番いいホテルだ。でけェジャグジーがある」

聞いたものの、どこでも良かった。人目を切れる場所があれば、あとは処分するだけだった。

おれは、この男をどうにでもできる。だから、もう少しだけ付き合うことにした。

さて、さっきまでの与太話には嘘の中に本当を混ぜている。その方が人を騙せるからだ。 真実と虚実と理想的な比率は8:2。それには程遠いが、酔っ払いを唆すには十分の威力を発揮した。

力は制御下に置かないといけないという主張。戦争は許せる行為ではないが、硝煙の匂いは気が昂ること。そして、さっきから、ずっと疼くこと。それが、本当の話。

あのやり取り、気を良くした父と話しているようだった。そういう時の父は、殴らないから好きだった。

今朝の夢を思い出して、ずっと押し込めてた願望が這い上がる。

酒の匂いと、あの大きな手にあてられて、身体がちょっと変になってしまったんだ。下着がとっくに濡れていて、歩く度それに擽られるのがもどかしかった。



「んっ、……はぁっ、ん、んぅ……」

「この! 変態将校が! 男にケツ叩かれて嬉しいのかよ!」

深夜のホテル。片足に下履が絡まったまま、ろくに服も脱がないでしけこんでいる。おれはシーツに噛み付いて熱い呼気を漏らしていた。胎の中の熱くて固い肉を包んで味わう。時々臀を叩かれるときゅうとナカが締まった。

「まさか元海軍将校殿がおまんこ持った淫乱とはねェ! 風紀乱すから追放されたのかな?」

「あ゛っ、んっ、ん、」

「返事しろ! ムチムチ禁止! ちんぽ持ってくつもりかクソ淫売。船員泣くぞ」

「んっ、あっ、……外のことは、思い出さすな……。今は、貴様と、いたい」

「へえ……。かわいいこと言うじゃねえの。赤旗がメス犬になる趣味をお持ちとはな」

主犯が腰を掴んで強引に奥を抉る。こんな無理矢理なやり方でも、おれの具合は大分よくなっていた。

「脱がした時からぐしょぐしょとはねェ。そんなにおれに抱かれたかったのかな? デカケツで前が見えねぇよ」

「ん、あ゛っ、ぁぐ、」

アルコールの匂いが、父の纏っていた匂いが頭を蕩かす。父と同じ体重が身体に乗っかっている。父と同じ髪がおれの頬に触れる。父と同じ手がおれの手を掴む。

実質、父親に良くしてもらってるのと同じじゃないか。そう思うと、おれの腰は火がついたみたいに熱くなる。もっと。と、叫んでいる。

後2時間もすれば全部なかったことになる。だから、今だけは、好きにさせて欲しい。あの日見た夢を叶えたい。

アルコールに触れた脳は、これがどれだけ愚かで倫理に触れることかわかっていても、停止線を踏み越えた。

「はっ、あ、なあ。……いいか」

「あ? なんだ、赤旗?」

無理に上体を捻って男の顔を見上げる。男は情欲に浸る目でおれを見下ろしていた。それがぶつけられるだけで、また子宮が発情する。

「……っ、ドリィって、呼んで、ほしい。赤旗じゃあ、さみしい。から」

涙で潤んだ瞳でそう言ってしまえば、男はなんでも言うことを聞いた。おれの後ろ髪を引っ掴んでシーツに突っ伏す。

「ドリィ、気持ちいいかよ?」

「……っ!、……!!」

耳元に囁かれて、いっとう鼓動がドクとなった。耳が熱い。鼓動が早くなって、無意識に腰が浮く。

「はっ、あ、あぁ……、それ、いい……っ」

恋人にやるように愛称を甘く囁きながら、赤くなった耳を甘噛みされる。じゅぷと舐め上げられれば長い恍惚が漏れた。アルコールの匂いにもっと触れたくなって、自分から男に唇を重ねた。そうしたら、男はおれの頭を掴んで、貪るように多い被さった。繋がったまま仰向けにされて、正常位に移る。おれの秘部が音を立ててかき回されて、ビクと足が跳ねた。

