トンチキだよ
経緯としては謎特異点で野良サーヴァントの噂を聞いて仲間にできたらいいよねよっしゃ会いに行くかってタイミングのイメージで書いてます
街の人の噂話を頼りに辿り付いたその場所には確かに小さいが立派な館があった。
手入れはされているようだがあまり人の気配はせず、静かなものだ。
「ごめんくださーい」
備え付けられたドアノッカーを鳴らしてしばらく待つ。
「はいはい、どちら様?」
そう時間が経たないうちに扉が開かれ、背の高い男が姿を表した。年齢は30歳を少し過ぎた程だろうか。金の髪に緑の目を持つその男は一瞬不思議そうな表情になったが、すぐに俺達に向けて笑顔を浮かべてみせた。
「はじめまして、かな?私に何の用だろうか」
穏やかに微笑む男からは敵意らしきものは感じない。しかしその内に渦巻く濃密な魔力が彼がサーヴァントという超常の存在なのだと示していた。
「何故お前が居る、の……」
が、しかし。
隣から聞こえた濁流のような低く淀んだ声に喉がヒクリと鳴る。声の元から膨大な魔力と殺気が膨れ上がり、肌がピリピリと灼け付く感覚に襲われた。
見たくない。全力でスルーしたい。そんな現実逃避を振り払い恐る恐るそちらを窺えば、兄に倣ったと主張していた現代服から都市の精霊としての姿へと再臨したテノチティトランが怒気を顕にして男を睨み上げていた。
「エルナン・コルテス!」
「…?おかしいな。一度会えば君のような可憐な人を忘れるはずがないんだが」
「ふざけないで!」
「ストップテノチティトラン!落ち着いて!」
「テノチティトランだって?」
今度は男…コルテスが裏返った声を張り上げた。全くもって予想外だったらしく、怒り狂う精霊の険が見えていない訳ではなかろうにずいと寄ってはまじまじとその姿を観察している。
「あの湖上都市が君だと?凄いな、何でもアリなのかサーヴァントってやつは」
「ジロジロ見ないで汚らわしい。お前が私にした事を忘れたとは言わせない、わ」
「待って待って!」
対照的な両者の間に割って入って会話を遮る。このままではここに巨大ロボが登場しそうだ。
「…いいさ。君たちが訪ねて来た理由はだいたい想像はつく。おおかた特異点解決のために中立サーヴァントを自陣に引き入れたいとか、そんなところだろう?」
「はいその通りです」
「マスター!私は嫌です。他のサーヴァントならともかく、この男と一緒に戦うなんて無理!」
「これは手厳しいな。言われて当然ではあるが」
眦を釣り上げて嫌悪をアピールするテノチティトランを見る限りでは確かに共闘は難しそうだ。
事ここに至ってコルテスが敵対の意思を見せないだけまだ幸運な方だろう。
「さてどうするマスター君?私は特異点の行く末になど興味は無い。その私を奮い立たせてみせるかい?それとも万一気まぐれを起こした時のためここで討つとか?」
「ふーんいいアイディア、ね。やりましょうマスター今すぐマグマのシャワーで溶かしてみせます」
「やらないってば。あの、せめてこの特異点についていくつか質問してもいいですか?」
「質問なぁ」
コルテスの鮮やかな緑色をした瞳が値踏みするかのように細められる。表情こそ笑顔の形をしていても少しも楽しくはなさそうだ。
「いいよ。立ち話もなんだ、上がっていくといい」
「ありがとうございます!」
コートの裾を翻して館へ入っていくコルテスに続いて屋内へ踏み入る。
テノチティトランはきっと渋るだろうから、なんとか説得しようと振り返って、彼女の様子がおかしい事に気付いた。
「テノチティトラン?」
怒っているだろうな、とは思った。けれど室内に入ってすぐの所で立ち尽くす彼女は何か信じられないものを見たかのように黒々と潤んだ瞳を見張って、薄く開いた唇は小さく戦慄いている。
「どうした?」
着いてこない事を不思議に思ったのか引き返して来たコルテスをテノチティトランはゆっくり見上げて、そして、
「嘘」
