デンノコ悪魔vsゴキブリの悪魔

デンノコ悪魔vsゴキブリの悪魔


ビル内の探索を進めている途中、フミコは自分の死を予知した。要救助者を外に連れ出している2名を除いた3名が現在、彼女と行動を共にしている。

「下がって!!」

フミコが警告を発したと同時に、視界の壁や柱、床といった建材が音を立てて爆発した。巨大な手が現れ、フミコ達の目の前にあった全てを薙ぎ払ったのだ。轟音がビルを貫き、巨大な顔がフミコ達の前に現れる。

「なんだ、人間か」

歯を剥き出し、眼窩にあたる部分から2本の触覚を生やした骸骨の顔。卵の悪魔によって召喚されたゴキブリの悪魔である。ゴキブリの悪魔の上半身はビルに埋まっており、収まりきらなかった膝から下がビルから突き出ている。

身長十数mはあるであろう巨体は、目の前の人間達に向かって2対の腕を続け様に繰り出した。轟音と礫、そして質量を伴った殺意がフミコ達に迫る。

予知によって死を回避したフミコは、死に物狂いでその場から離れる。同行者達がどうなったかなど、確かめる気にもならない。奥に進んでいるのか、戻っているのかわからないが、死ななければそれでいい。

ゴキブリの悪魔が身動きする度、フミコ達が突入したビルは悲鳴をあげる。やがて耐えきれなくなったのか、ビルの上半分がポップコーンの様に弾け飛んだ。

降ってくる瓦礫を躱したフミコが頭を覗かせると、そこは屋外テラスと化したフロアの一角。ゴキブリの悪魔の視界に入らぬよう、息を潜める事しか出来ない。

「悪いニュースが2つある。今の私達の装備じゃ、あそこにいるゴキブリの悪魔に勝つ事はできない。

もう1つは今わかった事だが、フミコが酷く恐怖している時、私は身体を乗っ取れないらしい」

戦争の悪魔は重々しい声色でそう告げた。息を殺し、倒壊しかけている建物内に戻ろうとしたフミコの耳朶を、けたたましい駆動音が打った。街中ではまず耳にすることのない、獣の唸り声にも似た響き。

「ウ"ァ"ァ"ア"ァ"!!」

雄叫びに反応したゴキブリの悪魔の巨体を、乱入者が切り裂く。腕から生えて回転する鋸の刃、そして仮面のような顔から角の様に突き出た鋸の刃。

両手と脳天からチェンソーを生やし、悪魔どもを滅多斬り。何度殺されても蘇り、どんな敵でも最後は勝つ。正体不明のデンノコヒーロー、チェンソーマン!!

俊敏に宙を舞うゴキブリの悪魔相手に、デンノコ悪魔は空中戦を挑んだ。ビルの屋上から身を投げ出し、急降下の勢いを借りて鋸を叩き込む。巨体の悪魔もチェンソーマンを目の敵にしているらしく、2体は周囲の被害を無視して戦いを繰り広げた。

肉が裂け、瓦礫と血のシャワーが周囲に降り注ぐ。破城槌の如き重量の拳打を乱射されてなお、チェンソーの怪物は止まらない。

「それならコレはどうする!?」

ゴキブリの悪魔は駆け引きを仕掛けた。若者1人と老人5人、選択を迫る事でデンノコ悪魔の動きを制限しようとしたのだが、相手は悲鳴をあげる両方を無視して、ゴキブリの悪魔の首を両断。屋上の縁にぶら下がっていた猫を助けると、何処かへ姿を消した。


フミコ達はこの戦いに割って入ることなく、この日の勤務を終えた。疲労でぐったりと重い体を引きずる様に、フミコは家路を辿る。

帰路の途中、炊き出しの列が目に入った。「駆け込み所 なごみ」が行なっている貧困層向けのもので、近くには就職や法律、医療の相談を受けるブースが展開されている。

「チェンソーマンに助…けっ…られたあ〜……!」

死地を離れて緊張が緩んだのか、戦争の悪魔はフミコの視界で煩悶している。怒鳴り散らしながら髪を掻きむしっているが、見ているのはフミコだけだ。

命を救われたフミコだったが、出現したチェンソーマンに感謝する気持ちは薄い。振る舞いに知性が感じられず、戦いの結果として助かっただけ、という感覚が拭えないのだ。

(私が捻くれてるんですかね〜)

翌日、フミコは野茂という対魔2課の隊長と会う事ができた。髪を後ろに撫で付けており、口元に大きな傷痕があるが目鼻立ちはすっきりしている。

「チェンソーマンについて調べてるんだってな?」

「はい。隊長さんはデンノコ悪魔の報道が会った頃から公安で勤務しているんでしょうか?」

「おお、その前からいるぞ」

「…チェンソーマンを見た事はありますか?」

「あるぞ〜、一度同じ作戦で戦ったしな」

フミコは思わず喉を鳴らした。

「その…チェンソーマンには人間体があるんですか?」

「人間体ね…」

フミコはチェンソーマンの人間体の人相について尋ねたが、詳しい部分になると野茂の口は重くなった。

「わざわざ会いに来てくれたのに申し訳ないが、共闘した作戦の契約でな。部外者に細かい事は喋れん」

「…そうですか」

「チェンソーマンについて聞きたいなら、先生をあたったらどうだ?」

「先生?」

「顔にこう…でかい縫い目のある爺さんだ。公安の生き字引クラスのベテランでな。今は訓練施設にいると聞いたが、見た事ないか?」

フミコの脳裏に、一人の人物が浮かび上がる。金髪のツーブロックと泥の様に濁った瞳、そして金属製のスキットル。

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