「はっ、はぷ、ん、んっ」

男の舌にされるがままに口内を蹂躙される。ぐちゅと唾液が絡まってきて、喉奥がアルコールを注がれたみたいに熱くなる。誰の分かわからない涎が口端に溢れた。

「……、……っ!、ぷはっ、はっ、はあっ」

長いこと唇が重ねられて、息が上手くできなくなってきた頃にようやく離された。酸欠気味の脳に必死に酸素を送るおれを、男は満足気に眺め頭を撫でた。

「ドリィ、足あげろ。可愛がってやる」

「……、はい……っ!」

 『可愛がってやる』というワードがやけに心を躍らせて、自分から膝を抱えて足を広げる。そうだ。ぼくはずっと、父さんにそうしてほしかった。

「……っ、ひっ、あ゛ァっ、あ゛っ」

この姿勢になると、杭を打たれるみたいにいっそう深いとこまで肉が突き立てられた。揺さぶられる度に声が漏れる。

「おらよ! 乳首も可愛がってやる! 淫乱乳首でイケよ!」

「ぅあ゛っ!?、あ゛っ、……ぐゥっ」

男の手は乱暴だった。好きなように腰を抉って、女と同じようにおれの胸を揉んで、手のひらで固くなった部分を転がした。ぎゅうと固く勃ちあがったそこを摘んだら引っ張り上げて、ぐりぐりと弄くり回す。

「なんだあ、乳首も調教済みかよ。全身セックスシンボルだな!」

「あ゛っ、そこ、だめ、……ん、へんに、なる」

「元々変だろメス乳首しやがって! 痛くしてごめんね。先端カリカリ引っ掻いてあげるね」

「あ……っ、ん、っ、んん、」

甘い声を漏らすと男は喜んでそこを弄り続けた。おれのそこも、昔に弄られ続けた時から感度が良いままで変わらないらしい。胸を反らして弄りやすいように突き出して、そこをぎゅうと弄られれば愛液を溢れさせてきゅうと中を締め上げることを覚えさせられた。

貴方がそう覚えるように差し向けたようなものじゃないか。

「あ゛、おれ、もう、はあっ、イ、イキた、い。……おねがい」

自分で開いた股は尻穴まで愛液が溢れてとろとろに垂れている。道具にやるような乱暴な性衝動相手でも、父のような姿をしているだけでグズグズに溶けてしまった。

「わかったよ。ナカ出してやる。イカしてやるから存分に媚びろ」

男の声にこくこくと頷くと、自分から腰を打ち付けた。肉の先と、おれの子宮口がぶつかる。その、一番いい所を逃がさないように腰を掴まれ、奥をごりごりとなんども往復した。

「あ゛ぁッ!?、ッ、あ゛ーーー〜〜!!」

中で激しく動かれて、自分の腹から下品な水音が響く。頭を閃光が焼いて思考がトンでいく。快楽にしがみつきたくて、自分から足を男の腰に巻き付けて逃げないように縛った。男もおれを逃がす気がないようで、シーツを掴んだおれの指を解いて手を繋ぐ。

「ドリィ、口開けろ。噛んだら殺すからな」

「はっ、はいっ♡ ……は、ぷ」

 男は片手の指をおれの口に突っ込んだ。無遠慮に喉奥やら舌の裏やらぐちゅぐちゅと口内を荒らす。おれもそれに答えるように男の指を舐めた。喉奥を擦られるとえづきが止まらなくなる。でも吐くと殴られるから、堪えて堪えて、ちゅうと指を吸った。

殺すとか、らんぼうなことを言われるとドキドキする。殺さないでって、一生懸命かわいくて都合のいいドリィにならなきゃって思う。

「んっ、んん、むっ、ふう゛っ、ふうーッ♡」

 上からも下からも下品な音が止まない。脳が熱い。おれはいま、父さんとえっちなキスをして、口の中を撫でてもらって、いっぱい気持ちよくなっている。

 父さんはいっぱいおれを求めて、おれのお腹におちんちんぶっ刺して、見下してたおれと一緒になってえっちしてる。

「イクか? ドリィ、イクよな! おい!」

「うん、イく♡、イきますっ♡ 父さん♡♡」

 その時、ナカが濡れたみたいに熱くなった。ゴム越しにおれの子宮口に熱い精液が叩きつけられる。男の身体がぎゅうとしがみつくみたいにおれを抱いて、なんだかそれがとても可愛らしくて頭を撫でた。

胎で震えた肉が緩くなって、ゆっくりと引き抜かれる。その余韻ですら甘イキした。

「おい。今お前、なんて言った」

おれは結構満足していたけど、見上げた男の顔は酷く不可解そうにしていた。好きに身体を弄ったのは貴方なのに、何が不満なんだろうか。早くシーツの中で二人でいちゃいちゃしたいのに。