震える声でそう溢したかと思えばテノチティトランは館の奥、明らかにどこかを目指して弾けるように駆け出す。
「ッ、待て!」
「ちょっ、何!?」
コルテスもまた余裕の笑顔は剥がれ落ち、焦りをはっきり浮かべながらテノチティトランの後を追って走り出す。
一人出遅れた俺はなんとかコルテスを見失わないよう走って、両開きの扉を押し開けた体勢のまま固まるテノチティトランと、そのすぐ側で額を押さえるコルテスに追い付いた。
二人の隙間からこっそり部屋の中を覗き込む。
精巧な模様を描く絨毯の上に寝転がってクッションに身を預けた少年の、瑞々しく張った褐色の太腿が白いシャツの裾から惜しげもなく晒されている。
辺りには本や空のコップが転がり、どこまでも怠惰で、それでいて官能的な光景だった。……少年が酸素を求める金魚のように口をはくはくと動かしていなければ、の話だが。
「……トラロック神?え、何故…?」
「何故、はこちらの台詞なのだけど…?」
あの少年には覚えがある。今はもう無い異聞帯ミクトランでオセロトルの王として君臨していた、汎人類史のモテクソマ2世の魂を持つ神造の人間イスカリ。
かつて汎人類史への憎しみと怒りを憚る事なくぶつけてきた彼はずっと張り詰めた空気を纏っていた。それがなんとも緩んでいる。
「オイ君それ私のシャツじゃないか。何やら不穏な誤解が生じそうだから勘弁してくれないか」
テノチティトランの横を通り抜け、コルテスが長身を折り曲げイスカリと目線を合わせ話し掛けている。
イスカリは不服そうな表情こそしていたが、コルテスに強く反発する様子はみられない。彼らの間に起こった事を思えばテノチティトランのように激怒してもおかしくなさそうなのだが。
「寝ながらショコラトルでも飲んで溢しやがったな?それは置いといてもな、体を冷やしたらどうするんだ。せめて下は履いてくれ」
「馬鹿を言うな!ちゃんと着ている!」
「捲らない!」
「お母さんかな?」
思わずツッコミを入れてしまった。
それでようやく俺の存在に気付いたのか、イスカリの暗く淀んだ瞳が俺とテノチティトランを見比べて、どろりとした澱のような恨みが向けられる。
かつてミクトランで俺達が彼女の宝具に救われた時も彼は動揺を顕にして彼女の裏切りを否定していた。彼からしてみれば見ていて不服な光景ではあるだろう。
そんなイスカリにコルテスは自分のコートを頭から被せて彼から俺へ、あるいは俺から彼への視線を遮った。
「一度落ち着いて言い訳…じゃなかった、説明をさせてくれ。ほら出た出た」
コルテスは俺達の背を押して部屋を追い出して、扉をゆっくりと閉めた。確かにあまり落ち着いて話せそうにない。
テノチティトランも今度はおとなしくコルテスの誘導に従い、案内された客間のソファで膝を揃え小さくなって座っていた。
「念の為言っておくが私は別に彼を手篭めにしている訳ではない」
「そうだと言っていたら本当に宝具でぶっ飛ばしてた、わ」
「怖い怖い。でもあれは単純に拗ねてるだけさ」
「えっ」
「確かに彼はいじけると一人で部屋に籠ろうとするけど!」
「そうなの!?」
「モテクソマの労いの言葉を無視して浮かれていたお前がそれを言うの!?」
「反省してるんだからそれは蒸し返さないでくれ!…とにかく!」
コルテスは一度咳払いをして、俺達に向き直る。
「私はあの部屋に鍵を掛けてない、彼を鎖で繋いでもいない。無辜の民を人質にしてもいない。今回ばかりは彼は自分の意思であの部屋に留まっている」
言われてみればイスカリの居た部屋の扉にはテノチティトランがこじ開けたような痕跡は無かった。室内も、散らかってこそいたが誰かが暴れたようには見えない。
「怠惰に過ごしているように見えただろうけど、あれでもかなりマシになった方なんだ。私がこの特異点で彼を見つけた時はそれはもう酷かった。あのまま自責の念だけで消えてしまうんじゃないかと思う程だったね」
金髪を搔き乱すコルテスにもう笑顔は浮かんでいない。いつでも迎え撃つ準備がもう彼の中では整っている。
