デッドエンド・酒場乱闘

デッドエンド・酒場乱闘


——ハンナバルの大宴会場へとやって来た麦わらの一味。『デッドエンド・レース』(と賞金3億ベリー)の存在を知った一味は、早速エントリーを決意。ナミ・ウタ・サンジの三人は手続きへと向かった。


「ウタも含めての登録でいいのよね」

「あったりまえじゃん!置いてったら恨むよ」

「わかってるわよ」

そんなやり取りをしながら、ナミは筆を走らせる。

ウタの所属は厳密には「赤髪海賊団」。他のクルーとは少々立ち位置が異なるのだ。とはいえ、向こうから「麦わらの一味」との戦いを指名された場合ならともかく、こういうレースで、かつ当人もこういっているなら問題ないだろう。

「サインしたわよ」

「OK、金だしな」

参加リストへの記入を終えたナミに、レースの胴元が言った。

「金?」

「ひっひっひ、わかんねぇか?」

「ああ、これね」

ポケットをまさぐり、ここに入る際使った二枚のコインをテーブルに置くナミ。それを見た胴元は、机の下から一つの永久指針”(エターナルポース)を投げてよこした。

ナミとウタはさっそく、台座につけられたプレートの文字を確かめる。

「『PARTIA』……」

「これが今年のゴールね」

「ああ、無事を祈る。サイクロンの名所なんだ。せいぜい気を付けな」

「それはどうも」

「うひひひ、もったいねェなァ……魚のエサに、くれてやるのは」

下卑た笑いを浮かべる胴元に、ウタが応える。

「大丈夫だよ。私たちの船の航海士は最強なんだから」

「それにしても、よくこんなに集まったものね。港にはぜんぜん船がなかったのに」

「堂々と止めてあるのはてめェらの船か!?」

驚きの表情を見せる胴元に、三人は揃って苦笑した。

「あははは……やっぱりまずかった?」

「みんな島のあちこちに隠してるんだよ!海軍に見つかったらどうするんだ!」

「そうね、注意しとくわ。といっても、スタートは明朝だから大丈夫だと思うけど」

「少しくらい遅刻したってOKだ。パレードスタートだからよぉ」

「わかったわ」

「ああちょっと待ちな」

仲間たちの元に戻ろうとした三人を、胴元が呼び止める。

「ここでは参加者でも賭けに参加できるんだ。どうだい一口」

「バカね」

ナミは自信満々だった。

「そんなの自分に賭けるに決まってるじゃない」

「そりゃあすげえ!あたりゃあ三百五十倍だぜ!」

胴元はトドのような腹を揺らして笑った。周囲の者達まで笑いだしたのが気に入らず、ナミはムッとした表情で尋ねる。

「一番人気は?」

「ガスパーデ、『将軍ガスパーデ』だ」


「ガスパーデ?」

別の階層のテーブルで待っていたロビンに、ナミは一番人気の海賊の名前を伝えた。

「そいつが一番人気らしいけど、何者かしら……って、あれ?男どもは?」

テーブルにいるのはロビンだけである。

「下の階に食事に食事に行ったわよ」

「ハア!!?」

ナミは額に青筋を立てた。

「ここの食事はタダなんだって。それ聞いたらすっ飛んで行ったわ」

「ああそう。ならいいけど」

タダと聞いて、一瞬でナミの怒りは鎮まった。反対に、今度はウタがそわそわとしだす。

「ルフィたちだけ狡い!私も」

「ハイストーップ!」

走り出そうとしたウタの肩を、ナミが掴んだ。

「食べに行く前にウタ、アンタはここでいい感じに辻ライブして一稼ぎ」

「えー!!」

ウタは頬を膨らませて抗議した。時折やっているとはいえ、お金稼ぎを目的としたライブはウタとしては少々馴染まないのだ。

「これから三億ベリー入るんだからいいじゃん!」

「それはそれ、これはこれ。稼げるときには稼がないと。

 街では財布の紐を固くしてる連中も、こういう祭りの会場でならいい感じに紐が緩むってものよ!」

尚も文句のありそうなウタに、ナミは凄みのある笑顔を浮かべる。

