トレーナーさんがエースの実家に帰る話
夏合宿が終わったその日、俺は自家用車で合宿所から嫁であるエースの実家に向かった。
近頃物騒な事件が多く、俺が居ない間に何かあったら…と不安だったため、合宿期間中は義実家に居るようエースに頼んだのだ。
エースは申し訳なさそうにしつつも、久しぶりに両親と過ごせる事に喜んでいて、予め電話で義両親にお願いしたら、お2人は快く受け入れてくれた。
娘が産まれてからは、「孫と過ごせて嬉しい」と言われ、娘も義両親によく懐いていて、あまり家に居ない俺の事が嫌いになってしまわないか心配になっている。
そんな不安を抱えつつ高速道路を使って車を走らせ、途中のパーキングエリアで手土産を買って、事故を起こす事なくエースの実家に着く。
合宿所を出た時はまだ東側にあった太陽が西側へと移動していてほぼ夜に近い夕方になっていた。
車から降り、田舎特有の匂いと、カエルの大合唱を耳にしながら義実家の呼び鈴を鳴らす。
引き戸の奥から足音が聞こえ、玄関照明が付くと、引き戸が開かれた。
「あなた!おかえり!」
出迎えてくれたのは、最愛の嫁だった。
「…ただいま!」
合宿中は毎日テレビ電話で顔は合わせていたが、約2ヶ月ぶりに見る生のエースの笑顔に、まるで数年ぶりに再開したような気持ちなって、思わずエースを抱きしめてしまった。
「はは!毎日電話してたのに、相変わらず寂しがり屋だなぁ〜!」
エースは拒絶せず、軽快に笑いながら抱き返してくれて、頭を撫でてくれた。
「あらあらお熱いわねぇ〜」
「っ!お、お義母さん…!」
居間から顔を覗かせた、エースにそっくりな義母に俺はびっくりし、エースから離れ、慌てて玄関に入る。
「すみません玄関先で…」
「いいのよー仲が良くて悪いなんてことはないし、なんなら今夜はあたしらの所で娘ちゃん寝かす?布団もエースのだけでいい?」
「母ちゃん!んな気遣いいらねーから!!」
「……あ、そう言えば娘は?」
「お父さんが買ってきたおもちゃで遊んでるわよ、娘ちゃーん!こっちにおいでー!」
義母が大きな声で娘を呼ぶと、可愛らしい小さな足音が聞こえた。
そして義母の足元に、愛しい我が子がひょっこり顔を覗かせた。
「娘!」
「…!」
娘の名を呼ぶ。
すると娘は目を輝かせて、満面の笑みを浮かべながら、その場で屈伸運動をし始めた。
「あっははは!パパに会えたのが嬉しくて踊っちゃってる!」
「娘ー!おいでー!」
俺はしゃがんで大きく手を広げながら娘を呼ぶ。
しかし娘は屈伸運動をやめてたが、何故か笑い声を上げながら居間へと戻ってしまった。
「あれぇ!?」
けど、直ぐに笑いながら戻ってきて、そのままよちよち歩きで俺の方に駆け寄ってきて、抱きついてくれた。
「ぱぱぁー!えへへへへへぇえへへー!」
「ああ良かった!一瞬嫌われたのかと思った…」
「なんかおもちゃの周りを一周してたわよ」
「嬉しすぎて1人運動会でもしたのか?」
娘を抱き上げて、高い高いをする。
「きゃあ〜はは!」と大喜びをする娘の笑顔は、疲れた心に染み渡る。
「おーい、晩御飯まだかぁー?」
「あらやだ忘れてた、さぁトレーナーさん早く上がって!今日は豪勢にするから、エースも晩御飯の手伝いお願いね!」
「はーい!行こうぜ、あなた!」
エースが片手に手土産を持ち、もう片方の手を俺に差し出す。
俺は娘を片腕で抱いて、空いている手でエースの手を取った。
その日の夜は談笑しながらお義父さんにつられて酒を大量に飲み、お義母とエースが作った手料理に舌鼓を打ち、膝の上で眠ってしまった娘を撫で、久しぶりに家族の温かさを感じたのだった。
終わり