トラ男お前船乗れ
「…最悪の目覚めだ。邪魔するぞ、歌姫屋、赤髪屋」
「お前は…最悪の世代の…」
「ただの医者だ。凪屋…アドを診せろ。断言は出来ねェが、おれの能力なら治療出来る」
「だが…」
シャンクスはローと入れ替わるように意識を失ったアドを見つめる。今にも消えそうな、か細い寝息を立てている。
目の前の男が頂上戦争でルフィを助けてくれたのは記憶に新しい。しかし、死の外科医に愛娘を診せる事を躊躇する。
「シャンクス、この人に頼むしかないよ。それより早くしないとアドが…!」
だが、ウタがその警戒心を遮る。実際にアドの心音は既にいつ止まってもおかしくはない。それに悪魔の実の能力によるアドの症状は、我らが船医ホンゴウにも対処は出来ない。
「……わかった。すまない、頼めるか。ルフィの友達」
「患者を放っておくわけにはいかねェからな。それと友達じゃねェ」
シャンクスは、娘の生死をローに委ねることにした。
◇◇◇
ポーラータング号内の手術室。
手術台にはアドが寝かされており、繋がれた各種医療機器によって下がりそうな心臓の鼓動をギリギリのところで維持している。だがアドの体力は、既に底を尽きようとしていた。
手術台のすぐそばには船の主、トラファルガー・ロー。
ローは経験上、ナギナギの能力について知っていることがあった。
それは、ナギナギの能力は能力者が死ねば解除されること。
「だから、一度お前を殺す」
オペオペの能力でアドの心臓を停止させ仮死状態にする。ナギナギの能力が解除されたのが確認され次第すぐオペオペの能力によって蘇生を行う。
正直に言って、ローにとってもこれは賭けだ。死亡でナギナギの能力が解ける瞬間は見たことがある。だが、仮死でナギナギの悪魔は許してくれるのかどうか。それは誰も知らない。
だが、この方法以外でアドを救う方法は、少なくとも思い当たらない。
「“ROOM”」
ROOMを展開し、オペを始める。既に猶予は殆ど残っていない。スピード勝負になるだろう。だが、ローは絶対に彼女を救うと心に決めていた。
おれの目の前で。姉を救うために。よりにもよってその力で。
「“カウンターショック”」
死ぬことは許さねェ。
◇◇◇
「凪屋の治療は無事成功した」
「よかった……!」
手術室から出てきたローの一言に、部屋の外で待っていたウタは胸を撫で下ろした。
「心拍数も正常な値に戻りつつある。しばらく安静にすれば元通りだろう」
赤髪屋の船にも腕の立つ船医がいる。後は彼にバトンタッチしても大丈夫だろう。
それよりも、ローはウタに確認したいことが一つあった。
「それよりも歌姫屋。少し聞きたいことがある」
「どうしたの?」
「……おれの意識が回復したのは、お前らの前に来た瞬間だ」
「え?」
ウタはそんなわけない、と返すが、ローは当時の違和感について続ける。
「麦わら屋を筆頭に他のウタウタの能力下にあった奴らを見ても、明らかにおれの回復速度は異常だ。あの場で唯一おれだけがあの時起きられた」
「おれ自身何かウタウタの実に対して特効じみた力を持ってるわけでもねェ。つまり…『おれはウタウタの能力によってアドの目の前に連れてこられ、強制的に起こされた』と睨んでいる」
なにか、心当たりはないか?と問いかける。そういえば、ローが現れる直前、誰かに助けを求めたような。
やはりそうか、と納得したローは、ウタを再度一瞥する。
嬉しい気持ちと辛い気持ちの入り混じった表情。大方、凪屋が危篤状態に陥ったのは自分のせいだと攻めているのだろう。凪屋はそう思ってないだろうに。
患者の親族へのカウンセリングも、医者の仕事だ。
「おい歌姫屋。何か勘違いしてるみたいだが、何もおれが凪屋を救ったわけじゃねェ。医者はただその場にいるだけじゃ人を助けられねェんだ」
「おれ達医者は、患者の前にいて初めて治療ができる。だから……」
「凪屋を助けたのは歌姫屋、お前だ」
「……!」
アドを助けたのは、私。
ウタの心には、それはとても救いだった。
「それより、次はお前だ。歌姫屋。おれは凪屋だけじゃなくお前の治療も頼まれてんだ」
「むぐっ……」
「睡眠障害に精神異常を伴う中毒。人体、特に脳に多大な負担をかけるネズキノコ……一命は取り留めたとはいえ、一体何本食いやがった?」
「それは……その……」
「まあいい。解毒薬を飲んだとはいえ、まだ相当量の毒が体内に残留してる筈だ。だから一度お前をバラして、除去する」
「ひっ……」
ウタは、ホンゴウさんが恋しくなった。