(トラブル回避のためにパートナー持ちは避けようにも隠して寄って来る奴はいそうだよね)
この泥棒猫。この女狐。この魔女。
昭和の時代に絶滅してしまった黴の生えたメロドラマでしか聞けないだろう、これらのフレーズを。
3種類とも異なる女に投げつけられた経験のある男が、はたしてこの世に何人いるのやら。
少なくとも存命している対象に絞れば10人といないであろう狭き門を、糸師冴は齢18にして通過済みであった。
「このクソビッチ!! アタシの婚約者を返してよ!!」
なんなら今カウンターがまた回った。
ドイツはミュンヘンの旧市街地、マリエン広場。
仕掛け時計やマリア像が名物のこの観光名所で、冴は先日ハットトリックを決めてデートを申し込んできた傍らのストライカーをぎろりと睨み付けた。
「テメェ……恋人も結婚相手もいない、俺に迷惑はかけないと言い張っておいて、婚約者はいやがったのか?」
「ち、違うんだ冴! 俺は君だけを愛してる!!」
「そういうことじゃねぇ、どうでもいい修羅場に俺を巻き込むなって言ってんだよ」
「ちょっと! アタシの婚約者に近付かないで!」
女王様とマゾ犬と婚約者が一堂に会して繰り広げられる痴情の縺れに、ミュンヘンっ子たちも観光客たちも興味津々だ。
波打つブルネットを振り乱して怒りを全面に押し出しているスペイン美女は、どうやら自分の男が浮気した時に相手の女のほうに敵意を向ける類の性格をしているらしい。
そして男のほうはというと、婚約者に弁解するでもなく冴の足元に跪き愛の言葉を繰り返すばかりで、事態の収集という観点からは糞の役にも立たない。
すぐにでもこの2人を放っておいて冴は帰りたくなった。
「嗚呼、冴! 君のその冷たい眼差しが俺のハートに突き刺さって離れない! もうこの快感を知らなかった頃の俺には戻れないんだ!」
「やめてよ! アタシの婚約者に靴なんか舐めさせて、どういうつもり!?」
「いや勝手に舐めてきてるだけだろ、頼んでもねぇよんなコト」
舞台役者みたいに声を張り上げたストライカーが地面に這いつくばって冴の革靴をおもむろに舐めだし、何故かそれを見て冴に怒声をぶつける女と、ストライカーの顔を軽く蹴り飛ばしてこれ以上は靴を汚されまいと自衛する冴。
今日もスペインは通常運転だ。
~~作者補足メモ~~
ウワーッ
セルフでミスを発見してしまった
なんでスペインでデートさせてるつもりなのにドイツの広場が出てきたんだ
“構想の段階でカイザー出すか悩んでドイツの広場も調べてたせい”でファイナルアンサーだって自分で分かってるんだけども
ごめん各自スペインのマヨール広場とかに場面を変換しておいておくれ
あといつも感想すっごい喜んでる、ありがとうスレ民たち……