デネブ
ユウカちゃんから話を聞くたび、ほんの少し羨ましかった。
向かいの窓から屋根伝いに行き来なんて物語みたいで。ときおり思い出しては、窓を開けて裏のお家の壁を恨めしく睨んでみたりもした。壁の向こうにいた彼はきっと、そのときも小説を書いていたのだろうけれど。
ユウカちゃんと彼はお隣さん。私は彼の裏のお家。子供の行動範囲は広いようで狭いから、好奇心のままどこでも行ってしまう彼でなければ出不精の私が幼馴染になることはなかったかもしれない。ユウカちゃんとの繋がりも……いや、彼女とはミレニアムへ入学したら普通に出会っていた気もするけれど、幼馴染として深く知り合うことはなかっただろうと、思えてならない。
「ノア……その、心配かけてごめんなさい」
「ふふ、大丈夫ですよ」
夜中、ふと目を覚ましたら隣のベッドにユウカちゃんがいなくて、飲み物でも飲んでいるのかと思ったらリビングにもいなくて、靴もなくて。
普通に考えたら自販機にでも買いに出ただけだろうに、昔のことが……出会えなかった可能性が夢に現れていた私は、なんだかおろおろしてしまった。
そこにちょうど彼が降りてきて、ほんのり困り眉になった彼が探しにいくのを見送り、今に至る。
彼が置いていったトマトジュースを開けて口をつけてみながら、私は可愛い幼馴染の釈明を聞いていた。
「その、ほんとにすぐそこの自販機行くだけだったから油断してたっていうか、お金も自分のお小遣いの範疇だし何も言わなくていっかって思っちゃったっていうか……えっと……」
微笑んで聞き続ける。なんだか懐かしい気持ちだった。
ユウカちゃんは覚えているだろうか。「またあいつはあちこちほっつき歩いて」と肩を怒らせながら、歩き慣れている彼よりユウカちゃんの方が迷子になることが多かったことを。彼と楽しそうに言い合いながら、いつも手を繋いで帰ってきたこと。
……そのたび彼が、慌てふためく私に「もう大丈夫だよ」と声をかけてくれること。
だんだんと身振り手振りがつき始めてしどろもどろになっていくユウカちゃんが可愛くて見守っていると、とうとう何も思いつかなくなった彼女は「あー、もう、違くて! ごめんノア!」と勢いよく頭を下げた。
「寂しかったでしょ。次は置いてかないから!」
「…………」
思わず、目を瞬かせた。
「……じゃあ、彼とどんな話してたか聞かせてくれたら許してあげます」
「え」
「あっその反応、何かあったんですね? あったんでしょう。夜は長いですよーユウカちゃん」
「いっいや、そんな大したことはなかったケド!?」
「またまた。ふたりが結ばれたら私はお邪魔虫になっちゃいますね〜」
「へ? いや、それはないわよ」
からかい半分で言ったつもりが、ユウカちゃんはきょとんとして。
「ずっと三人で一緒だったじゃない。私が……その、あいつと、なに、む、結ばれ、たとして」
幼馴染じゃなくたって、きっと彼女とは出会えたと思う。きっと親友になれたと思う。
けれど。
「ノアのこと、邪魔なんて思わない。ノアも側にいないと寂しいわよ」
彼が結んでくれて、同じときを三人で共にして、同じ屋根の下で暮らしても良いと思える今──この関係になれない世界は、ちょっぴり寂しい。
「……成程。ユウカちゃんは私と彼を侍らせるハーレムをご所望と」
「はぇあ!? ち、違くて!」
なぁんだ、違うんだ……なんて。
言いかけた言葉を彼に貰ったジュースで飲み下す。
甘酸っぱい夜が更けていく。