「帰ってくれないか。今はまだ君たちの存在は刺激にしかならなさそうだ」
コルテスの館から追い出され、仮拠点で一息つく。今後の方針を決めなくてはならないが、その前にやることがある。
「テノチティトラン」
できるだけ責めるような声色にならないよう気をつけていたけれど、テノチティトランの細い肩はビクリと跳ねた。きっと彼女の中にある消化しきれない思いが臆病にさせてしまっているのだろう。
「テノチティトランはさ、どうしたい?」
「…分からない。分からないんです、マスター。私はイスカリと一年を過ごした異聞帯で召喚されたテノチティトランじゃない。彼が守りたかった都市は私じゃない。私はそれを記録で見て知っているだけ。でも…」
「でも、イスカリはモテクソマ2世だから?」
「…はい。かつて私を愛し、私を磨き、私を滅ぼした王。その魂を前にして私はどうしたらいいのか分からなくなってしまった。コルテスの手元に置いておくのは怖いのに、私が彼に何かをしたいと思っていい、の?…そう迷ってしまったんです」
「そっか。大切な王様だったのなら、失うのは怖いよね」
人の営みを愛した精霊である彼女にとって、かつて自分の傍らで生きた命がそれを潰えさせた人物のすぐ側に居ては恐ろしくもなるだろう。
母か姉のような。そんな慈しむ感情を彼女は彼に抱いたままだ。
それを蔑ろにはしたくない。何とかしてやれないだろうか。
「そういえばさっきテノチティトランはイスカリが居た部屋に迷いなく走っていったように見えたけど、どうしてそれが分かったの?」
「そ、れは…私……そう、あの館に踏み込んだ時に『ここは私の一部だ』と感じたんです」
「テノチティトランの一部?あんまりアステカの建築には見えなかったけど」
「ええ、その通りです、ね。けれど私には自分の体の一部がそっくりそのまま模型として眼前に置いてあったような感覚がありました」
「それは…ちょっと気持ち悪いかな…」
「全くだわ!しんっじらんないあの性悪スペイン人!…失礼。ともかくあの館はエルナン・コルテスのスキルか宝具の影響下にあったかと」
「それって、もしかして俺達って結構ピンチだった?」
「それは…どうでしょうか。少し昔話をしますね。かつてモテクソマ2世はテノチティトランを訪れたスペイン人らに宮殿を一つ貸し与えました。しかし王は虜囚の身となり、そこに捕われる事となった」
じわりと背に冷や汗が浮かぶ。俺の想像が正しければコルテスは、一つ大きな嘘を吐いている。
「あの館はおそらく、コルテスによって『王を閉じ込めておくための空間』としての性質を付与されています」
無粋な客人達を追い返し、彼のために誂えた部屋へと戻る。
途中肘を引っ掛けた花瓶を落としそうになってようやく自分が焦っている事を自覚した。彼にはこんな情けない姿を見せたくない。一度深呼吸をして荒ぶる鼓動を嗜め、なんとか平静を取り繕ってから扉を開き部屋の中へ入る。
そこでは私のコートに包まったイスカリが小山を作って唸り声を上げていた。予想していた通りの光景ではあったが、なんとも愛くるしい生き物である。
「トラロック神にあんな姿を見られてしまった…なんという失態だ…うう、」
「だからせめて床に転がるのはやめておけと言ったんだ」
「コルテス…」
「彼らには帰って貰ったよ。そもそも協力する理由も敵対する理由も無い。戦ってまで欲しいものなんて、今の私たちには何にもないんだからね」
「そう、だろうか」
「そうさ」
コートの小山に覆いかぶさってすっかり小さくなってしまった王を全身で抱き締める。
そうだとも、私は欲しいものをとっくに手に入れているのだから。
「この特異点が残るにしろ続くにしろ、気の済むまでここに居たらいいんだ」
余談:コルテスがあっさり自分のテリトリーにマスター達を入れたのは状況次第ではテノちをイスカリ君にプレゼントしようかと考えてたからです
侵入を許したばっかりにそこから楽園が崩れていくのがなんとも因果