デッドエンドの冒険⑤

デッドエンドの冒険⑤


 料理の山が運ばれては消えていく。まるで消滅してるかのようにも見えるその現象を引き起こすルフィを見ながら彼の仲間達は苦笑いを溢す。

 彼らは今、ハンナバルの港から続く海賊達の隠れ家の一角の酒場で飯を食べる船長の監視をしていた。副船長役のウタ曰く、自分はレースに出場するライバル達の下見をしなければいけないが、ルフィは腹ペコで耐え切れないだろうから先に食糧を与える。無茶や悪目立ちをしないように見張っててほしいとの事だった。

 そんな周りの気持ちなど気付かないようにルフィは運ばれてくる料理をその腕を伸ばし手に取り、口の中に入れていく。無能力者の彼らに取っては能力まで使うほどの事なのかとも思うが、ルフィに取ってはそういう事なのだろうと数週間共に過ごした時間が証明をしている。

 だが、そんな事が日常となってたからこそ彼らは当たり前の事を見逃していた。海賊の物を横から手を伸ばして奪う事がどれだけ恨みを買うのかという事を。

 いつのまにかルフィの後ろに現れた若い男が、目の前で食べ物を咀嚼するルフィの頭を掴みテーブルに叩きつける。それを見たルフィの仲間達は反応が遅れた事を恥じながらもすぐさま立ち上がり戦闘体制を取る。

「あービックリした。お前!いきなり何すんだよ!」

 緊迫した空気が流れる中気の抜けた声が響く。その声の主は、トレードマークたるその麦わら帽子の位置を整えながら、急襲してきた若い男に文句を言う。

「何する?何をするだぁ…?それはこぅちのセリフだァァァ!このガキ!人様の食い物を横からぶんどりやがって…この手が!いくら腕が伸びるからって…腕が伸び…腕が…こいつ今腕が伸びてなかったか!?」

「おう。ゴム人間だからな。」

 見事な感情の急降下と百面相を見せる若い男にルフィはさも当然のように答える。飯の時間を邪魔されたルフィと料理を横取りされた若い男は、今にも喧嘩しそうなぐらいに火花を散らしている。

「おうおうおうおうおう、おうっ!」

 そんな中、2人の間に割り込む者達がいた。まるでお手本の様な悪人面をした海賊達が2人の周りを取り囲む。

「なんだ?」「あァ?」

 乱入者に機嫌を悪くしたのか2人は鬼気迫る迫力で振り返った。そんな態度に海賊達は機嫌を更に悪くしたのか、リーダー格の男が声を上げる。

「おうおう、てめぇら!さっきから、ひと様の食い物を横からぶんどりやがって!おれたちが何者かわかってやってんのか!」

 威圧するかの様に声を荒げる海賊のリーダーだが、ルフィと若い男はその顔に覚えが無いのか首を傾げている。ルフィの仲間達もここに来るまでに幾つか海賊達のリストを確認してはいたが、リーダーのような人物は彼らの記憶にはなかった。

「だれだ?」

 こういった時にルフィは物怖じせずに直球で言葉を返す。その様子に、リーダー格の男は相手を田舎者だと判断したのか気を良くして宣言する。

「聞いて驚け!おれたちは、ガスパーデの一味だ!」

 その発言に周りはしんと静まる。だが、肝心の2人はと言えばルフィも若い男もまるで苦虫を噛み潰した様な顔をしていた。

「ふっふっふっ…この通りだ!おれ達は偉大なる航路じゃ海軍も尻尾を巻いて逃げる、将軍ガスパーデ様の部下よ!そしておれは幹部で砲撃長の」

「嘘だろ、それ。」

 自分達の有利を楽しむかの様に長々と語っていたリーダー格の男のセリフをルフィが遮る。その声には侮りはなく、純粋につまらなさそうだった。

「ガスパーデって奴は9500万ベリーの賞金首って聞いたぞ。危険な相手だってのも。おれにはお前がそんな奴の部下にも、ましてや幹部にも見えねェ。」

 ただ純粋に思った事を言っただけであろうルフィの言葉にリーダー格の男は青筋を浮かべている。

「そこまで言うなら思い知らせてやるよ!おれ達ガスパーデ一味の怖さって奴をよぉ!」

 リーダー格の男の指示と共に横に控えていた男が銃を抜きルフィに向ける。だが、その引き金は引かれなかった。ルフィが銃口を向けられると同時に構えた鉄パイプで銃だけを狙って跳ね飛ばしたからだ。その速度と精度に周りが目を剥くなか、ルフィは問いかける。