「……? イく、とか?」

「『父さん』って、言ったよな」

男はおぞましいものを見るようにおれを見た。怯えているようだった。おれはそれが腹立たしかった。父のような顔をして父のらしくないことをするのは、酷く苛立った。

「いけませんか? 父さんを父さんと呼んじゃ」

「お父さん?! おれが? うわっ!」

言い切る前に、反射的に男の顔を殴った。男がベッドの上に突っ伏して、その上におれは乗っかった。

「この、イカれファザコン野郎が! おれはカウンセリングのためにセックスしたんじゃねえよ!」

「駄目じゃないか。父さん。ちゃんと父さんらしくしてなきゃ」

「は、はァ〜〜〜??」

ベッドの上で、男が鼻を抑えて後ずさる。その仕草が気に入らない。

「父さんはね、おれ相手に怖がったりしないんだよ。父さんは、おれをドリィと呼んで好きに使って、おれを殴って、酷いことを怒鳴らないといけないんだよ」

それで、その後に、おれを撫でて、優しくしてくれないと。

 父さんが怖がっているようだったから、安心させたくて抱き締めた。父はまだ、おれの腕の中で震えている。殴られて鼻血を出していたから、鼻を摘んで止めてあげるのを手伝う。温い液体で手袋が湿っていく。

血の匂いとアルコールが、あの船と似た匂いを持っていた。とても恐ろしくて二度と戻りたくない場所のはずなのに、こんな場所に父を置いていってはいけないからと、なにか万能じみた慈愛の精神が満ちてくる。

おれの心は穏やかだった。人のために尽くすということが何よりの喜びだと感じた。

父の萎えた陰茎からゴムを引き抜いて投げた。そのまま、まだ、ぐちょぐちょに濡れるおれの股座を直に擦りつける。

「父さん。ふふ、かわいそうに、おれが一緒に居てあげますからね」

「はっ、はっ、クソ、冗談じゃねェ……」

「あの娼婦とした時も……、もっとしていたでしょう? 一回だけじゃ足りませんよね。おれも、したりない」

逃げようとする父の足を、恐竜になった腕で掴んだ。父は酷く怯える。

「父さん、あのね。ぼくはね、貴方を好きにできる力を持っています。いや、あの船にいる時から持っていました。一番腕が立つのはおれだったでしょう。寝ている時だって酔っ払ってる時だって、ぼくはいつでも、貴方の脳天に弾丸を撃ち込めたんだ」

腰を擦り付けて、無理矢理に勃たせていたら、父のは若干固くなっていた。男の人というのはこういうものだ。

「それをしなかったのはね。貴方に優しくされたかっただけなんです。ね、ぼくに優しくしてくれたら、それだけでいいんだよ」

乾いた血の張り付く父の唇にキスをした。湿った唇に血が溶けて、塩辛くて鉄臭い。悪い毒を飲んだみたいに、妙に滾る。

「貴方は、今まで通りぼくを逃がさないで、ドリィと呼んでいればいい。……こんな寒い日に死にたくないよね」

怯える父に優しくするのは、とても気分がよかった。万能感が肥大化する。あの時の雪辱を晴らすようだ。このひとを、おれなしでは生きられない身体にしてしまえば、おれに優しくしてやるしかなくなるんだ。おれが、父さんを元に戻せる。

「父さん、本当にお父さんになっちゃうね……♡」

避妊具も何も付けないまま、じゅぷと自分の胎を打ち付けた。精液塗れのそれに、おれの愛液が絡まっていく。手を結んで逃げられなくして、じゅぽじゅぽと音を立てて動かしてやれば、おれの下で父は呻いた。

「やめろ! クソ! イカれ淫売が!」

「そうさせたのは貴方だろ!? ……ほら、見栄張んなくていいんですよ♡ いっぱいおれの中で気持ちよくなってください♡ 父さん♡」

父さんの耳元で、甘く囁く。好きとか、気持ちいいとか、そんな言葉を吐く。腰を動かしてたら、父さんのが固くておっきくなる。おれのナカにあの、血管びきびきの強くて凶悪なのが入ってると思うと、また絶頂感が登ってきた。