「それにねぇ、さっきの酒場での食事、量はルフィのが多かったけど、デザート分金額はウタのが上なのよねぇ」

その迫力に思わず後ずさりするウタと、さらににじり寄るナミ。

「ウタお姉さまは、ルフィと違ってこういうときちゃーんとしてくれるとおもうんだけど……」

「もー!こんなときだけお姉さん扱いしてー!」

「わかったよちょっとやって来るから!」と駆け出すウタを、ナミは笑顔で見送った。

「今度のお小遣いは上乗せしとくからねー!」

「厳しいわね、航海士さんは」


「んナミすぅわ~ん、ロビンちゅぅわ~ん、ウタちゅぅわ~ん!お飲み物お持ちしましたぁ~!ってあれ、ウタちゃんは?」




「お前さっき目一杯食ってなかったか?」

ステーキ、ソーセージ、ロブスターに七面鳥。テーブルの上の食材を渦潮のように飲み込んでいくルフィに、呆れた様子でゾロが突っ込む。

「んん六分目くらいだ」

「まあいいけどよ」

「明日はレースだぜ、エネルギー貯めとかないとな!」

「ないとな!」

「付き合わなくていいんだぞチョッパー」

「えっ!?そうなのか!?」

驚愕の表情で振り返るチョッパーに、ウソップは「うんうん」と頷いた。

「あーっ!ルフィもうこんなに食べて!」

そこに、ウタが駆け寄ってきた。

「んんウタ。お前も食えよ結構いけるぞここのメシ!」

「ダメ、ナミにライブして来いって言われちゃったの。私の分、ちゃんと残しておいてよね!」

そう言い置いてまた走っていくウタを見ながら、「大変だなアイツも」とゾロは酒をあおった。


一方、駆けだしたウタはこの階の宴会場全体が見渡せる場所まで行き、くるりと振り返った。

人々の位置、盛り上がり方、それらを踏まえて自分の歌うステージを見出す。そうしてウタは、テーブルに上がって肩を組んでワイワイ騒いでいる海賊たちの傍に向かった。

「ねえおじさん、次、私そこで歌ってもいい?」

「ああ?構わねえが、良い気分なんだから下手くそな歌は聞かせんなよ」

「ふふーん、そこは安心していいよ」

テーブルの上に上がり、“音響槍”(マイクランス)をマイクモードに切り替える。「なんだなんだ」という注目が十分に集まるのを待って、ウタは口を開いた。

新時代は この未来だ 世界中全部 変えてしまえば 変えてしまえば——”♪」

音楽に関するパフォーマンスや演出。ウタウタの実とはまったく別個に、それらはウタに天性の才として備わっている技術なのだ。

一曲、二曲と歌い終わるころには、彼女の周辺はたいそうな盛り上がりが形成され、用意しておいたお捻り用の受け皿には十分な量のお金が入っていた。

(表の町で歌ったときと入りが全然違う。ナミの「こういうの」を見極める嗅覚はやっぱり凄いなぁ)

そんなことを思いながら、ウタは次の曲を考える。お金を稼ぐために歌うのは気乗りしないが、歌っているうちに楽しくなってしまうのも、また彼女の性質であった。とはいえ、早くルフィたちと食べたいので、後数曲程度で切り上げかなと、マイクに手を添える。


「ガッシャーン!!」というもの凄い音が上がったのは、まさにそのタイミングだった。


「……何の真似だ」

刀に手をかけたゾロが、ルフィをテーブルに叩き付けた相手に問うている。

「何の真似ェ……?何のマネ何のマネ何のマネ……そりゃこっちのセリフだ!!」

「言ってる意味わかんねェよ!」

「うるせェやい!人の食いもん横から手ェ伸ばして分捕りやがって!いくら手が伸びるからってなァ…!手が……今コイツ手ェ伸びてなかったか!?」

「「いや遅えよ」」

様子を見るに、ルフィがよその注文した料理まで食べたものだから、その相手が怒ったのだろう。

「まーたアイツは……」

腰に手を当て、ウタはため息をついた。

ルフィを叩き付けたマスタード色のジャケットを着た青年は中々強そうだが、これはルフィの喧嘩だし、ゾロもいるなら自分が出る必要もない。気を取り直して歌おうとしたウタだったが、再び妙な邪魔が入った。

