トリックオア……
今日はハロウィン。ここ日本では仮装した多くの人々がお菓子や悪戯を楽しむ祭りとして親しまれている。
ここトレセン学園も例外ではなく、多くの生徒が仮装をし教職員やそれぞれの担当トレーナーからお菓子を貰い、時には悪戯をして楽しむ一大イベントとなっているのだ。
当然そんな事だから生徒も全力であり、衣装も非常に凝ったもの…場合によってはそのまま勝負服として使用できる程。それ程まで本気なのである。
「今年も賑やかだなあ」
そんな中マンハッタンカフェのトレーナーは校内を歩き回っていた。大きな袋…その中にお菓子が満載のそれを肩に掛け、仮装してくる生徒達にお菓子を渡す職員としての例年の役目を務めていた。
「それにしてもカフェの姿を見ないな…彼女も周囲を回って楽しんでるのだろうな」
普段控えめな彼女が周囲と共にイベントを楽しんでいる、その事に半分嬉しく半分寂しく思うトレーナーであった。
(……………………)
そんな彼を遠くの窓から見つめる一つの影。しばらくするとその影は何かを始めるために部屋へと消えていった。
「ふぅ…今年もハロウィンは成功だったな」
日も暮れてハロウィンのイベントも終わりを迎える中、自室へと入るトレーナー。
ドアを閉じて前を振り向くとそこには黒い影
いや、———魔女がいた。
「お疲れ様でしたトレーナーさん」
「ありがとカフェ。似合ってるよその服装」
「………ッ、そう…ですか…」
黒いローブに身を纏ったカフェは照れ隠しに被っている帽子を深く被る。
「その感じだとハロウィンは楽しめたよう…」
「トリック・オア・トリート?」
トレーナーの言葉を遮る様にハロウィンの決まり文句を呟くカフェ。
しかし手持ちのお菓子はすでに尽きていた。
「ごめんな、お菓子は持ってないんだ。でも…」
"お菓子を持っていない"その言葉を聞いた瞬間、カフェが妖しく微笑んだ。
そして再びトレーナーの言葉を遮る様にローブの中から袋を取り出してそれをトレーナーの頭上に放り投げる。すると袋の中から何やら粉末が広がり甘ったるい香りが部屋を包み込む。
するとトレーナーの身体に変化が現れた。
(熱か……?)
「ふふっ、お菓子を持っていないのでイタズラです。身体が…熱いんでしょう?」
「!?」
今のトレーナーの状態をピタリと言い当てたカフェは動揺する彼に対して語り続ける。
「今…魔法をかけました。あなたは吸血鬼になってしまうんです。ええ、あの吸血鬼ですよ。他者の生き血を啜り、夜を支配する存在…」
「そろそろ日も暮れます。吸血鬼さんが皆さんを襲わないか心配です…」
そうカフェが耳元で囁く。そんな中トレーナーは自らの理性でこの熱と衝動を抑え込んでいたのだったが…
『吸血鬼ナンダロウ?クビスジヲ、ソノ口デススレバイイデハナイカ』
脳裏に響く声とカフェの囁きが理性にヒビを入れる。
「さぁ、皆さんを守るために私が人柱になりましょう……吸血鬼さん?」
『ススレ、ムサボレ、ソノスベテヲ』
脳裏の声が背中を押す。囁いて自らの首元を差し出したカフェ。トレーナーはもう限界だった。
「カ…カフェ…」
「んんっ…あっ、そう…です…そのまま…私を…」
カフェ首元に吸い付いたトレーナー。傷つけない様に歯は立てず、しかし吸い尽くす様に舌も用いてじゅぶじゅぶと音を鳴らす。
「あっ…はっ…こ…これ、きもち…っ」
そうしてトレーナーの口が離れると深呼吸しながら落ち着かせるカフェ。
「どう…ですか?気が済みましたか?吸血鬼に吸われるとその人も吸血鬼になるといいますが…残念でした。ウマ娘はその様なことにも強いのです……弱点もありますが」
再びカフェは耳元で囁き始める。
「でも大変です。私が黙っていても吸血鬼さんは他人を操る術もあると言いますからね…いま吸われたばかりの私では…容易にかかってしまうかもしれません…」
先ほどの様に脳裏に響く声は聞こえない。おそらく自分でやれと言っているのだろう。
「………口を開けるんだカフェ」
「はい………」
トレーナーがそう呟くとカフェは虚な目で口を開け、開いた口から鮮やかな色の舌が這い出てきた。
それを確認したトレーナーは先ほどの様にその弱点に吸い付いて彼女を啜り尽くしたのであった…
ある程度吸い尽くしてトレーナーが口を離すと顔を紅潮させたカフェが身につけているローブを外した。
するとそこには学生服ではなく吸血鬼……というよりは夢魔のような露出が激しい服が目の前に現れた。
「はあっ…はあぁっ…とうとう私も吸血鬼さんの毒牙にかかってしまいましたね…でも吸血鬼さんがいやらしいから…私もいやらしい夢魔みたいになってしまいました……どうしますか?もはや私はあなたの思うがまま…私たちの魔法は朝になれば解けるでしょう…さぁ…この夜が明けぬうちに………」
あれからどれほど時間が過ぎたのだろうか。日も沈み、月夜が空を包み込む中でカフェとトレーナーはコーヒーを飲んでいた。
「実は…ハロウィンの日は特に出歩いて居ませんでした…その…今回の準備とかで」
「そ、そうだったのか…」
「確かにハロウィンを楽しみたい気分もありました…でも、お菓子を貰うのも悪戯をするのもトレーナーさんだけにしたい…そう思ってたから…」
「ごめんな、今日は寂しくしてしまって…このタイミングで言うのもなんだけどさ」
そう言ってトレーナーは机の上にあった小包をカフェに手渡す。カフェがそれを開けてみると中にはマロングラッセとマカロンの詰め合わせ。
「少し遅いけどハッピーハロウィン。ハロウィンは楽しめたかい?」
「はい…とても…とっても楽しめました……っ」
涙を流しながら返事をするカフェ。そんな彼女を横に抱き寄せながら冷蔵庫の方を指差すトレーナー。
「それにさ、冷蔵庫の中にケーキもあるんだ。今日は遅くなったから明日食べようか」
「はいっ…ぜひ一緒に…!」
「ありがとね……でも…」
少し考えたトレーナーはカフェのアゴをくいっと指で上げて…
「トリック・オア・スイート、ハロウィンはまだまだ終わらせないよ?」
「………ばか…でも、ハッピーハロウィン。まだまだ私達だけのハロウィンを楽しみましょう……」
その瞬間、月に照らされていた二人の影が重なり、そして見えなくなった。