「はあっ、かわいい♡ いっぱいよしよししてやるっ……♡ 父さんの、つよつよおちんちん♡ いいこ、いいこ♡」

「クソっ! はなせ! 殺すぞ! ンっ、ぎゃあッ」

暴れる父さんを抑え込んで、ドスドスと音を立てながらベッドごと腰を打ち付ける。マットレスがぶち抜かれそうな程ぎしぎしと鳴ってうるさい。

「ふふ、抵抗できないだろ♡ ね、父さん。こんなに、おっきくなったんだよ。もう、父さんに負けないよ、おれ。強いでしょ? 腰抜けなんて二度と言えないなっ♡」

「あ゛ッ、がっ、ぐあっ、」

腰が砕けそうになる衝撃をもろに食らってか、父はさっきからベッドと一緒に呻いている。おれがこんなにおっきくなって、びっくりしてるだろうな。

「出せ♡、出しちゃえ♡ 息子相手にせーえき漏らして父さんになっちゃえ♡」

耳元で出せ、イケと命令しながら、覆いかぶさって腰を振る。昔、上に乗せられて動かされたときはちっとも動けなかったけど、今は身体を鍛えたお陰が休まずにずっと効率よく絞れる。

「あ゛っ、ああッ、っああ゛!!」

「……っ♡、ふふ♡、〜〜〜っ♡♡」

やっと出してくれたね。父さんのがおれの中で震えて、熱いのが溢れてくる。1発出したというのに、量はそんなに減らなかった。あんなこと言って、ぼくのお腹にいっぱい注ぎ込んでくれる。やっぱり、父さんはぼくのことがすきなんだね。

「やった……っ♡ 父さんっ♡ すき、すき♡」

それが嬉しくて嬉しくて、汗ばむ父の身体に抱きつく。今抜いて熱が散ってしまうのが勿体なくて繋がったまま抱きしめた。

「も、もう離せ、十分だろ」

「だめ。まだ、する♡」

おれがいたずらっぽく笑うと父は青ざめた。そんな父を押し倒しながら、汗ばんだ髪をかきあげる。視界の端に時計が映る。時刻は深夜1時過ぎ。こんなに起きているのは、昔の、一緒に星を見に行った時以来か。7歳の頃の、流星群だったか、彗星みたいな、大きな流れ星。

浸ろうとした思い出は、なぜか霞んで消えてった。血と、アルコールと、人間の匂い。それが肺に詰まって、おれの脳にもやをかける。停止線は見えない。

それでもよかった。目の前の、優しい父さんと一緒にいられる方がずっと嬉しかった。

「いっぱい夜更かししようね。父さん♡」


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「父さんは、あのとき、おれをぶったよね。あれ、痛かったし悲しかった」

風呂上がりの火照った身体をベッドに放って、天井を眺めながら隣の父に話しかける。父はとっくに眠ってしまって、何も喋らない。

「こんなことを教えたのは、貴方で。それに、子供のできない身体にしたのも貴方ですのに」

何も喋らない父の左手を握る。

「そうですね。その方がマシだ。血の繋がった人間を犯すだなんて、どうかしてます。……どうかしてる、んだよな……」

でもね。父さん、ぼくはね。まともに愛されたかっただけなんだよ。

 手に取った左手を自分の額に当てた。冷めきってちっとも動かないそれを使って自分の前髪を撫でてみる。

「あれから。貴方から離れて。海軍に入ったんです。ええ、貴方の憎んだ海軍に。それから、あの時の貴方と同じ階級まで来ました。よく頑張ったでしょう?」

体温は不可逆。握る手のひらはどんどん冷えていく。やわらかくてすべすべして、ひんやりして心地いい。心地いいけど、長く持たないなと、手放した。

はあと、長い溜息を着く。おれは何をしているんだろう。こんなことしたってどうにもならないのに。馬鹿馬鹿しい。

はしゃいで動きすぎたせいか、四肢に鉛が詰まったみたいに動きが悪い。さっきも、シャワー中になぜか気分が悪くなって嘔吐した。それから、濯いでも濯いでも、なにか窒息する感覚が離れなくて、焼かれた喉が痛む。

