トリニティの才色兼美
寂しそうな顔をする子だな、って思った。
今年のトリニティの新入生の中にめちゃくちゃ成績優秀な上にとんでもない美人がいるらしい、とか、ティーパーティーのホスト筆頭なんて呼ばれてるらしいみたいな噂があまり近場にあるわけでもない僕の学校にまで流れてくるくらいには。
そんなうわさ話も僕が進級する頃には消えていて、僕もトリニティみたいなお嬢様学校には全く縁もなかったからすっかり頭の中から抜け落ちていたのだけど。
「 体調はどうですか?」
ここらへんではあまり出歩いているのを見かけないトリニティの制服を来た女の子が困ったような表情で微笑みながら僕を見つめていた。
今までの夏休みの中で経験したことがないあり得ないような酷暑の中で、急に親に呼び出されたとかで遊ぶ約束をしてた友達がドタキャンで来なくなってしまった。
コンビニで時間を潰してたけど、結構な時間コンビニに居たから気まずくなってジュースを一本だけ買ってコンビニじゃなくて近くの木陰で休んでたはずなのに、今は室内で、柔らかいマットレスの上に寝かされているらしい。
「っ……!? え、ここ、どこ」
脳が自分の現在地を認識した結果慌てて飛び起きようとして、彼女に肩を抑えて再び寝かされる。
「ここはトリニティの救護騎士団の部室ですよ、熱中症で意識が混濁していたようなので救護騎士団を呼んだんです」
まだぼうっとしているようですから、もう少し身体を休めてください、私は救護騎士団の人を呼んできますからと言い残して彼女は部屋を出ていった。
キヴォトスでも指折り数えられるお嬢様学校の中でもトップのトリニティに、男の僕がいる事自体が落ち着かなくて、視線を彷徨わせながら少しづつ記憶をたどって何が起きたのかを理解した。
さっきの子は熱中症だと言っていて、僕がベンチでぐったりしてたから心配して直ぐに連絡の取れるトリニティの救護騎士団に緊急通報したのだろう、迷惑をかけてしまったな、なんて思いながらゆっくりと身体を起こして、近くのベッドテーブルに置かれていた自分の荷物の横に置かれていた開こうとして、自分に点滴が繋がれていることに気がついた。
困ったな、なんて思っていると扉の開く音がして、さっきの女の子と、看護服のような服装をした子が一緒に入ってきた。
「あ、もう起き上がれるんですね! めまいや耳鳴りなどの症状はありませんか? 末端のしびれや振戦……手先が震えたりなどもありませんか?」
おそらくこの子が救護騎士団の部員なのだろう、軽い診察を受けたあと、健康状態に問題なし、との診察結果を出され、再発しないようにとスポーツドリンクを用意してもらった、ずいぶん至れり尽くせりだなぁ、なんて思った。
僕が診察を受けている間、僕を助けてくれたであろう彼女は、かすかに微笑みながらこちらを見つめていた。
いや、本当は僕たちを見ていたわけじゃなかったんだろう、なんとなく視線のやり場がなくてぼんやりとしていただけなんだろうけれど、その顔がなんだかすごく寂しそうに見えて、寂しそうな顔をするな、なんて勝手な事を思ってしまったのだ。
僕が顔を見ているのに気づいたのかにこりと微笑んで軽く手を振ってくれる。
その時に改めて、めちゃめちゃ美人で可愛い子だな、なんて思ったし今まで思考が追いついていなかったけどスタイルもすごくいい、胸なんかびっくりするくらい大きくて……、なんて思った所で、命の恩人に抱く気持ちじゃあない、って思って慌てて目をそらす。
問診票にチェックを付けて後30分ほどで点滴も外して帰って大丈夫ですよ、と太鼓判を押された僕は、トリニティの救護騎士団の中で手持ち無沙汰になってしまったから、お礼を言おうと改めて女の子へ向き直った。
「あの、ありがとうございます、俺……迷惑かけましたよね、すいません」
申し訳無さと、美少女を前にした恥ずかしさで正面から顔を見づらくて、目をそらしながらぼそぼそとお礼を言うことになってしまった。
彼女はお礼を言うにしては失礼な僕の態度も気にせずに、
「気にしなくても大丈夫ですよ」
と短く告げた。
自分の手元から視線を上げて彼女の顔を見返すと、さっきのぼんやりしてた時の表情と同じ、頑張って作ったような、寂しそうな笑顔を浮かべていた。