ドクターの選択

ドクターの選択


正宗が酷い怪我をした。

命に別状は無い。だが前線に立たせることは医者として許可できないし、研究もしばらく休んでもらわなければ。正宗はすでに自分の痛みや疲れがわからないのだから、私が管理してやらないと。

「恭太郎くんと清長くんは……無事か……?」

「二人は軽傷だ」

「それなら、よかった……」

発熱の中でも仲間を真っ先に気遣うのがいじらしい。ソファで互いを貪り合っているとは言わなかった。もし伝えればすぐさま机に向かってしまう。

「あいつらの心配はしなくていいから休め」

「そんな、駄目だよ。ただでさえ逼迫しているんだ。私がずっと寝ているわけにはいかない」

「医者の立場で言ってるんだ。正宗はここで安静にしていろ」

「でも……」

渋る正宗をベッドへ押し込む。

「幻夢で保護されたバグスターたちに君の世話を言いつけてある」

待って、と追い縋る声をドアで遮った。それなりの高級品なのに色々な液体で汚れたソファが、恭太郎の呻きに合わせてぎしぎしと軋んでいる。いつものことなので今更気に留めない。

「寝室でやるなよ」

それだけ言うと恭太郎がこちらを睨んできた。



主要戦力がいなくても悪性バグスターたちの襲撃は休まらない。今日の戦いで増えた傷を恭太郎に縫わせていると、寝室のドアが開いた。まだ覚束ない足取りで正宗が現れる。

「みんな……無事だよね……?」

「正宗! 寝ていろと言ったはずだ!」

私は立ち上がり、正宗をベッドに戻す。まだ縫合中だぞと言われたが知ったことか。

ベッドにはノートパソコンとガシャットがある。出した薬は飲んだようだがゼリー飲料の空き箱もあった。

「なぜ安静にしない!」

「だ、だって、一人で待つのは怖いんだ」

出会った頃より幾分か痩せた手が私のシャツを掴んだ。

「みんなが二度と戻らなかったらどうしようって……私だけ守られても、みんながいなければ意味がないのに……」

正宗は幻夢コーポレーション社長として我々の装備開発やバグスターの保護にも取り組んでおり、ゲーム病と悪性バグスター被害を元から──つまりゲームの流通そのものから絶ちたい政府とは相性が悪い。一時は暗殺の噂すら出たほどの重要人物だ。そんな彼を守るのは最重要事項だけど、正宗は一人で待つのを酷く嫌がる。

「どうすれば側に居させてくれる?」

濡れた瞳が私を移す。

「……すまない」

私は正宗の手を振り払った。

胸の中には彼から縋られることへの確かな喜びや優越感があった。それは認めよう。けれど私は愛する家族のためにも正宗の懇願を受け入れられない。

「恭太郎と清長が心配していた。安静にとは言ったが、見舞いくらいはいいだろう」

それが何を起こすかは当然わかっている。

ドアを開けたとき、縫い掛けの傷が再び開いて、ズキズキと痛んだ。


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