ぼっとしても何も具合は好転せず。とりあえず任務は済んだので連絡をする。一人の部屋に、電伝虫の呼出音が響いた。

「コビー、おれだ。……こんな早朝によく起きているな」

「はい。ちょっと書類まとめるのが時間かかってて。早くに起きたんです。あ、海!」

律儀で懸命な部下の声を聞いて、少しだけ心が落ち着く。合言葉に応えて、お互い切り上げて早く寝たいだろう。と、早々に報告を済ます。

「今朝……いや、昨日か。連絡された対象は終了した。掃除は、こちらで勝手にやっていいか? 必要ないんだろう」

「ええ? 早いですね……。あ、はい。いつもの掃除屋さんに頼めばいいかと」

わかりやすくて助かる。報告も済んだし切るかと思えば、電話口の彼が引き止める。

「あ、あの。ドレーク隊長、休んでくださいね?」

「……」

「え、隊長? 大丈夫ですか」

「ン。あ、いやな。そういえばおれはドレークって名前だったなって」

やっぱりめちゃくちゃ疲れてるじゃないですか!そんな悲鳴みたいなツッコミが電子音に響く。

「疲れてるって、そういう風に聞こえたか」

「はい……。隊長の声、そんな風にきこえます。そちら乾燥してますか。喉とか辛そうですし。あと、なんだろう。隊長、今一人ですよね? ……子供の声もする」

「コビー。入るな」

とても冷めた声が割り込んで、彼の口を塞いだ。咄嗟の危機感に触れて、部下の心配を無下にしてしまう。彼は途方もなく聡いから、おれのどうしようもなく触れられてくない側面に踏み込まれてしまいそうで、それがとても恐ろしかった。

「すまない。貴様の前くらいでは、清廉な上官でいたいんだよ。とても、見せたくないものがある」

「……ドレーク隊長にも、誰にも見せたくないものがあるというのはわかります。隠し事ってみんなにありますから。……ぼくは、隊長がそういうなら、踏み込む気はありません。単純に元気でいられるかが気にかかっただけです。ただのお節介ですよ」

コビーは気にしてないといいたげに笑った。その健気さが、おれの胸を刺す。こんな精錬な人間に、いや、きっとおれ以外の誰にも、おれと同じ願望には一生到達しないのだろうな。

おれは、ベッドの上の、父に似た死体を一瞥する。

もし、上官殿が、終了対象で父親に抱かれたいと願った欲を発散して、そのあと殺したと知れば、彼はどんな顔をするのだろうか。

「そう、心配されるようなことではない……」

時間が作れたら、お前が言うように休んでみよう。と、薄く笑ってみせて通信を切る。通信を切れば、二人の意識の没頭したつながりは絶えて、再び、自分が薄暗い冷めた部屋に一人でいることを認識する。

やることも済んだので、凝った身体を伸ばしながらベッドから立ち上がって部屋を後にする。その時に、もう一度死体を見た。

おれが作った死体。おれが爪で喉に穴を開けて殺した死体。

枕の下で血のあぶくを吐きながら死んだ父の顔を想像すると、物悲しくも少しだけ解放されたような気にはなった。が、それでも空虚だった。

 いつでも殺せるなんて思ったが、そんなことは言い訳で、逃げだ。結局、いつでもできたのに殺せなかった時点で、敗けていたんだ。

いや、そもそもおれは父を殺したいだなんて一つも思っていなくて、もっと純粋に、おれは親に親をやっていてほしかったと願っていた、はず。

おれは似ている他人を犯しただけ。似ている他人を殺しただけ。そんなことで、父を取り戻すこともしがらみを剥がすこともできないのだから、この感情は当然。それがわかっていて、何故自分がこんなことをしてしまったのかの整理もつかぬまま、階段を降りて、カウンターに顔を出す。何故か一人で出てきたおれを見て店主は眉を顰めた。

「あの、お連れの方は」

「……。寝ているんだ。起きない」

それだけ言って、店主に金の詰まった袋を突き出す。店主は多すぎる金の違和感に目を見張る。

「部屋代と、掃除代と、弁償代だ。足りるな」

「え、ええ。まあ」

「悪いな。枕とシーツは新しいのを買ってくれ。掃除屋は、このメモの通りのを呼べばいい」

それと。と、耳を貸すように指示を出す。カウンターに身を乗り出す店主へ耳打ちする。

「怖いものは見たくないよな」

このこと、他の誰にも言ってはいけないよ。貴様は黙って金を受け取って、あの部屋にも入らないで、言われた通りにしてくれればいい。できるな?

それだけ言って、あとはチップとして、店主の胸ポケットに札をねじ込む。異形の鱗だらけの腕でそうしてしまえば何が目的の“チップ”かも想像できるだろう。店主は青ざめた顔でうんうんと頷いた。話が早くて助かる。

 店主が怯えないように、少しだけ口角を上げて笑って見せて、その場を去った。

残りの処理は、支部の海兵がどうにかしろ。頭領なしの統率の取れなくなった下っ端の片付けくらいやってもらいたいものだ。銃の方も、暴発する粗悪品と知らしめれば、使うのは自殺志願者くらいになる。それだけで被害は半分くらい減る。

 早朝の日差し。照りつける海面。あのホテルには二度と世話にならないことを願って、帰路に着く。

 朝になったからまともにならないとな。


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