「ピストルを抜いたからには命を賭けろよ?」

「何を言って…」

 その幼さの残る容姿には見合わない声がルフィの声から紡がれる。この場に居る誰も知らない事では有るが、それはルフィの持つ大切な価値観の一つであった。

「そいつは脅しの道具じゃねェって事だ。」

 ルフィから発せられる言葉とそれが纏う言葉に周りの海賊達は驚き、一歩後ずさる。

「ど、どうせ口だけだ!あんなちっぽけなガキが強い筈がねェ!囲んで叩け!」

 見た目が幼いルフィに威圧され、怯んだ事がプライドを傷付けたのか、リーダー格の男は焦った様に指示をだし、海賊達も冷や汗を流しながら攻撃体制を取る。

 海賊が1人ルフィの背後から切り掛かるが、ルフィが手に持った鉄パイプに阻まれる。その打ち合いを合図に酒場は乱戦状態になる。若い男は海賊から得物を奪い軽やかに殺陣を演じ、ルフィはゴムの体を使った自由な軌道と不規則な動きをする鉄パイプで海賊達を奔走する。

「お前、副船長にこの事伝えてこい。船長が問題を起こしたってな。」

 そんな中、ルフィの仲間は数人に連絡係としての仕事を与える。ルフィの強さを信用しているからこそ、自分達は戦闘に出来る限り加わらず連絡などのバックアップに努めていた。

「ヘェ、やるなぁ。」

 海賊達に囲まれてると言うのに、そんな事を微塵も感じさせない様子でルフィは呟く。その視線が周りを取り囲む的ではなく、先程まで喧嘩していた若い男に向けられていた。

 若い男は常に海賊達の間に入る様に動きながら同士討ちを誘い、銃持ちには素早く距離を詰め引き金を引く暇も与えない。ルフィ自身も身軽だと言われる事が多いが、あれと同じ動きが出来るかと言われれば出来ないと答えるだろう。それだけ若い男の動きは洗練されていた。

 対する若い男は、先程からずっとこちらを見てるルフィを脅威に思う。彼が記憶している限りルフィは賞金首でない筈である。だが、ルフィは楽園側で名の通った海賊達と遜色の無い戦闘を披露し、あまつさえその途中にこちらを注視する余裕を持っている。常に周りを観察しながら戦っている彼に取ってそれは異常な様子であった。

 2人を取り囲む海賊達は確実に数を減らしていく。戦場は若い男に誘導される様に鎖に捕まりながら、そして空中に吊るされた模型船へと変えていく。狭い場所に誘導された海賊達は数の優位を失い模型船から落とされていく。粗方海賊達を落とし終え、リーダー格の男が1人残った段階でルフィは若い男に話しかける。

「おまえ、やるなァ!身が軽いっていうか、見てるだけでかなり楽しいぞ!」

「そりゃどうも。そういうお前は何だ?その戦い方といい強さといい」

「おい!人を無視してお喋りしてるんじゃねーぜ!」

 まるで乱闘は終わったと言わんばかりに会話を始める2人に、リーダー格の男が噛みつきその手に持ったサーベルを振るう。だが、それか2人に容易くかわされ模型船を固定したいた紐を切り裂いた。

 模型船はそのバランスを崩し、残りの紐を自身の重量で引きちぎり落ちていく。若い男は模型船が落下する前に近くのテラスに飛び移り、ルフィもそれに追随する様に腕を伸ばしてそのテラスの中に入ってきた。その手にはリーダー格の男が握られている。

「わざわざ拾ってきたのか。」

「まあな。ちょっと聞きたい事があってよ。」

 そんなルフィの行動に若い男は嫌味を混ぜて言うが、ルフィはそんな事などお構い無しに怯えてる男に話しかけようとする。

「ならおれ様が答えてやるよ。そんな雑魚より色々知ってるぜ。」

 そんな2人を呼び止める声が、テラスの奥からした。3人が声のした方を向けば暗闇の中から2人の人影が現れる。

「ガ…ガスパーデ様!」

 その声の主は、今回の任務の目標でもある“将軍”ガスパーデその人であった。

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