トリニティ編 1話

トリニティ編 1話



「こんにちは、先生。」

「こうしてお会いするのはハスミさん以外は初めまして、ですね。」


穏やかな微笑みをもって私を迎え入れたのはトリニティ総合学園の生徒会長達の一人、桐藤ナギサだった。

一週間ほど前、シャーレに招待状が届きそれに応じた結果、私は今トリニティ自治区にいる。

自治区に到着すると既に遣いの生徒たちが控えており、そのまま自治区内の重鎮達が集っているというテラスに通された。

ここまでのVIP待遇を受ける機会など今まで一度も無かったこともあり、トリニティの歴史を感じさせる建築様式も相まって少し落ち着かない。

そんな私の心持ちを悟ったのか、ナギサは言葉を継ぐ。


「ふふっ、そんなに緊張なさらないでください。まずは自己紹介と致しましょうか。」


ナギサは小さく手を叩く。

すると壁際にいた側仕えの生徒が椅子を引き、座るように促してきた。


促されるままに席につくとナギサは同じ卓を囲んでいるメンバーの紹介を始める。

ナギサは進行を務め、名を呼ばれた生徒は各々小さく会釈で返す形での紹介のようだ。

政治には不干渉主義の『シスターフッド』代表の歌住サクラコ。

自治区内の治安維持組織『正義実現委員会』副委員長の羽川ハスミ。

生徒会『ティーパーティー』パテル分派首長の聖園ミカ。

同じく生徒会『ティーパーティー』サンクトゥス分派首長の百合園セイア。

そして最後に生徒会『ティーパーティー』フィリウス分派首長の桐藤ナギサと締めくくる。

紹介されたメンバーの表情を伺ったが、皆一様に穏やかな微笑みを浮かべていた。

どこか不気味さを感じるが、察するにこの場で私を疎ましく思う生徒はいない様だ。


「本日は我々の招待に応じて頂き、ありがとうございます。本来であれば『救護騎士団』の代表者もこの場に居合わせる予定だったのですが…」

「"急患"があったとのことで、何卒ご容赦ください。」


"急患の方が大事だからね、大丈夫だよ。"


自己紹介とナギサからの礼儀上の謝罪を受け取ったことで私の緊張は程よく和らいでいた。

そのお陰かナギサとの会話はスムーズに進み、本題であった『補習授業部』の依頼に話がシフトする。


"…要するに、成績の振るわない生徒達の救済措置、ということだね。"


「はい、仰る通りです。」


"私にできることであれば、喜んで。"


二つ返事で『補習授業部』の件を了承すると、ナギサの微笑みが晴れやかな笑顔に変わる。


「ありがとうございます。こちらが対象の方々の名簿です。」

「詳細は追ってご連絡致します。他に質問などはございませんか?」


"今のところは無いかな。早速この生徒達に会いに行ってみるよ。"


「もう少しゆっくりなさってからでも構いませんよ?」


ナギサが少しばかり引き留める。

しかし、救済措置が必要な生徒達ということであれば現状の学力がどの程度なのかの確認も必要と判断し、辞退してテラスを離れた。


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「…シャーレの先生、何にも手を付けなかったね。残念。」


「ナギサ、少しばかり先生の危機感を煽りすぎたね。」


「失態です…ですが先生がトリニティに滞在する以上、今後食事を提供する場は幾らでも設けられます。次の機会では万全を期しましょう。」


「…先生にもこの幸せを享受して頂きたかったです。今我々がこうして一つの卓を囲んでいること自体、これらが無ければあり得なかったでしょうから。」


「そうですね。ミネ団長も意地を張らなければ互いに不信も不和も抱かず、ましてや"急患"にならずに仲良くお茶が出来ましたのに…残念です。」

「ツルギももう少し聞き分けがよければよかったのですが、未だに聞く耳を持ってくれません。どうしたものか…。」


「ツルギさんにも実際に幸せを感じて頂いた方がいいのではないでしょうか?ミネ団長もその手法で快方に向かっていると報告を受けています。」

「ともあれ期待していますよ、『正義実現委員会』"次期委員長"のハスミさん。」


テラスからは会話の内容とは裏腹に、穏やかな声色と各々が食器を置くお茶会の音が響いていた。


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