「おうおうテメェら!さっきから黙ってみてりゃ人の料理横から盗みやがって!おれ達が何者か、わかってやってんのか!」

向こうのテーブルに陣取っていた海賊2、30人ほどが、ルフィと青年の周りをかこいだしたのだ。

「アァ!?」

「だれだ?」

「おれたちゃガスパーデの一味だ!」

連中のその言葉に、あたりの客たちがしんと鎮まりかえった。ウタの周りに集まっていた観客の海賊たちも、その名前に及び腰になっている。

「ガスパーデって、確かさっき聞いた一番人気の……」

一方のウタは、テーブルの上で頭に指を当て、記憶を呼び起こしていた。


ルフィとやりあおうとしていた青年が、首元のナプキンをほどき、連中に詰め寄る。

「おい!お前の相手はまだおれ——」

その瞬間、一発の銃声が辺りに響いた。

連中の一人が、ルフィに向かっていきなり発砲したのだ。

「うるせェガキめ」

至近距離で弾を受けたルフィが、たたらをふんで後ろによろめく。だが——

「効かないねェ、ゴムだから」

ゴム人間のルフィに銃撃が通じるわけもなく、弾はガスパーデの一味の方へ跳ね返された。ひるんだ連中に、ルフィは問答無用で畳みかける。

「“ゴムゴムの銃(ピストル)”!」

パンチがさく裂し、海賊たちが数人まとめて壁に打ち付けられた。

「どうだニャロメい!」

「うわあ化け物だ!」

「ガスパーデ船長と同じ悪魔の実の能力者だァ!」

「バカ野郎!こんなガキ相手になにビビってんだ!全員でかかれ、やっちまうぞ!」

怒った海賊たちが、ルフィと青年におそいかかる。


「やるなぁ、あの人……」

その青年の戦いに、離れた場所からウタは感心の声を零した。

切りかかってきた相手の剣をナプキンで受け止め、蹴りあげ、バック転で距離を取ってテーブルを盾に銃撃を防ぐ。椅子を使って相手の体制を崩し、奪ったサーベルを使いアクロバットじみた動きで敵を切り伏せる——実に身軽な、見てて楽しくなるような戦い方であった。

「おい女!」

「ん?」

そうこうしているうちに、ウタの近くにも、ガスパーデの一味が集まってきていた。

「なあに、あなたたちも私の歌を聞きたいの?」

「んなわけねェだろ!お前がさっき、あの小僧と話てるのを見たぜ。てめぇもやってやらァ!」

どうやら、ルフィが手に負えないので、彼の仲間に矛先を向けてきたようだ。見れば、ゾロたちも連中に絡まれていた。

ガスパーデの一味を恐れて、集まっていた人々が距離を取ろうとする。ところがウタは逆に、そんな観客たちを呼び止めた。

「ハイハイ、みんな逃げなくていいよ!それじゃ、次の曲いくね!」

「ふざけてんのか!」

怒った一人が、テーブルに上がって剣を振り下ろす。ウタは瞬時にマイクランスをランスモードに切り替え、その攻撃を受け止めた。

“元気な詠唱曲”(アニマート・アリア)……曲は新作・『ヒカリへ』!」

「何言っ、グオッ!!!」

宣言するなり、力を増したランスの一撃で剣を持った男を倒し、ウタはひらりと海賊たちの只中へ降り立つ。

僕は今 さがしはじめた 水しぶきあげて 果てしなく続く世界へ”♪!」

海の向こうに夢とロマンを求める人々の歌を歌いあげながら、華麗な槍さばきで次々と連中を倒していくウタ。

夏色太陽が ココロの帆をゆらせば あたらしい世界への 扉を開く合図”♪」

ゴムゴムの力を使うまでもなく、拳で相手をノックアウトさせていくルフィ。

波間にゆれてる 絶望を抜けて 水平線の向こう側 目指して”♪」

四方八方からの振るわれたサーベルを、三刀流であっさりと全て受け止めるゾロ。——と、それを物陰から応援するウソップとチョッパー。

あふれだす情熱を胸に どこまでも行くよ まだ見ぬヒカリ 求め その 向こうへ”♪!!」

ビシッと、歌い上げウタがポーズを決めるころには、喧嘩はほとんど終わっていた。数頼みではどうにもならない、正に格の違いであった。

途端に、周囲から歓声があがる。それだけ、彼らの戦いぶりが凄かったのだ。

「はいはーい、お捻りはこちらですよー」と差し出した受け皿への入り具合も、さっきまでの比ではなかった。

「よお、終わったか」

「ゾロ、そっちも……ってあれ、ルフィは?」

「あいつをテーブルに叩き付けた奴と、残りの連中追って上に行ったぜ」

「ふーん。ま、ルフィなら大丈夫か。それじゃ、私もご飯にしよーっと!」

「休憩したらまた歌うねー」と観客の海賊たちに伝え、ルンルンとスキップをしながら、ウタはゾロたちと一緒に無事なテーブルへと向かう。


ハンナバルの夜は、酒と、歌と、喧騒とともに、ふけていった。



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